第3話

 誕生日から一年が過ぎ、エラー、本名キールは今までに二十人を殺していた。時には刺して、時には殴って、時には切りつけて。その仕事の正確さが認められ、エラーは村の中でも優秀な殺し屋の一人として認められた。


 そんなある日、キールは父の襟元を掴みながら尋ねた。

「父さん、外の世界では、殺しは罪なのか?」

今まで殺しの教育しか受けてこなかったキールは、殺しが犯罪ということを知らなかったのだ。この疑問を感じたのはこの前の日に起きた出来事だった。


 キールは殺しの依頼を受け、エラーの名で人を殺しに行っていた。決行日、その国では前が見えなくなるくらいの大雨が降っていた。石畳の地面は雨に濡れ、滑りやすくなっていた。僕は依頼者が頼んだ通り、口の奥をピックで刺し、酒を注いでやった。最近はこの手の依頼が多い。おそらく、「カイボウ」というものをしなければ自殺に見せることができるからだろう。僕は「カイボウ」の意味についてよくわかってはいなかったが、人の体を調べることだと父は教えてくれた。作業を終え、僕は屋根の上に登り逃げようとした。最近は屋根の上を歩いて帰るのにハマっていた。星や月が綺麗に見えるし、人々を上から観察するのは面白かったからだ。僕はいつものようにロープのかかりそうなところを探し、引っかけた。助走をつけてロープを持ち一気に登る。その時、足元が滑り、ドンという大きな音を立て、僕は背中から落ちた。落ちた時は何が起きたかよくわからなかったが、少しして「誰かが倒れてるぞ」と声が聞こえ、咄嗟に逃げなければと思った。横を見ると、さっき自分が殺した人が倒れている。ここにいてはまずい。「ウー」という不快音は聞こえなかったが、僕の頭が危険と言ったのだ。背中の痛みを抱えつつ、僕はロープを回収し、走って逃げた。泊まっている宿に戻ってきた頃には空が明るくなり始めていた。フロントに延泊を告げ、部屋に入り、村に「背中を痛めた。ゆっくり帰る」と連絡を入れた。村からは「了解。ゆっくりでいいから見つからずに帰ってこい」と返ってきた。その連絡を見て僕は安心し、宿のテレビをつけた。天気予報をやっていた。この大雨はあと二、三日続くらしい。いつ村に帰ろうか……。そんなことを考えていた。

 どのくらい時間が経ったかはわからない。ただ、ひとつ言えるのはカーテンから漏れる日がとても眩しかった。寝ていたのだろう。僕は体を起こし、つけっぱなしにしていたテレビを見た。まず初めに目に入ってきたのは昨日殺した奴の顔だった。昨日殺した奴……。ニュースになってる。生前何かやっていたのだろうか? 僕はぼんやりとそんなことを考えた。しかし次にキャスターが言ったことは衝撃的な内容だった。

「警察は他殺と見て、殺したハンニンを追っています――」

警察? ハンニン? 追っている……? どういうことだろうか? 僕は今、警察に追われているのか……? どうして僕が追われなきゃいけないんだ。僕は殺しという「仕事」をこなしただけだ――。そこまで考えて僕は固まってしまった。僕のやっていることはもしかしたら外の世界では罪なのか……? 村に罪を犯すと刑に問われるというものはある。人を騙したり、物を盗んだり。今までそれで捕まったものはいないが。村では人を殺すこともないから罪になるなんて思わなかった。自分が正しいと思ってやっていたことが実は悪いことだったのか……? 僕はいても経ってもいられなくなって、延泊を取り消し、急いで村に帰ってきた。


 そして今の状況にいたる。父は僕の手首を掴み、下ろすよう促した。しかし僕は下さなかった。ここで下ろしたら父から真相が聞けなくなる、と思ったからだった。父は僕にたくさんのことを教えてくれた。しかしそれは、世でいう正しいことではなくて間違ったことだった。今回も濁らされて終わるのではないか。僕はさらに力を込めた。

「キール、教えてあげるから。まず手を離しなさい」

父は言った。その目は真剣そのものだった。僕は力を緩めた。しかし手は離さず、襟を掴んだままでいた。母が僕たちを見て心配そうな顔をしている。

「リース、心配するな。今から私の書斎に行き、キールに事実を伝えてくる。リースはその間、書斎に誰も入らないようにしてくれ」

「わ、わかりました」

「キール、行こう」

僕はここで手を下ろした。父が歩き始める。……事実がわかる。少し怖いような。でも知りたいような。僕は父に後を追った。

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