雨上がりの喫茶店、約束の五分前
神凪
待ち合わせ
つい数分までものすごい雨だったというのに、私が家を出た途端に止んでしまった。もしかしたら、私はものすごく天候に愛されているのかもしれないと、少しだけ嬉しくなる。
電車を乗り継ぎ、目的の喫茶店へ向かう。パンケーキが話題の店だ。特にこれといって理由はないが、女子高生たるもの一応映えの意識もしなければいけない。その結果が、パンケーキだっただけであって。
しかし、わざわざ彼は私に付き合ってくれるらしい。彼、というのはその字が示すとおり、彼氏のことなのだが、どうやら随分暇なようだ。
さて、それはさておき、目的の喫茶店はどこだろう。このマップアプリ、とても使いにくい。もはやここがどこなのかもわからないではないか。これは断じて私が悪いわけでは無い。絶対に違う。
役に立たないスマートフォンをポケットにしまう。なんとなく歩いてたらいつか着くはずだ。
そうして歩くこと三十分。街ゆく人に何度も道を尋ねることになってしまったが、どうにか着くことができた。先程は見栄を張ってすみませんでした、私の方向音痴が導いた結果でした。
彼はどこだろうかと周囲を見渡すが、いない。待ちくたびれて――といっても一応五分前ではあるのだけれど――中に入ってしまったのかとも思ったが、中にそれらしき人もいない。
まさか、と思ってメッセージを確認。やはり来ていた。
『ごめん、遅れる。先に中入って待ってて』
案の定の内容だった。何度目だろうか、こうして彼がデートに遅れるのは。
『わかったよ』と送りかけて、手を止める。そういえばいつもこうして許してしまっている。たまには、怒ってみた方がいいのではないだろうか。
さて、何を送ろう。怒ってみるとは言っても、実際にはなんというか、呆れの方が大きいのだ。内容に困る。
『許さない』というのはどうだろうか。いや、怖いな。私は彼に殺されたお化けか何かなのか。メッセージでホラー映画のようなことをするのはよくない。やめよう。
では『理由を教えて』ならどうだ。それっぽいが、これだとなんとなく彼がデートを忘れていたようなふうに見える。もしくは、彼が他の女と……いや、ない。それは、ない。ないと信じたい。
ああでもない、こうでもないと何度も返信を打ち込んでは消してを繰り返す。
そして結局送ったのは『わかった』と一言だけ。
いやだって、雨が酷かったから。電車止まってたかもしれないし、なにより私に付き合ってくれているわけなのだし。それを怒ったり言及したりというのは、少しばかり器が小さすぎるような気がする。それに、私だってつい数分前まで迷っていたわけで、遅れていたかもしれないのだ。
……いや、嘘だ。本当はただ彼に嫌な気持ちをしてほしくないだけ。もっと言えば、嫌われたくないだけだ。
店内はレトロな雰囲気で、雨がかなり降っていたからか客はそれほど多くはない。それでも何人かいた客が頼んでいたのは、やはりパンケーキ。
席に座ってもう一度メッセージを確認。既読の文字と、その下に頭を下げる猫のスタンプ。無性に腹が立つ顔は、どこか彼に似ている。
テーブルに置かれたお冷に口をつけながら、メニューを確認。どれも美味しそうで、彼が来る前に注文してしまおうか迷ってしまうくらいだ。
パンケーキはもちろん美味しそうなのだが、チョコレートパフェも美味しそう。サンドイッチもシンプルなのになぜかとても輝いて見える。
そんな風に楽しくメニューを見ていると、ポケットのスマホが再び振動した。
『もうすぐ着きます。遅れて本当にごめん』
こんなメッセージを送られたら、また返した方を考えなければならないではないか。
単に気にしないでほしいという旨のメッセージを返しておこう。ようやく慣れたフリック入力で素早く打ち込む。
彼はどんな態度で店に入ってくるのだろうか。多少は申し訳なさそうにしてくれるだろうか、もしくはめちゃくちゃ落ち込んでくるかもしれない。
いや、むしろなんともない笑顔でやってくるのだろうか、それはそれで腹が立つ。
カランカラン。心地よいベルの音が店内に響く。肩で息をしながら、店内をキョロキョロ見渡している。
さて、一言目はなんて言おうか。
雨上がりの喫茶店、約束の五分前 神凪 @Hohoemi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます