南の都編 閑話 帝国の憂鬱 その1
私の名はヴィルヘルム、大陸のやや東に位置する『べイオニア帝国』の第二皇子だ。
『第二』と付いていることからもわかるように2番目、つまり上に兄がいる。
まぁそもそも皇帝位等という煩わしい義務が生じるだけで大した利得もない地位に一切の興味など無いのだがな。
手柄の欲しい取り巻きに散々そそのかされた兄からは危険人物扱いされている。
今はまだいいが後数年もすれば兄の取り巻きに弑されるかもしれない非常に不安定な立場だな。
まぁそもそもは少しでも帝国のため、家族のために働こうとなどと無駄に頑張ってしまった、少し前の青い考えを持っていた頃の私が悪いのだが。
どうしてこうなった。
さて、そんな私と兄の間が少々・・・甚大に微妙な以外は特にこれと言った問題もない帝国であったのだが、北の皇国の使者が来たことにより状況は一変する。
内政により手柄をあげていた私のことを気にいらない兄が事もあろうに皇国と共に東の王国に戦を仕掛けると言い出したのだ。
どう考えても無茶苦茶だろう。そもそも私どころか父、いや、祖父の時代ですら他国との大きな戦争など起こっていないのである。
当然のように帝国内の将兵に戦の経験がある人間など居ようはずもなく。野盗山賊の類を退治した地方領主が居るくらいか?
そもそも王国と戦争?あそこにはこの1年でやたらと名前がこちらに伝わる男がいると言うのに・・・。
父を筆頭に国内の重鎮貴族、『あの』好戦的な妹ですら開戦などと言う馬鹿げた事を反対したのだが、結果的には全員が軟禁されるという有様。
殺されなかっただけマシ・・・でもないだろうな、兄が勝利して凱旋の暁には、少なくとも私は間違いなく処刑されるだろうから。
皇国との共同戦線となるのだから勝率がそれほど低いわけでも無さそうだしな。兵の数で勝敗が決するような『普通の』戦争になるのなら。
帝国内より兄がかき集めた兵は3万、そしてそれに付随する人員が1万。馬鹿な地方貴族共が我先にと兵を出したようだ。
綺羅びやかな戦装束をまとい帝都を出陣して行くその姿はまるで『武の大三帝ヘルマンのようであった』と後に聞いた。
・・・その姿を私が見ることは無かったのだがな。
兄どころか出征した人間で凱旋した、いや、逃げ帰った人間すら1人もいなかったのだから。
戦況の一報すら届かない状況に困惑した留守居の貴族に開放されたのは捕らえられてから大凡ひと月後の事。
この馬鹿連中、戦勝は揺るぎないと楽観視し密偵なども一切放つこともなく日がな一日飲めや歌えの大騒ぎに励んでいたらしい。
・・・状況が落ち着けばまとめて吊るしてやる。
そこからは大慌てで王国とは山を挟んで反対側にある帝国の東の町に司令部を置き王国内の情報を集める。
『王国軍、皇国軍に勝利』
『王国軍、反乱貴族を次々と制圧』
などの情報は大量に入ってくるので王国の勝利はほぼ確実であろう。
が、大量に入ってくる皇国の情報に反して我軍の話がほとんど入ってこない。
4万の大軍勢の情報がだ。
不確かな情報として『アプフェル伯爵がその麾下と3名で帝国軍を撃退した』と言う噂話が出ていたくらいだ。
普通なら失笑して流すような情報なのだがそこに出てくる名前が『アプフェル伯爵』と言うのがゾッとしない。
『アプフェル伯爵』そう、昨年からやたらと眉唾ものの話を耳にする様になった『王国の竜殺し』の名前である。
慌てて情報収集を帝国軍の行方からアプフェル伯爵の噂話に変更する。
そして集まったのは
『北都を治める大貴族、キーファー公爵の娘婿らしい』
『西都を治める大貴族、ヴァンブス公爵の娘婿らしい』
『東都を治める大貴族、フリューネ侯爵の娘婿らしい』
『王族より王女アリシアが降嫁するらしい』
『キーファーけのむすめむこだけどおば・・・げんとうしゅのむすめではなくミー・・・じきとうしゅのむすめむこなのです』
『むしろ全員嫁にするらしい』
『ハリスはちいさいこがすきなのでほんめいはいちばんわかいこなのです』
・・・意味がわからない。集まる情報が全て女性関係だけなのはどう言うことなのだろうか?
いや、おそらくは何らかの情報統制がされていると言うのは理解できるのだが。
それにしても小さな子供が好きなどという誹謗中傷が混ざるのは何故なのか?
成り上がり者と他の貴族に嫌われてでもいるのだろうか?
そして竜殺しの噂とともに伝わった彼の年齢は14歳だったはず。それに対し王国の王女は20歳を越えていたような?こちらも偽情報の確率が高いかもしれないな。
彼について何の有力な情報も集まらない間にも時は流れてゆく。
そして入ったのは王国ではなく皇国よりの情報。王国に休戦の使者を出すらしい。
いや、巫山戯るなよ!?お前らが勝手にこちらを巻き込んで起こした戦争、それをこちらに何の連絡もよこさずに休戦だと!?
ありえないとは思うが皇国と王国で何らかの協定が結ばれるようなことがあるとすれば帝国は非常に拙い状況に陥ってしまう。
こちらからも最上級の礼を持って王国に、出来得れば皇国より1日でも早く訪れなければ!!
慌てて手土産を用意し、今の宰相、そして外務大臣を伴い王国に向かう。
国境の山道、大軍が通過するために切り開かれ、そして踏み固められているので兄がここを通り王国に越境したのは確かであろう。
そして山を超えた先に広がる
「・・・私の記憶ではこの辺りは平原とは名ばかりの湿地帯だと聞いていたのだが」
「はい、その認識で間違いございません。数年前になりますが私が王都を訪れる際に通りました時は街道となっている場所を少しでも離れるとあっという間に足首まで沈み込む様な有様でありました」
「数年でそれが、この様な大平原になるなどありえるのか?」
「人の力ではまず無理でしょうな。しかしかの王国には『建国の5大精霊』がいると聞き及びますれば」
「これまでの報告ではその精霊の力を振るえる人間が近年は現れていないはずだが?・・・いや、1人、あきらかにおかしな情報ばかり入る男が居たな」
「恐らくは・・・その方の仕業かと」
「精霊の力・・・山を割り、湖を満たし、炎を降らせ、空を飛ぶ――だったか?彼の国の建国の話では」
そう言えば皇国の逃亡兵の話では空から光が降りそそいで皇国兵を殲滅したとあったな。
私だけではなく連れの2人も同時に大きく身震いする。
急がなければ、一刻も早くこの馬鹿げた戦争を終わらせなければ、そのままの意味で帝国は地図から消えてしまうかもしれんぞ。
西方の防衛軍との接触時に少しのいざこざがあったものの、その後は何の問題もなく旅は進む。
王国に到着した我々は当然のように平素の外交使節としては扱われないものの門前払いまではされず、武装のたぐいは全て取り上げられたがなんとか王城までは通された。
皇国の使者らしき者も数時間前に到着しているとのことだから時間的には危ないところだったかもしれない。
普段ならまずそんなことはないのだろうが、王国国王との謁見は皇国の使者とも合同で執り行われることに。
その場に集まるのはもちろん王国の重鎮。こちらをちらと見た、この場には不釣り合いなほど若い男、恐らくあれがアプフェル伯爵――竜殺しのハリスなのだろう。
まず口を開くのは皇国の使者。・・・あれは本当に使者なのか?そして現状を理解していないのか?
いや、それよりもあの男、アプフェル伯ではなくラポーム候と呼ばれているな?
もしかすると人違い・・・いや、先の戦争での功績により陞爵したと考えるのが正解だろうか?
仮に件のハリスでなくともあの歳で王から意見を求められる様な有能な人材、帝国にとっては注視すべき男であることに変わりはないが。
しかし皇国は何を考えてあのような人間を送り出したのであろうか?入っている情報からは我々同様大敗を喫しているはずなのだが。
あのような物言いで交渉がまとまると思っているのだろうか?そもそも停戦する気があるかどうかも疑わしいのだが・・・。
もちろん我が国にとってはありがたい話だがな。馬鹿が馬鹿な御託を並べてくれるおかげでこちらが余程の失敗をしない限り我が国の心象が悪くなることは
・・・転がった。
皇国人の首がまばたきとともに転がった。
アプフェル伯爵、いや、ラポーム侯爵の後ろに立っていた2人の黒い鎧姿の騎士。
もちろんこの部屋に入った時から目に入っていたのだがその姿のあまりの異質さに驚き、姿形だけの虚仮威しであろうと思っていたのだが。
皇国の使者がアプフェル伯爵を罵倒しようとしたその時、まばたきをする間に音もなく黒騎士の1人が目前に現れ剣を振っていた。
何なのだ今のは!?おとぎ話に出てくる転移魔法だとでもいうのか!?
声も出せず驚く私と連れの2人。
そして何事でもないかのように
「サーラ、他の方が怯えるからいきなり首を斬るのは控えるようにね?」
と言う声が音の無くなった部屋に響く。そしてそれに続く
「はっ!畏まりました!次からはひと声掛けさせていただきます!」
美しく澄んだ、それでいて力強い若い女性の声。
・・・あの黒い化け物は女なのか!?
「いや、今のってそう言う問題なの?て言うか彼女、君の後ろにいたよね?瞬きしたらそれが目の前にいてあまつさえ首を斬り落としてるとかどうなってるの?」
隣りで座る少し年重な男――恐らくあれが『怒れる白熊ガイウス』の後継者『怜悧な白狼コーネリウス』だろう。
なるほど、あれほどの親しげな様子。やはりラポーム侯爵の嫁は公爵家のどちらかの娘か?
「うちの奥さん、ちょこっとだけあわてんぼうさんなんですよ」
・・・待て!?今さらっととんでもないことを言わなかったか!?
奥さん?つまりその黒い鎧は護衛ではなくこの男の嫁だというのか!?!?
「まぁいいや、サーラ、ついでに」
「斬ります!終わりました!」
続いて転がる2人目の皇国人の首。
石になったように動けない我々を尻目に笑い出すこの国の王。対して私は話の流れの速さと情報量に状況も把握できず、声も出せず恐ろしさにふるえるだけ。
・・・勝てない、この様な恐ろしい連中が治める国になど最初から勝てようはずがなかったのだ。
―・―・―・―・―
そして広がる王国に対する風評被害
帝国編(?)もう1話だけ続きますm(_ _)m
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