第14話

「福良さ〜ん。気晴らし外に食べ行きませんか〜?」


「えっ、、あぁ〜…」



睦さんが来なくなり、もう一ヶ月になる。

最初は抜けた穴を補うため、ドタバタもしたが、やっと落ち着いてきた。


俺に話しかけてきた羽美ちゃんは、睦さんが来れなくなってから来始めたバイトの子。愛想はいいし、返事もいい。勉強も出来る…が、

本人には言えないが“センス”がない……。

色の使い方……テロップもBGMも……

誰が見ても合ってない。違和感しかない。

しかし、指示した事は確実にこなす。

“……使い方じゃね?”と伊沢は言い、バイトとして続けてもらう事になった。


「うーん……でも……あんま食欲なくて……」

「ダメですよ!ちゃんと食べなきゃ‼︎」

ガッツポーズしてる羽美ちゃんを見て、睦さんを思い出した。


前にもこんな会話……


『忙しくてもちゃんと食べなきゃ‼︎ 大きくならないよ‼︎』

『すでに大きいから!睦さんの方が断然小さいからね。睦さんこそ食べなきゃ!』

『私はコレで完全体の成長なの‼︎福良さんはまだ進化過程でしょ⁈』

『オレをどんだけデカくする気だよ⁈』


……睦さんがいるオフィスはいつも明るかった。


やっといない事に慣れてきたんだけどな、、

ふとした時に思い出してしまう。


「…………よし!行くか!」

俺が暗いと周りも暗くなる!と自分を鼓舞した。

「わーぃ‼︎ じゃぁ、私のオススメのトコに‼︎」



今年の冬は久しぶりに寒い。

ここ数年、温暖化の影響なのかあまり寒くなかった冬だったが今年は違う。まさに極寒。

「さむ〜ぃ」

極寒ニュースは連日放映されている中、明らかに彼女は場違いだった。

“先に外、行ってて下さい”と言い、俺は先にオフィスを出た。後から来ると言うから、てっきり着込んでくるんだと思っていた。

「……ほら、コレ」

「わぁーぃ‼︎あったかぁ〜ぃ」

俺はマフラーを彼女に巻いた。

、、不思議な子だ、、


「ふふ……福良さんの匂いする〜」

彼女は俺のマフラーに顔を埋めて、クンクンしている。


「ここです!可愛いお店ですよね〜!」

「、、ここは、、」

彼女のオススメのお店は以前に睦さんが行きたいと言っていたお店だった。


ちょっと意地悪して、おねだりする彼女が見たくて“俺は微妙だな〜”とウソをついた。

睦さんは『なんでよー‼︎行こうよ‼︎』と俺の服を摘んで、子供のように拗ねた。それが可愛くてつい長くウソをつき続けたら結果、『もういいっ!』とむくれてしまった。


“あの時……一緒に行けばよかったな……”


料理はどれも美味しかった。料理だけでなく、ドリンクも変わったオリジナルばかりで睦さんが来たがる理由が分かった。


“睦さんなら何を選ぶだろう、、”

俺はメニューを眺め続け、一人妄想を膨らませていた。


「よかった〜福良さん、元気出たみたいで!」


どうやら自然と顔が緩んでいたらしい。


「ホントに心配してたんですよ〜暗い顔、撮影時以外ずぅーっとしてるんですもん」


みんなに心配かけて悪かったなと思い、気持ちを切り替えよう!と俺は彼女に微笑みかけた。


「さて、そろそろ行こうか?」


「あぁー、、もう一杯いいですか?」


、、これで三杯目。

いくら色んな種類があるとはいえ、よく飲めるなと少し感心さえしていた。


「紅茶、、、好きなんだね」

「えっ、、あ、、はい!」


好きな割には変わった態度だな、、

しかも、さっきまではゆっくり飲んでいた紅茶を、三杯目は慌てる様にして飲み干した。

熱々な紅茶を飲み、彼女の顔は真っ赤だった。



、、ホントに不思議な子だな、、



とぼとぼ歩いたり、早歩きになったり、羽美ちゃんは歩き方まで不思議だった。


「、、なんか雲行き、怪しいね、、」

そう言ったのも束の間、突然の土砂降りに襲われた。ゲリラ豪雨だ。

極寒で、ずぶ濡れ。

歯がガクガクと、体はガタガタと震えるほど寒い。


「とりあえず、あそこに入ろう!」

あまりの寒さに、近くにあったラブホテルに入った。


服を乾かし、芯まで凍え冷えた体を温める為、風呂に入ってから、オフィスに戻った。




「ただいま〜」


オフィスに戻ると休憩室が騒がしかった。


…………


んっ、、この声‼︎


思った時にはすでに体が反応し、走って休憩室に向かっていた。

「睦さん‼︎‼︎」


エプロン姿の睦さんがテーブルの前に立っていた。


「元気してた〜?」

「どうしたの⁈もう仕事落ち着いたの⁈」


「いや、まだ忙しいんだ。でも、コッチも忙しいだろうなぁーって。」

笑顔の睦さんの後に山本が続く。

「ちゃんと食べてるかなーって来てくれたんだよ!」


久しぶりに見る睦さんの笑顔……


「睦くん特製のクリームシチューマジうまよ‼︎‼︎まぁ、誰かさんのせいで野菜は、じゃがいもしか入ってないけどね〜」

すでに一杯食べ終えたらしく、おかわりしている須貝さんもテンション高く話した。


「福良さんも――」



「どなたですかぁ?」

羽美ちゃんは俺の腕を掴みながら、睦さんに向かって言った。


「あ、、えっと、、はじめまして!

――睦と申します。」


羽美ちゃんは睦さんが挨拶し終わると同時に睦さんに駆け寄り、ブンブン振りながら手を握った。

「あぁ‼︎ あなたがぁ‼︎ お会いしたかったんです‼︎‼︎わぁ〜シチュー美味しそう‼︎‼︎ あぁ、、でも今[Serendipity]でお腹いっぱい食べてきちゃって、、残念ですね、、福良さん、、デザートまで食べちゃいましたね、、」



睦さんの眉がピクンとした。

「……[Serendipity]…行ったんだ」




みんな睦さんが行きたがっていたが、オレが断ったのを知っている。

さっきまでのホワホワした空気が一気に張り詰めた。


「俺も食べ……」


俺がシチューに一歩近づいた途端、


「食べすぎは良くないです。無理しないほうがいいと思います。」


……敬語……背筋が凍った。


ガチャ!


「おっ!いい匂い……わぁ!むっつみん‼︎」

張り詰めた空気を一転する伊沢の声が静まり返った部屋中に響いた。


「めっちゃ腹減ってるし、めっちゃ寒かったから超嬉しい‼︎」

「ちょい!」

シチューのお玉に手をかけようとする伊沢の手を睦さんはパチンと叩いた。

「伊沢っち、、手、洗った⁈」

「えっ……あー」

「洗ってきなさい!早くっ!」

「、、はーい」


伊沢にこんな風に言えるのは彼女だけだ。ドッとみんなが笑った。


ーあぁ、、やっぱり彼女がいる雰囲気はいいなー



伊沢はマジで腹ペコだったらしく、三回もおかわりした。パンも睦さんの手作りだったらしい。


シチューもパンもキレイに完食。


「んじゃぁ、みなさん、また頑張って〜」


片付け終えるとさっさと帰ろうとする睦さんを俺は慌てて追いかけた。


「睦さん‼︎」


「……なにか?」


「……外!寒いから、コレ……」

睦さんにマフラーを巻こうとすると、また睦さんの眉がまたピクンとなった。


「……同じ匂い……」

「え?」

“あ、、マフラーを羽美ちゃんに貸したからか”

「あぁ、、この匂いはー」


「……同じシャンプーの匂いする……」

「えっ⁈シャンプー⁈」



彼女は“ふぅ……”と彼女は息を静かに吐いた。


そして、俺を見て微笑んだ。


彼女の笑顔に何故か背筋が凍った、、


「福良さんて、優しいですよね。優しいトコ、良いところです!誰にでも優しいとこ、、」


「えっ……?」


「でも、その優しさに勘違いする人もいるんです。。気をつけて下さい」


「それは、、どうゆう、、」


俺が言い終える前に睦さんが話し出す。


「二人でご飯……あのお店に…で、同じシャンプーの匂い……そうゆう事ですよね……?」


「んっ⁈ぅえっ⁈」


“勘違い、、誤解してる!”


「お仕事、頑張って下さい」

睦さんはスタスタと歩きはじめた。


ビルから出る手前で振り返り、


「彼女、いたんですね。」


そう言って睦さんは人混みに消えていった。


引き留めることも出来た。

説明も出来る。

羽美ちゃんに気持ちはないし、下心もない。


ただ。

逆の立場だった時、、

俺は“そっか〜”と言えるだろうか。


自分の知らない間に仲間に加わった異性と自分の行きたいと思っていたお店に行き、ラブホテルに行った。


“寒さに耐えきれず”という理由があるにせよ、二人でラブホテルに入った。

これは紛れもない事実だ。


俺は受け入れられる自信がなかった。


彼女を引き留め、説明してー、、

自分が出来ない事を彼女に求めるなんて都合が良すぎる。


そんな事、出来なかった。

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