第2話

 目を覚ました時、いつもと空気が違うなと思った。違う理由はわかっている。今日は僕の誕生日だ。そして今日、僕は初めて「仕事」をしに行く。……ついに人を殺す――。僕の右手は恐怖にわなないていた。


 リビングに向かうと父と母が笑顔で僕を出迎えてくれた。

「お誕生日おめでとう、キール」

「やっと十八歳になったか。おめでとう」

食卓には三人じゃ食べきれない量のご飯。全て僕の好物だ。それに嬉しいと思いつつ、僕は殺しという自分の任務に怖さを感じていた。


 食べている途中、父は僕に言った。

「お前のコードネームは「エラー」だ。昨日の夜、村会議で決まった」

コードネームというのは殺し屋をするときの名前だ。ちなみに父のコードネームは「ナイトメア」だ。

「エラー……。英語で誤りや間違いという意味ですか……? どうしてそのようなコードに?」

「どうして……。村会議の場でも特に意味は考えられていなかったな……。そうか、英語では不吉な方の意味だったな。今からでも言って変えてもらうか?」

「いえ、エラーを起こさぬようがんばります」

僕が言った後、父は笑顔になり、僕の頭をぽんぽんと叩いた。

「その意気で頑張ってくれ」

「……はい!」


 食事の味は正直言ってわからなかった。全て僕の好きなものなのに、味が一切しなかった。朝食を取り終わり、父から最後の確認をされた。

「必ず夜に決行すること。「ウー」というお前にも聞かせたあの不快な音が鳴り始めたらすぐにその場を離れること。殺すのは――」

「一発で。わかってるよ父さん。しっかりやってくる」

僕は父の言葉を遮り言った。殺すのは一発で――。子供の頃から父に言われ続けた。一発で殺せない殺し屋は殺し屋ではない、と。

僕の右手はまだ少しだけ震えていた。それを止めるように僕は思いっきり握りしめた。手のひらに爪が食い込んでいるがその痛みを感じないくらいに。


 僕が受けた初めての依頼は中年だと考えられる男をナイフで滅多刺しにするというものだった。名前は知らない。依頼時のルールで顔と住んでいる場所のみ教えられる。僕は目に生を感じられない男の顔を思い浮かべながら村を出た。


♦︎♦︎♦︎


 目的の男を見つけたのは昼過ぎだった。写真と同じ、生を感じない目をしていた。僕は男の行動を三日かけて調べ上げた。朝はとても遅く、夜は深夜三時過ぎまで酒を飲む、生活の乱れた男だった。必ず昼ちょっと前に家を出て、近くのバーで深夜まで過ごす。僕は泥酔しているところを路地裏に誘い込み、正面から何発も刺そうと考えた。今回の依頼者は「ナイフで滅多刺し」してもらうことを希望したからだ。依頼者が望んだ殺人方法で殺さなければいけない。それがルールであり、仕事だ。ついに明日、殺す。この時には恐怖は感じていなかった。ただ僕は初めて人を殺せることにワクワクしていた。


 次の日、僕は男の身体にナイフを入れた。鈍色で死んだ魚のような目をしている男を。正面から何回も刺して。任務、自分の教えられたことを実行することだけを思っていた。刺し始めて六回が経った頃、きゃあ! と突然どこかで声がした。僕は咄嗟にバレた、と思った。近くの家の屋根の上に突起があるのを見て、腰につけていたロープで輪を作り突起に引っ掛けた。そのまま壁を蹴り屋根に手をかけて腕の力を利用してよじ登る。その時、遠くからウーという音が聞こえてきた。不快音……これを聞いた時は逃げる。僕は男の方を見ずに音と反対の方へ走った。


 二日後。父は僕を激励した。初仕事だったがよくやりこなした! さすが我が息子! と。この村の殺し屋のランキングでベスト三に入る父に褒められるのは嬉しかった。しかし、自分のやっていることは本当に正しかったのか。僕の中でぐるぐると渦巻いていた。

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