第10話

……おはよぅございます……


遠くから声が聞こえた。

早いな……誰だろう……


編集室を出て、音のするキッチンの方へ行ってみた。

ガチャ、、

「あっ!……おはよぅ……ございます……」

「おはよう。どうしたの、早いね⁈」


そこには睦さんいた。


「驚かないんだね、俺がこんな時間にいても」

「毎週金曜日は、早く出勤する日だから……」

「⁈なんで知ってるの⁈」


金曜日は何かと色々ある事が多く、帰りが遅なってしまう為、早く出勤する。

ただ、みんなに気を遣わせないように“そろそろみんな来るかなー”くらいに、一旦会社を出る。

時間を適当に潰し、改めて出勤する。

なぜ彼女は知ってるんだろう。

ハテナの答えを考えていると、スッと彼女が箱を差し出した。


「……コレ……」


実はもうキッチンに入る前、、いや、彼女が入ってきた入り口から廊下、キッチンまで全ていい匂いで溢れていた。


「ダークチェリーパイ‼︎‼︎」


俺の大好物‼︎

中でもこのお店のは最高で抜群に美味い‼︎

しかし、夜明け前から並んでも買えるかどうか分からないくらいレアなもの‼︎


箱の上にある透明フィルムから少しだけ中が見える。

キラキラ輝くダークチェリーが沢山‼︎

思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「わざわざ並んで買ってきてくれたの⁈」


「いや……友達に“並ぶの付き合って”って言われて、せっかく並んだし、、で、買っただけだよ……」


「そうなんだ〜♪じゃぁ、その友達に感謝しなきゃね〜」


ルンルン気分でいると、須貝さんが出勤してきた。

「ダークチェリーパイやろっ‼︎‼︎」

入ってくるなり叫んだ。


2人で今日の出勤予定人数を確認し、“何等分に分けるから……一人あたりのサイズは……”と計算していると睦さんが嬉しそうに笑っている顔が視界に入った。


「おはよーございまーす‼︎

あぁ‼︎ダークチェリーパイ‼︎ちゃんと買えたんだ‼︎」

嬉しそうに山本が睦さんに話しかけた。


「だぁーー‼︎ヨッシー‼︎‼︎」


山本の腕を掴みながら、編集室へと消えていった。



……ヨッシー…………………………?



いつから仲良く?

いつからそう呼んで?


俺は“福良さん”


あれ?

伊沢は“伊沢っち”


須貝さんは“しゅんち”


山上は“ダイキ”


こうちゃんは……まぁこうちゃんでいいか。


あれ、、考えてみたら

俺だけ“さん”付け………………?


「おはよぉさんでーす、、」


「ファルコンさん‼︎ちょっと‼︎」


眠そうに出勤してきたファルコンさんを強引にミーティングルームに連れて行った。


「なに、なに、なによ、朝から……」

ファルコンさんを強引に座らせた。


さて、座ってもらったが、、何から話せば……


ファルコンさんは黙っている俺の顔を見て、大きくため息をついた。


「はぁ……睦の事だろ……仲直りできてないって話?」


もう何も言わなくても彼女の話だという事はバレている。さらに、、“仲直り……”昨日の事も知ってるのか。


ただのイトコだとは分かっているが、何でも知ってるファルコンさんにもたまにイラッとしてしまう。


“俺だけ今でもさん付け”と端的に伝えた。

ファルコンさんはまた大きなため息をついた。


「はぁ……今頃気づいたの?アイツは人見知りだけど、相手が優しい人〜とかいい人〜って自分の中でなると、仲良くなりたくて、あだ名をつけて、距離感を縮めるんだよ」


「じやぁ‼︎‼︎……なん……」


“なんで俺は福良さんなの?”

言葉を飲み込んだ。


そして、ファルコンさんは深いため息の後に考え込み……躊躇混じりに話し出した。


「………俺が言ったって絶対言うなよ‼︎絶対だそ‼︎バレたら俺の身が危ないからな‼︎」


真剣な顔で身の危険を話すファルコンさん。


「……なん……です……か?」


あまりの真剣さにこちらまで緊張した。


「いいか、、アイツがいつまでも“さん”付けで呼ぶ相手は、二パターンある。」


ファルコンさんは人差し指と中指をたて、俺の顔の前に掲げだ。

そして、中指を折り、人差し指のみを立てた。


「一.仲良くなりたくない、距離を取りたい、距離感を縮めたくない相手」


“改めて言わなくても……”

ため息をつくかつかないかの間に、

中指も立て、二本の指を更に近づけてファルコンさんは言った。


「二.ものすごーーくすごーーく特別な相手。気持ちがデカい分、軽々しくあだ名でなんて言えない相手。」



「……」



「福良、自分がアイツにとってどっちかは言わなくても分かってると思うが、答え聞く?」


「いや、大丈夫です。朝からすみませんでした。」


“よし。じゃ、今日もよろしく〜”とファルコンさんは出て行った。

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