南の都編 閑話 帝国の憂鬱 その2

そして部屋から運び出される首の斬られた2体の死体。

少し先の自分を見ているようだ。

身震いするのを止められない我々を特にあざ笑うことも無く、何事も無さ気に口を開いたのはこの悪夢の根源たる竜殺し。


「メイドさん・・・は、いないな。メルティス、サーラ、こちらをご休憩の皆様にお配りして?」

「「はっ!!」」


呑気な声と共にどこからともなく取り出される綺麗な瓶に入った何らかの液体。

なるほど、我々は苦しまずに死を賜われると言う事か。もっともあれだけの剣筋で首を跳ねられたならば痛みなど一切感じぬだろうがな。

と思ったのだが、こちらより先に王国側貴族に配られる瓶と精巧なガラスの器。

王がおかわりを求め、大都市を治める重鎮貴族が軽食を要求する。


ああ、それ、毒などではなく普通の飲み物だったのですね。


わからない、この男のこともこの国のこともまったくわからない・・・。

そして他の貴族との繋がりを見るにラポーム侯爵の女性関係の噂話の中で正解は『全員を嫁にする』が正しいのではないだろうか?

いや、世間体を気にする大貴族が娘を正室ではなく側室に出すなど有り得ないだろうが・・・。



小休憩の後はいよいよこちらとの停戦交渉の話し合いが再開される。

領土の半分を割譲するくらいの覚悟は出来ていたので様子を見るべく3割から始めたのだが特にその様な話も出ず、むしろこちらからの話も断られ極々軽いとも言える賠償金と皇国との手切れのみで話はまとまった。

有り難い、もちろん有り難い話なのだがな・・・こちらに配慮されすぎていて不安しかないのだが?やはり停戦とは名ばかりで帝国を潰す心積もりなのか?


そして交渉の最中、駄目で元々と問うてみた帝国軍の行方。

・・・やはり全滅か。それも王都までの道中で予想した通り5大精霊の力により。

おそらくは全員が生き埋めになったのだろう。

こちらから手を出しておいて言えた立場ではないが兄とそれに従った馬鹿な連中以外にはもう少し安らかな死を与えてやって欲しかった。


さて、今後の帝国のためにもどうにか、どうにかしてあの『竜殺し』に渡りを付けて出来る限りこちらに害意がないことを示しておかなければ・・・。

そしてその機会は早々に訪れた。どうやら我々の歓迎会を含む食事会を開いてもらえるらしい。

開いてもらえるらしいのだが・・・料理人がラポーム侯爵だという。


いやいやいやいや、侯爵が料理!?どう考えてもおかしくないか!?

先程休憩の時に出た飲み物や軽食も侯爵の手料理?酒を手作りとか全く意味がわからないのだが?そもそも先程は何の味も感じる余裕など無かったしな。

王国の彼と繋がりがありそうな大貴族は大いに喜び盛り上がっているので侯爵の料理の腕は確かなのだろうが・・・本当に意味がわからない。



食事の用意が整うまで一旦お開き、我々3人は客間でようやく一息。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


まぁ部屋に付くなり全員緊張から開放され、椅子ではなく床に転がったのだがな。


「何なのです、あの・・・アレは一体何なのですか!?目の前にただ居るというだけなのに生きた心地が一切しませんでしたぞ!?」

「むしろどうして生きているのかが疑問なくらいですな。いや、本当のところあれは竜殺しなどではなく人に姿を変えた竜ではないでしょうか?」

「言い得て妙だな、確かにラポーム侯爵と後ろの黒い鎧の2人、竜とでも思わなければ自分の矮小さに部屋に引きこもってしまいそうだ」


「特にサーラと呼ばれた方の黒い鎧・・・あれは狂信者でも無ければ洗脳でもされているのではないですかな?殿下、既に最低限、いや、此度の目的としては考えうる最上の結果を出しているのですから欲張ってはなりませんぞ?何よりラポーム候を下に見るような発言は絶対になさいませんよう」

「確かに。今回の戦役で兵の被害は甚大ではありますが帝国のこの先を考えれば殿下が生きておられる事こそが幸いなのですからな」

「わかっているさ。しかしこの先を考えると王国、そして彼とはもう少し友誼を結んでおきたいものだな・・・」


張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのか夕食を知らせるメイドが扉を叩くまでその場で転がったまま寝てしまったらしい。


軽く睡眠を取ったことにより幾分が落ち着き、楽になった気持ちで通されたのはもちろん大食堂。

先ほどまでとは違い正式な国賓としての待遇である。

いや、しかし何と言うか・・・何なのだこの香辛料の香りは?

もちろん帝国にも香辛料は入ってくるし王宮でそれを使うのは珍しいものではない。しかし、この、この香りは・・・。


「なんという馥郁とした芳しい匂い・・・まだそこまで空腹でも無いはずなのに腹が鳴りそうなのである!」

「確かに変わった匂いなのに妙に心惹かれるような・・・いや、楽しみだ」


席に掛け待つことしばし。目の前に並ぶのは・・・何だこれは?鶏肉を煮込んだものはわかるのだが・・・茶色い何かが乗った皿、色とりどりの野菜の乗った皿、変わった形のパンが大量にもられた皿。


「えー、ガイウス様よりご要望がございましたので本日はカリーを中心にご用意いたしました」

「別にそんな他人行儀な呼び方をせずとも『義父上』でよいのだぞ?」

「いや、それだとこの場の何名もが反応してしまうであろう?」

「確かにその通りであるな!」


先程までの議場とはうってかわりガヤガヤと賑やかな食堂の空気。

・・・どうやらラポーム侯爵の嫁は1人ではないらしい事が確定する。


「ま、まぁその辺は追々と?という事で皆様食べ慣れない物だと思いますので味の調整がしやすいように今回はカレーをソースの形でご用意いたしました。カツやチキンや野菜にかける、ナ・・・パンを浸すなどお好みに会うようお好きにお召し上がりください。ああ、あと少々辛いと思いますのでお飲み物も特別なものをご用意してありますのでよろしければ共にご賞味ください」


そして和やかに進む食事。いや、和やかではないな。この場にいる全員が驚愕しているのだから。

なんだこれは!?香辛料を使った料理など食べ慣れているというのに・・・まったく言葉で表現できないのだが!?

はしたないとはわかっていてもパンをちぎる手がまったく止められない・・・。

そう、このパンもまた普通ではないのだがな!!


そして特別だと言っていた白い飲み物。酸味があり果物の味もするのだがかりー?かれー?の辛味をスッキリと流してくれるのだ!!

もちろん私だけではなく食堂内の全員が夢中で無言で食べ続ける。そしてしばらくしてやっと上がる称賛の声。


いや、私は何をしているのだ!!もくもくと食事をするためにここに並んでいるわけではないのだぞ!?

・・・名残惜しいが少し手を止めて場を観察する。目についたのはラポーム侯爵とアリシア王女が仲良さげに微笑み合う姿。

ふむ、やはり王女の降嫁の話も本当なのか?いきなり彼に話しかけるのも少し難しそうだ。

ならば王女をとっかかりとして・・・少し強引ではあるが会話を進めてみるか?


「そういえばアリシア王女はご結婚がまだだとお聞きしているのですが」

「んぐっ!?ええ、そうですね、この歳・・・この歳まで理想とする相手が見つからず」

「これほどお美しい方ならさもありなんでしょうね。・・・幸いと言ってはなんですが私も未だに独身でありまして。どうでしょうか、よろしければ、私の妻に」


そこまで話した所で口から声が出なくなった。いや、声がでないと言うよりも空気が無くなった?

身体がどんどん寒くなっていく。あれほど強烈に漂っていた香辛料の匂いが消え、音が消え、光が消え、皮膚から感覚が消える。

何だこれは?・・・もしかして知らぬ間に私の首も落ちてしまったのか?

そこに聞こえてきたのは白狼の声。


「は、ハリス・・・落ち着いて、冷静に、ね?ヴィルヘルム殿下、残念ながらアリシア殿下はここにいるラポーム候の」

「何をおっしゃいますかコーネリウス様、私はいつだって、ええ、いつだって冷静でありますよ?そちらの殿下よりの宣戦布告、このハリス、1人の男としてしっかりと受け止めさせていただきました」


どうやら私は完全に虎の尾を踏みにじってしまったらしい。

恐怖の根源に触れたように震える体を、そして口をなんとか動かし慌てて言い訳をする。


「なっ!?もしかしてアリシア殿下はラポーム侯爵とご婚約を!?こ、これは知らぬこととは言え大変なご無礼を!!」


立ち上がる竜殺し、その両隣には退治されたという黒い竜の化身かとすら思える異様を放つ黒い鎧の騎士。

先程サーラと呼ばれた女性とは違う声で


「ハリス・・・斬るか?」

「駄目、この人の命は帝国人の最後の1人になるまで」

「ハリスっ!!」


もはやこれまでとそっと目を伏せた所で聞こえたのはおそらくアリシア王女の声だろう。今の私にとってその声はまるで天からの救いのようで。

目を閉じたまま話の流れだけを耳で追う。どうやら2人は政略結婚などではなく心の底から愛し合っているらしい。

そしてこれまでの流れからすると・・・私もなんとか命拾いをしたようだ。

目をそっと開くと前に跪きこちらに謝罪の言葉を並べるラポーム侯爵の姿。


ふむ、完全にこちらの非ではあるのだが・・・私としても命を掛けたのだから少しくらいは我を通しても問題はあるまい?


「これは困ったな・・・侯爵に罪など何も無いのに罰などと・・・ああ、そうだ!それでは王国と帝国の友好、そして私と侯爵の友情の証として・・・妹を娶ってははもらえないだろうか?」


そして先程私の命を救ってくれた女神が今度は私を呪い殺そうとでもするような顔でこちらを睨みつけているのだった。


―・―・―・―・―


帝国編一旦終了~『幸運帝ヴィルヘルム登場の巻』でした。

(某公爵家の2番目以外)やたらと能力値の高い次男達。

いや、そもそも貴族様のご子息の能力は高くて当たり前なんだよなぁ。


そしてラッシーと言えばかなり昔になるけどコンビニで売ってたエルピー?ってメーカーの少しチープな感じの味のする紙パックのマンゴーラッシー好きだったなぁ。


あと全く関係ないけど

『食事の用意が整うまで一旦お開き、我々3人は客間でようやく一息』

の部分が何度も読み返すうちにラップ調で脳内再生されるようになった。

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