秋の憂鬱
窮鼠
秋の憂鬱
夏の終わり、季節の変わり目。それと関係があるのか分からないけれど、最近僕は、気分が晴れない。
なんとなく鬱々として、何を始めるにも億劫でなかなか手につかないのだ。
同じ動作を繰り返すだけの日々が、これからも絶え間なく続くと思うとぞっとする。ダラダラ過ごしてそのまま夜になり、今日も何も出来なかったと感じながらそのまま寝るのを、昨日も一昨日も繰り返している気がする。
そんな事を考えているうちに夕方の四時だ。これ以上時間を無為にしたくはない。とにかく家にいてはだめだ。外に出なければ。適当に上着を羽織って、靴を履く。
この生ぬるい焦燥を知っている。そしてこれを解決することは僕には出来ないことも。せめてもの抵抗として、家から出よう。
外はまだ明るかった。夏の暑さと蝉の鳴き声はとっくに消え失せて、だいぶ過ごしやすくはなったようだ。空気は澄んで、太陽は西に傾いている。空は青くて雲はまばらにあるのみだ。
しかし、僕は心に沈殿した不快な塊を取り払えずにいた。
こんな時、音楽の力を借りるのが良い。イヤホンをはめ曲を流すが、今日に限っては全くその恩栄を感じられない。最初の二、三小節で辛抱ならなくなって次の曲。かつて確かに僕の心を打ったはずの音楽も、響かないどころか、かえって煩わしいくらいだ。僕は耐えられなくなってイヤホンを外した。
少し前、ほんの数日前は全く違ったはずだ。音楽を聞くことは毎日欠かせない娯楽だったし、やりたいことをし終えたあとには充実感を感じていた。今日となってはい信じられないことだ。どうにかして憂鬱を屈服させ、あの時の気分を取り返すことが出来たら僕の勝ちだ。
そういえば、前から行ってみたかった古本屋があった。隣駅だから少し遠いけど、せっかくだから歩いて行ってみよう。少し前に見つけ、それから道を通るたびに気になっていたのだ。小さな店ではあったがいかにも老舗という感じで、中が暗くて外からは様子がわからないので入りにくい雰囲気はあったけど、僕は意を決して行くことにした。案外、ああいう店に掘り出し物があったりするのだ。僕はこの憂鬱に終止符を打つことができないだろうかと、密かに期待していた。
しかしどうだろう、目当ての古本屋は、店の本棚の殆どがポルノで埋まっていた。
どうやらそういう店だったらしい。予想と実態のギャップに僕は驚いた。しかもマニアックな年季モノが多くて、とても僕の趣味ではなかった。なにも、僕がその絢爛に怖気づいたわけではないが、しかし、この憂鬱から抜け出す糸口になるかもしれないと期待した一縷の望みは、あっさりと無くなってしまった。だが、入ってしまった手前、何も買わないのは失礼ではないだろうか。僕は澄ました顔で一冊手頃そうな本を購入し、店を出た。
僕は電車で自分の最寄りまで帰ることにした。
電車内では、部活終わりの高校生らしき青年たちが談笑していた。気づけば外は夕暮れだ。陽光が窓から射していて、顔に当たるので鬱陶しい。そういえば最近、高校時代の友人たちに会っていない。今頃どうしているだろうか。
そんな事を思っているうちに最寄り駅についた。
さて、僕の最寄り駅は、決して栄えているとは言えないものの、周辺にはそれなりにいろんな店が立ち並んでいる。全国チェーンの珈琲店、店頭BGMがやけにうるさいからあげ屋。花屋にはハロウィンの飾り用の小さいかぼちゃや変わった植物が売っていてつい興味を惹かれる。
僕は中に入るでもなく、店先の品物を眺め、たまに物色しながら冷やかすようにして商店街を歩いていた。
青果店では、発泡スチロールにいれられた色とりどりの果物が雑然と並んでいる。ぶどう、柿、レモン、そして猫。ここの青果店には看板猫なる存在がいて、客引きの役割を果たしている。いや、この目つきの悪くて無愛想な顔を見ると、客引きができているのかは微妙であるが、全身を見ると確かにある程度、いやかなりのモフリティは備えていて、つい足をとめて見入ってしまう。
彼と目が合う。そして目を逸らされた。僕がまじまじと見ていたことに気づいたのだろうか。いや、もしかしたら最初から彼はきづいていて、その上であえて知らんぷりをしていたものの、僕があまりにジロジロと見るものだから、視線で控えめに咎めてくれたかもしれない。だとしたらなんて大人っぽくて上品な猫だろう。僕はあえて、わざとらしくじー、と見つめた。そしたら猫が居心地が悪そうにし出したので、背中をなでてやった。冬毛がふんわりとしていて気持ちがいい。でもすごく嫌そうな顔をされたので、流石に申し訳なくなりすぐにやめた。
気づけば、僕は先程まで頭の中を占領していた憂鬱を屈服させることに成功していた。さっきまでこころを覆っていたモヤがすっきりと晴れ、本当に清々しい気分だ。
人間関係も、将来も、とっても容易いものに思えてきた。過ぎたことについてうんうん悩むなんて馬鹿らしい。僕はすごく良い気分になって商店街を軽快に歩いた。すっかり暗くなった駅前商店街で、僕は一人有頂天だったのだ。
不意に遠くで季節外れの花火が鳴った。音がなった方角を見ても、地形的な問題で全く見えない。せめて少しだけ見せてくれと思うが、山の奥で淡い光が薄っすらと、大気を通して見えるだけであった。
自分が関係ないところで鳴る花火ほど虚しさを感じさせるものはない。向こう側では、仲間と花火を楽しんでる人達がいるのだろうか。そんなことを思うと、羨ましくて仕方がなかった。
秋の憂鬱 窮鼠 @perrorist
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