東へ西へ編 閑話 皇女の休日 その2

まぁその様な私の考え――気持ちなど知らぬと言う態度で彼が私の寝かされている探索者ギルドの片隅にやってきて一番にしたことはと言えば。


『おそらくは護衛として連れてきている女性に鎧を着せる』


行為だったのだけどな。いや、死にかけの人間を目の前にしてそれはどうなのだ?

目線を変えれば『仲間を大切にする頼りになる男』とも受け取れるが皇女が死にかけているのだぞ?

そして彼はその女を『嫁』と呼んでいるが・・・恐らくは身分を隠すための偽装ではないかと思われる。

何故なら彼女が彼・・・と呼ぶのも面倒だな、ハリスの事を『閣下』と呼んでいたから。


・・・この主従は本気で身分を隠すつもりがあるのだろうか?


ちなみに帝国で『閣下』と呼ばれる身分の人間は子爵家以上の上級貴族の当主及び何らかの軍の将官である。

ハリスの年齢で貴族家の当主は無さそうであるからもしかして将軍なのか?

いや、特に筋肉質でもなく、やや頼りなくも見えるその愛らしい外観から将軍の線は貴族家当主以上に無さそうだが。

・・・ああ!先の戦争に参加して当主や次期当主が没した貴族家なら当主もあり得るのか!


ふむ、ハリスが貴族家、それも上級貴族家の当主と言うならばまた見えてくるものもある。

おそらくは皇太子となった2番目の兄が家を出た私の事を心配して差し向けた信頼出来る部下であるのだろう。

そうか、護衛らしき娘の事を『嫁』などと呼んでいるのも『見知らぬ男を私が警戒しないよう』そして他の人間に『他国の貴族に嫁ぐ皇女に侍る燕などと思われぬ様』と言う配慮なのだな。


まったく、兄とその手足とも言えるであろう有能な若い貴族に要らぬ手間をかけさせた上に・・・この有様。

私は一体なにをしているのだろうか?



護衛の娘に鎧を着せ終え・・・いや、何だそれは!?

もっとこう、派手な感じの、女近衛が好んで着用する様な『銀色に輝き、金縁を施した全身鎧』を想像していたのだが・・・擬人化した魔物が現れたぞ!?

いいのか?本当にその娘はその鎧で間違えてないのか?その兜の形状だけとっても邪悪の化身と言うか見た目完全に呪物の類いだぞ!?

・・・特に本人たちは気にもしていないらしい・・・こやつら、大物過ぎるだろう・・・。


娘の着替えを終えた主従に私の仲間――遠く西南にある大陸から来た獣人族のケーシーが慌てふためき、むしろ怒り心頭の雰囲気で食って掛かるがこれを涼しい顔で窘めるハリス。

そんな彼が私を、手足を失うような大怪我をした女、皇女をみてこう口を開く。


「さて・・・そちらの主さん?手足がぐちゃぐちゃと言うか3本ほど無くなってる割に意識もしっかりしてるし死にそうにも無いのは応急手当が優秀だったのかな?」


まるで転んで膝を擦りむいただけの子供でも相手にするかのようなその態度に笑いそうになる。

何というか・・・良いものだな、私を皇女として、出世の道具として扱おうとせぬ男と言うものは。

しかしあれだぞ?これでも女、それも蝶よ花よと育てられた深窓の美少女に対してはどうかと


「まぁそんな姿でも美しさと高貴さが滲み出てるんだから大したもんだと思うけどなぁ」


・・・こいつ・・・事もなげに嫌味なく自然にさらっと褒めてきたぞ!?

年下のくせに生意気な・・・よほど女慣れしているのかそれとも思うまま口にしているだけなのか。それはそれで背伸びをしているようでとても愛らしい。

くっ、普段ならともかくこの様な姿でその様に言われると恥ずかしいものだな。

もしもこうなる前に彼の様な男の子と出会っていれば・・・いや、止めておこう。


照れ隠し半分、本気半分で「最後に抱かれてやろうか?」などと言ってしまう私。

だって、仕方ないだろう!!なんだかんだでまともな恋愛などしたこともないのだ!!

最後くらい、少しくらいは!・・・どうして最後だと言うのにこんな男と出会ってしまったのだ私は。


せめて、せめてその腕に抱かれながら死ねれば少しは心安く逝けるのだろうか?などと他愛もないことを考える私を、まるで思っていることを察したかの様に抱き起こすハリス。

そして耳元から聞こえる舌っ足らずな甘い囁き・・・ではないな、何だろうか?呪文の詠唱?


とても耳に心地よいその声に意識が遠退きそうに・・・いや、耳が心地いいだけじゃなく身体の痛みが引いていく?

むしろ湯に浸かった時のような、全てを委ね、身体を包み込まれているような、浮かび上がるような・・・えっ?光ってる!?私今むっちゃひかりかがやいてる!?!?

・・・ちょっと意味がわからない、傷が癒えたどころの騒ぎじゃない、だって・・・無くなったはずの手足まで戻っているのだから。


その様な奇跡、よほどの大きさ、そして混じりけのまったくない光の魔水晶でもなければ起こせるはずもなのだが!?

手足の一本くらいならまだしも、これだけの大怪我を癒やす様な物は帝国の宝物庫でも入っておらぬのだが!?帝都にいる最高位の司祭ですら無理だぞ!?

それを、それをあの短い詠唱だけで・・・いや、深くは探るまい、兄が寄越してくれた愛らしい男の子に救われた馬鹿な妹、それで良いではないか。

しかし周りの人間が騒がしいな、私がこれほどにも気分良く男にもたれかかっているというのに。


・・・ひっ!?なんだ!?なんなのだこの上から押さえつけてくるようなプレッシャー、いや、殺気か!?

どうやら発生源は彼の連れの女性らしい。もちろん睨まれているのは騒がしかった連中。

やっぱりアレは見た目通り魔物、いや、魔族なのではないだろうか?

こちらに向けられた殺気でも威圧でもないのにヒュドラに追われていた時よりも恐ろしいのだが?身体の震えが止まらないのだが?

そう、だから仕方ないのだ、ハリスの背中に手を回して抱きついてしまったのは不可抗力だのだ。

ああ・・・男臭くない匂い、薔薇の香の様な優しい匂いがする・・・。


ちなみにその娘、普段は自由気ままに殺戮の限りを尽くしているらしい。

そんな人間を護衛に付けるのはどうかと思うのだがな!?

まぁいい、しばらくこのまま抱きついて素知らぬ顔をして・・・



増えた

女が一人増えた



ほう・・・そちらもなかなかの美人だな?

私を見たその女から黒い鎧の娘と同質量の殺気を感じたが大丈夫。何故なら私はハリスに抱きついているからな!

いや、そもそも皇女に純粋な殺気を向けてくるのはどうかと思うのだか?

と言うかその女も着替えるのか?

あっ、ハリス・・・離れてしまうのだな。いや、もう傷は癒えているものな、うむ、特に問題はない、そう、問題は・・・無いのだがな?


・・・いや、先程は死にかけていたので気にしていなかったが・・・その鎧はどこから出しているのだ!?

そしてその女も特に疑問視することも無くその禍々しい鎧を着込むのだな。

男も一人増えたがまったく興味は無いのでスルー。


・・・

・・・

・・・


いや、いやいやいや!それどころではない!そう、それどころではないのだっ!!

私がこんなことをしている今も少し向こうでは迷宮防衛隊、帝国でも最精鋭の兵達があの化物を抑えているのだ!

慌てて立ち上がり、そしてギルドの外に走り出る。後を付いてくるのはこちらもハリスに治療してもらいはしたが使い物にならないほど装備の傷ついた私の仲間たち。


いつの間にやら門も周囲の防壁も壊され、崩れ落ちた瓦礫の向こうに見えるのは・・・あのヒュドラだ。


―・―・―・―・―


Q:お外でヒュドラが暴れてるのに皇女様呑気すぎじゃない?馬鹿なの?ショタなの?

 A:本人的にはもう助からない命だと思ってたので・・・。特にショタではないですがツルツルした感じで暑苦しくない男の子が好みらしいです。

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