第18話

 企業の争いの最中さなか、突如として現れたリトル・クゥによるテロ行為によって安住の地であるコロニー全体が傷つき、民衆は不安と恐怖に包まれた。

 争いによる避難という名の強制移住によって住処を失い、さらには保護された区部ですら無差別攻撃というテロ行為によってコロニー全体は混乱状態に陥る。

 企業間の戦争から始まったこの混乱によってコロニーという人類最後の住処に民衆は自分たちを管理している企業に疑問を持ち始めていた。

 だが企業は民衆の不信感などということに関心などなかった。

 創造と破壊は紙一重……。破壊された土壌から生み出されるのは新たな経済の芽だからだ。

 コロニーは生活圏を拡大する一方で、古い区部は時代に取り残される形になる。

 そういった時代に取り残された区部に新しい風を送り込むなどという行為は外部に絶対的な敵が存在している人類にそんな時間と余裕はなかった。

 これは企業同士の密約によって作られた戦争。

 結果的に見ればそれは功を奏し、戦争によって新たな技術革新が生まれ、また破壊された区部は再建設という形で経済を回す歯車となる。

 ただし企業にとって、一つだけ予想外であったのはテロリストの存在だったであろう。

 彼らがもたらした混沌は想像以上であり、大規模な修正が必要であった。

 さらにテロリスト、リトル・クゥが各企業が独占していたロスト・アーカイブを強奪されることによって、他企業に回収されるという致命的な事も起きた。

 両者が保有していたロスト・アーカイブは均衡状態であったが、それも偏りつつある。


『浄化による秩序を』


 テロリストが掲げ続けたスローガン。

 皮肉にもこの混乱の真髄だけ見れば両者の思惑はさほど変わらない。

 浄化という混沌の先には平和という秩序が果たしてあるのだろうか……。





 ――某通信記録。

「……さて、皆は揃っているかね」

「ここに」

「いますとも」


 お決まりのセリフと共に三人が言葉を交わす。


「テロリストの排除には無事成功させてくれたようだな」

「ええ、コロニーのライフラインを担っている私のほうは狙われることが多かったです。ですが、そちらの対応が早くて助かりました」

「いえいえ、これからも任せてください」

「……テロリストの問題は片付いた。今回は他のことについてだ」


 言葉に苛立ちを隠せてない老人が話の流れを区切り始める。


「奴等が奪っていたロスト・アーカイブのことだ。君たち協力してくれて迅速な対応をしてくれたのは感謝している。だがこちらで保有していたロスト・アーカイブを返さないというのはどういうわけだ?」

「返さない……というと?」

「とぼけるなよ若造が。調べはついているんだ」


 空気がひりつく中、男性は落ち着いた様子で言葉を返す。


「何を言っているかわかりませんが、こちらはこちらの分だけ回収しています。少なくとも持ち主が存在するロスト・アーカイブには手を出していません」

「ではなぜこちらの失ったロスト・アーカイブの回収率が低いんだ?それについて説明をしてもらおうか」

「そもそもあのテロリストは無差別攻撃を行っています。さらにはコロニーに悪影響を及ぼす兵器まで使って……。こちらとしても前時代の貴重な遺産を破壊するわけにはいかないのですが状況が状況……という可能性はあります」

「つまりは貴様らの過失……ということだな?」

「そういうことになるかもしれません」

「ならば責任を取ってもらおうか。ロスト・アーカイブはこの星で生き残るための人類の遺産。それを考慮せず破壊に近い紛失など誰が納得できるものか」

「たしかにロスト・アーカイブの紛失は人類にとって痛手です。ですがそれと同じようにこのコロニーも大事です。現時代のコロニーは前時代に比べても人類が復興、繁栄するまでの期間は過去を見ても明らかに早いです。もはやこのコロニー自体がロスト・アーカイブに等しい価値になっていると言ってもよいでしょう。それをテロリスト如きに壊されるぐらいなら、多少の損害も致し方ないのではありませんか?」


 責任を逃れようとする男に老人が食い下がる。


「詭弁だな。その価値は先の者が決めるのだ。今回の件は、やはり貴様には責任を取ってもらうしかあるまい」

「本当にそのおつもりで?」

「無論そうだろう。管理者も納得するはずだ」

「呆れましたね……。どうやら立場を理解していないようだ」

「なんだと……?」

「我々が偽りの争いの場を作った場所……。果たしてどちらの方が損害が大きかったか。そして今回のテロリストの件もそうです。被害の差を見て民衆がどちらに支持すると思いですか?」

「……っ」

「まぁやるなら勝手にしてください。また民衆を欺いて偽りの楽園を作っても構いません。しかし力の天秤が傾いているということをお忘れなく」

「お二方、もうそのへんでよいでしょう」


 嫌な話の流れをこの会話に参加している一人の女性が区切る。


「管理者はこれ以上の争いを望んでおりません。また先の戦争でコロニー内の治安が悪化しています。今の私たちに必要なのはコロニー全体の安寧化です」

「それは管理者がいつも通りコントロールすればよいだろう。それとも我々が関与すべきことなのか?」

「争いの種を作ったのは主にお二方です。責任の押し付け合いをするのであれば、この件をお願いします」

「なるほど……。管理者の言葉なら仕方ありませんね。ロスト・アーカイブの件の続きがあればその後で……ということでよいですかな?」

「……異論はない」

「お二方も納得されたようですね。私はコロニーの平穏を願っています。そのことをお忘れなく」






――某所、窓のない空間。

「先生、今回の戦闘データです」

「ふむ……」

「やはり、エティータですか……」

「そうだな。この反応を確認したか?」

「はい。クレイアエネルギーと思われる流動体が体内に侵入後、突如として人体に多大な負荷をかけています。外部的損傷以外でのこの負荷は……」

「戦闘データを見ても、やはりこの表示が現れたからだな。我々が用意したナノマシンが無ければ彼はすでに死んでいただろう」

「生体データではバイタルが一瞬ですが一度停止しています。これは……?」

「全く分からない……。そもそもこの状態になった理由もさっぱりだ」

「戦闘データを見ると状況的にかなり切迫したようです」

「極限状態化によってシステムが起動したとでもいうのか?」

「今はそう見るのが自然でしょう」

「ふむ……それはそれならば……実に素晴らしい」

「先生……?」

「考えてみたまえ。死ぬ一歩手前まで追い詰めればエティータのブラックボックスだった部分のシステムを解放、そして扱えるという事だ。幸運にも彼は我々の技術の結晶体でもある。やる価値はあると思わないかね?」

「同感です」

「そうだろう。今の彼の体はナノマシンが入っているとはいえ非常に不安定だ。だが逆にこれを利用すべきだな。限界ギリギリのとこを攻めてこそ真理が見える。これこそ科学者の真骨頂だと私は思う」

「こちらも残りのブラックボックスの解析を急がせます」

「うむ。そのために苦労して手に入れたロスト・アーカイブだ。それらを存分に利用したまえ」

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