第4話

 「どうして外で殺しをすると罪だということを知った?」

書斎のドアが閉まったあと、すぐに父が言った。

「認めるんだな、外の世界では殺しは罪だ、と」

「……ああ」

観念したような顔を父は浮かべた。

「それで、どうしてだ?」

父は何故か僕が知った経緯を知りたがった。僕は包み隠さず、昨日あったことを伝えた。しかし、屋根に上がろうとして背中を痛めたことは言わなかった。全てを話し終えたあと、父はそうか、とだけ言った。しぼりだすような低い声だった。そのまま書斎に置いてある大きな椅子に腰掛け、物思いに耽っていた。その背中に向かって僕は言った。

「今入ってる仕事を無くして欲しい。これを知った上で人を殺すなんて気分に今はなれない」

父はそうか、とだけ言った。少し落胆しているようだった。

 父の背中をもう一度見つめ、僕は書斎を出た。子供の時は憧れた父の背中。今は憧れる気もなくなっていた。ドアのそばには母が立っていた。

「……話は終わったの」

「あぁ。父に話して休暇をもらった。しばらくは家にいるよ」

「そう」

僕はそのまま立ち去ろうとした。しかし、ひとつ思ったことがあり、足を止めてもう一度母の方を見た。

「そうだ、母さん。母さんは知っていたのか」

なんのことかピンときたのだろう。母は優しい顔のまま言った。

「……ええ、知っていましたよ。……だって私はこの村の生まれではないですからね」

驚きだった。母はこの村で生まれて父と結婚したと勝手に思っていた。

「お父さん、エドワールさんと初めて出会ったのは私が殺人を依頼したときでした。私がこの村にある人を殺して欲しいと電話をして、その時に私の依頼を引き受けてくれたのがエドワールさんでした。エドワールさんの殺しの技術は素晴らしく、私の要望にしっかり応えてくださりました」

母はぽつぽつと話し始めた。父と出会い、この村に来てから、外の世界にもう戻らない、この村から出ないことを誓ったこと。いつ父が帰って来なくなるか分からないにもかかわらず結婚したこと。僕が生まれた時、父は我が身のように喜んだこと。この話の数々の裏には父を責めないで、と思う母の気持ちがあるのだろう。

「あの、母さん。僕は何を言われても、父さんのことを、いや、ナイトメアのことを許す気に今はなれない。……話してくれてありがとう」

適当なところで話を区切り、僕は自分の部屋に向かい直した。少し頭痛がし始めていた。


 自分の部屋にぽつんと置いてあるベッドに横になり、天井を見つめる。いつできたか分からない茶色のシミがあった。液体をこぼしたような形をしている。小さい頃から見続けてきた天井は、いつのまにか汚くなっていた。


 そのシミが頭の中でどんどん変化していく。ぐちゃぐちゃになって出来たのは今まで殺してきた人の顔。

「うわあ!」

僕は飛び起きた。どうやら横になり考えている間に寝ていたようだ。天井のシミは元の変な形のままだ。

「……夢か」

父と話をしたときに明るかった外は暗くなっていた。星が綺麗に見える。時間を見ると十時を過ぎたところだった。……少し海でも見に行こうかな。夜の海は綺麗だし。


♦︎♦︎♦︎


 海の水は澄んでいた。その水面みなもには夜空が映し出されていた。子供の時から見てきた海と変わらない。いつもだったら綺麗だと思うだけだ。しかし今は違う。僕はこの海にたくさんの人を落としてきた。流してきた。僕のやってきた行為は……。突然頭が痛くなってきた。砂浜にしゃがみこみ、頭を抱える。頭痛は消えるどころかどんどん強くなっていく。

「どうしたの、キール?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る