東への旅編 その5 『その頃の・・・その2』

お父様とコーネリウスお兄様が戻られたのはハリスが黒竜を退治したと連絡してきた翌日。

あら、お父様、玄関までお出迎えに参じた娘に対しての第一声が『ど、どうしたのだその討ち取った敵の生首を首から五つほどぶら下げた鬼神の様な笑顔は・・・』と言うのはいかがなものなのでしょうか?

まぁ良いでしょう、お戻りになったところですものね、お疲れでしょうし許して差し上げましょう。


お兄様にハリスから届いた手紙の束をそっとお預けしてニコッと小首をかしげてご挨拶して下がります。

コーネリウスお兄様、妹が一歩前に歩み出る度にビクッとして半歩下がるのはどうしてですか?

ええ・・・今はそんな事はどうでも良いのです。早急にそちらをお読みくださいね?では私はこれにて。


「ち、父上、なんですかあのおっかない生き物は・・・」

「俺は何も知らぬからな?何かあればお前の責任だぞ?」

「丸投げは止めて下さい!!それよりもこの手紙は・・・ハリスからの様ですが。・・・はぁっ?!?!ち、父上、黒竜が、いえ、黒竜を・・・ハリスが退治したようです」


お父様が黒竜討伐確認の早馬をすぐに出されてその返信が来たのは1週間後。

いえ、届いたのはお返事ではなく第三騎士団からの報告みたいですね。伝令ではなく第三騎士団の団長と副団長が直々に戻ってきました。

どうやら本当に黒竜は倒されたのですね・・・。それも遥か彼方を飛んでいる竜をハリスが『魔法の一撃で吹き飛ばした』と。


黒竜退治の報告の後は・・・あの無能と取り巻きの報告。

物見遊山の様にダラダラと時間をかけて騎士団の行軍を妨げたばかりか子爵であるハリスに野営させたと?

いえ、そもそも軍事行動中にハリスは宿になど泊まるとも思えませんけど・・・それはそれ、これはこれでしょう。

道中も足手まといでしかなかった上に竜が現れた時の取り乱し様、竜が退治された後の尊大な物言い・・・。「ふ、ふふっ、ふふふふ・・・」そうですか、そんなに死にたいというのなら


「お嬢様、みなさまが怯えておりますのでいきなり笑い出すのはお控え下さい」

「あら、これは失礼を。あとメルティス、繰り返しますが私は『いつでも愛らしい聖女様』よ?公爵家最強と謳われる第三騎士団の方々が怯えるなどあろうはずがないでしょう?」


ねえ?と微笑みかけると何故か身体の大きな騎士団長が生まれたての子鹿のように震えておりました。もう、冗談にしても失礼な方ですね!


その後は王宮に黒竜討伐の報告、もちろん退治したのはハリスと第三騎士団。王国内で長年懸念されていた竜退治と言う宿願の達成に大騒ぎです。

さっそく王都内にも発表され街中がお祭り騒ぎになりました。


あら?吟遊詩人を呼び出してどうされたのでしょう?騎士団長と副団長が話してハリスの竜退治を詩にするの?では私も詳しく聞きましょう。

ほほほっ、そんなに緊張することはなくってよ?


・・・

・・・

・・・


そうですね、黒竜を倒すところはそのままでいいと思います、でも武勇伝だけでは女性受けはしないのではないでしょうか?あら、あなたもそう思うのですか?さすが王都でも一流の吟遊詩人さんですね。

そうね、まずはどうしてハリスが黒竜の退治などと言う危険な旅に出ることになったのかから話しておくべきでしょう。そう、あれは今から四年前、私とハリスの突然の出会いから始まるのです・・・。ええ、大丈夫ですよ、歌う時はちゃんとハリスと私の名前は出すようにしてくださいね?そう、これは二人の真実の愛の詩なのですから。

あら、詩が出来たら本にしてもいいかですって?ええ、もちろん構いませんよ。むしろ早急にやるべきですね。むしろ演劇も早急に演るべきです。


題名は『ハリスとフィオーラの愛の詩』でどうでしょうか?

さすがに公爵家の御令嬢の名前は出せない?構いません、やりなさい。どうして震えてるのですか?あなたが縛り首にされる?構いません、やりなさい。


「お嬢様、さすがにその者が可愛そうですのでその辺で・・・」

「そうね、なら・・・題名は『孤児と令嬢の愛の詩』でどうでしょうか?登場人物は『パリスとフィアーナ』で良いでしょう」


既に王都に住む王国民には『黒竜を退治した者の名はハリス子爵』と伝わっているのですから構わないと思うのですが・・・まぁいろいろとあるのでしょう。

もちろんラストシーンは二人が結ばれて終わるようにするのですよ?大丈夫です、本人も了承しておりますので。



あのバカが王都に戻ってきたのはそれから更に一週間が過ぎた頃。先触れが到着しお父様がわざわざ玄関ホールまで出迎えた屋敷に戻っての第一声が


「父上!!アントニヌス、黒竜を討伐して只今凱旋いたしました!!すでに王都でも噂が広まっているようですね!!」


・・・この無能は本当にどう言う了見なのでしょうか?むしろお怒りのお顔のお父様を見て何も感じないのでしょうか?いえ、バカなので仕方が無いのでしょうが・・・。


「・・・ほう、それは祝着であるな。詳しくは奥で聞こう。ああ、お前の供として出ていた人間も今すぐに屋敷に全員呼び出せ」


奥の広間では椅子に腰掛けたお父様とコーネリウスお兄様、お母様とあの女、そして私の前で嬉々として竜退治の様子を身振り手振りを交えながら延々と語る道化。

自分の母親の顔色が悪いこと、その他の人間の冷めた瞳が見えていないのでしょうか?ここまで空気の読めない人間もそうそう居ないと思われます。

一通り説明が終わった所でお父様が


「・・・それで、貴様は何の権限を持って騎士団を動かした?」

「はい?そ、それはもちろん父上の名代として・・・」

「私が何時そのような名目を与えた?・・・まぁいい、それで貴様はハリスを連れて行ったそうだな?何処に居る?」

「ああ、それです!あの男、私の命令をまったく聞くこともなく勝手に」


「・・・貴様は何を言っている?どうしてハリスがお前の言うことを聞く必要があるのだ?あの男はれっきとした子爵家の当主だぞ。それを無爵のお前がどうして勝手に連れ出した?そもそも黒竜討伐に参加した、いや、ぞろぞろと付いて行った人間の中で最高位はハリスであっただろう?命令を聞かなければならんのは貴様であろうが」

「そ、それは、その・・・そう、あいつが、あいつが手柄が欲しいので連れて行って欲しいと!わ、私は公爵家の人間ですよ!?それが素性もよく知れない名ばかりの子爵の言うことなどどうして聞く必要があるのですか!!」


「はぁ・・・貴様は・・・俺が叙爵した貴族に含む所があると、そう言うのだな?つまり俺に喧嘩を売っていると」

「そ、その様な意図はまったくございません!!どうして、どうして父上は手柄を立てて戻った息子にその様なご無体な仕打ちを」


「他人の手柄を掠め盗り、嬉々として報告する無様な人間が我が息子だなどとぬかすな!!いいだろう、確か貴様はあの男から黒竜を撃ち落とした魔道具も盗んだのであったな、それをこの場で動かしてみろ」

「あ、あれはあの男が私の気を引こうと献上してきたのです!受け渡しの時に受け取った者が取り落しまして今はその・・・使えません」


その後も続くお父様の言及とクズの支離滅裂な言い訳。

なぜあの程度の嘘が通じると思ったのか・・・。

さすがに呆れるしかなくてため息しか出ません。

そしてこちらを睨みつけてくるあの女。逆恨みもここまでくるとむしろ清々しいくらいですね。


その後はゴミに付き添って出陣した連中が親と一緒に集まりました。

集まった人間の態度は二種類。

3分の1は顔を痣だらけにした息子と一緒に大急ぎで訪れて土下座で今回のことを謝罪する人間。

残りはおそらく何か褒美でも貰えると思い親子共々のんびりと着飾って現れた人間。


まぁ双方ともに広間に入ってすぐに顔を真っ青にさせているのは言うまでもありませんが。何にしても今後の扱いには是非とも期待して欲しいものです。


ああ、アレの処分ですが母親共々離縁と言うか絶縁の上で実家に戻されました。

おそらく実家で(貴族的な意味の)病の療養でもさせられるのではないでしょうか?

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