第5話
突然後ろから声がして、僕は肩をビクッと震わせてしまった。声の主はメアリーだった。寝間着のようなロングワンピースを纏い僕を見てくる。
「……メアリーこそ、どうしたんだ? こんな時間に一人で歩いていたら危ないだろう」
「危なくないわよ。誰も私を襲わないもの。キールこそどうしたの? 外を見ていたらキールが私の目の前を通っていくのが見えたのよ。だから心配になって追いかけてきたの。キールが海を見に行くなんてことほとんどないから。それでどうしたの? 顔がとても辛そうよ」
「……実はな――」
僕は限界だった。黙っていようと思っていたが、口が動いていた。
全てを話し終え、キールは砂浜に寝転がった。体の中に溜まっていた黒い塊を全て吐き出した気分だった。メアリーはずっと黙っていた。何かに思い詰めた顔をしている。すると突然彼女は海に足を踏み入れ始めた。
「何してるんだ、メアリー」
「……私のお父様が行っていたことが間違っていることだったなんて……。信じたくないわ。けれど、事実なんでしょう?」
途中から、涙声になっていた。顔は見えないものの、雫がぽたぽたと海に落ちていく。足首まで浸かった水に波紋が広がっていく。彼女の嗚咽が静かな海に響いた。
「この後あなたはどうするの? これからも殺し屋を続ける気?」
横になっている僕にメアリーは話しかけてきた。いつの間にか彼女は泣くのをやめたらしい。彼女の言葉は僕にずっしりとのしかかってきた。
「まだ決めてない。とりあえず殺しの仕事は断った」
「……私はたとえこれが間違ったことだったとしても、殺しをしたほうがいいと思うわ。この村の収入源だし、どう言おうとも殺しが貴方の使命なのよ」
「…………うん」
殺しが貴方の使命……。その言葉は僕の心にぐさっと突き刺さった。小さい時から殺し屋として育てられた僕には殺ししか残っていないのか……。
メアリーと別れ、僕は部屋に篭った。……これ以上、僕は人を殺せない。
♦︎♦︎♦︎
数日後、僕はメアリーを海へ連れ出した。彼女の方を見ないで僕は口を開いた。
「僕はさ、どうやって償えばいいんだろう。今までいけないことしてきてさ。……償うというかさ、僕が殺してしまった人たちに対して申し訳なくて」
「……何を言ってるの、キール。あなたの使命は殺すことなのよ。あなたは人を殺すために生まれてきたのよ?」
「もちろん。僕の仕事は殺し屋だ。ただ……この事実を知った後に人を殺せるか? 僕は罪を犯したんだ。……この村はイカれてる。人を殺していいなんて……。いいわけがないっ」
僕の目からは涙が流れていた。口に出したことによってこの村への憎しみが溢れてきた。彼女の方はまだ振り向かない。
「……僕は死のうと思う。それが……僕にできる唯一の償いだ。メアリー」
僕は振り返り、彼女の名を呼んだ。彼女は肩をビクッと震わせた。そんな彼女をしっかり見つめ僕は言った。
「メアリー、僕と一緒に……何処かへ行かないか」
驚いた顔を彼女は見せた。多分「何処か」というのがどこを指しているのか分かったのだろう。僕の顔をじっと見てくる。
「…………キール、嘘だよね? 死ぬなんて嘘でしょう?」
彼女がやっと出した言葉は、僕を引き留めるものだった。その後も嘘でしょう、と呟いている。僕は彼女の肩を掴み、彼女を見つめながら、
「僕は本気だ。メアリー、僕と一緒に何処かへ行かないか?」
とさっきと同じことを言った。彼女は困惑顔を見せた。少し考えたあと、こくんと頷いた。
「……ほんとか……?」
「エ、エラーがその選択をしたなら……私はついてく。一緒に行く」
「ありがとう」
僕は彼女を抱き寄せた。もうこれもできないのかと思うと残念だが。メアリーから離れ、手をギュッと握る。メアリーともう一度見つめ合う。
「じゃあ、行こうか」
「……向こうはどんな世界かしら」
「殺しなんて存在しない世界さ」
僕たちは海に足を踏み入れた。
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