第5話
水平線まで広がる曇天を通して淡い光が大地に射し込まれる中、自分とその後ろに付いてくるロウはハウリング・ドッグの背中を追っていた。
自分これから彼と一対一の勝負をすることになっている。
負けたら面子とオペレーター、さらに自分の尊厳と存在意味。
その全てが終わるこの勝負は絶対に負けられない。
「ついたぜ。ここで戦おう」
辿り着いたその場所は、黒い塵が舞い散る大地でありTAの身を隠せるほどの遮蔽物というものが一切なく見えるのは広がる荒野だけであった。
「ここなら上の目も遠くて届かねぇしやり合うなら十分広い。何より邪魔がねぇ。自分の実力を存分に出せるってことだ」
「――――」
「お、威勢がいいじゃねぇか。じゃあルールを決めるぜ。俺らの目的は戦い合うだけで殺し合いじゃない。TAの損傷率が先に七割に到達させた方が勝ちという内容だ。七割という帰りも困らない程度だぜ?優しいだろ?」
「で、俺は立会人ってことだな?」
「そうだぜ。一応俺とこいつのTAの損傷率データは共有するが公平を期すためにお前にも見てもらう。データをイジるとかいうイカサマすんなよ?」
「男同士の戦いだ。そんなことしねぇよ」
「どうだかな?ま、俺はリスクを負っているんだ。勝った時の"報酬"も高くしてもらわねぇとな。ロウ、アンタが開始を告げてくれ」
――起動しな。
お互いのデータを受信しあうとハウリングドッグが声を掛ける。
その一言でお互いのTAを通常モードから戦闘モードへと移行し始める。
その様子を見て、ロウが巻き込まれないように遠くへと移動を開始した。
――戦闘モード起動。システム【エティータ】による戦術支援を行います。
コックピット内の画面にエティータの起動が知らされる。
蒼い機体にエンジンが掛かるように内部のジェネレータ出力が上がり、戦闘体勢を取り始めた。
「いいか。今回の相手は初の
ある程度遠くへと移動したロウが弾倉の入っていないグレネードランチャーを
ブルー・スワローとハウリング・ドッグ。
お互いの戦闘態勢は整った。
機体同士の稼働音が開始の合図を待つように重く鳴り響く。
自分の指を突っ込んでいるハンドル内にほんの少しだけ湿り気を感じ始める。
――ドン。
やがてロウの空撃ちが薄暗い大地に鳴り響くのを合図にお互いの機体が動き始めた。
開始の合図と同時にお互いの機体がふわりと空中に舞い上がっていく。
空中で羽が舞うような軽い挙動をしたと思うと背中のブースターが火を噴き始める。
――ギュォォン!!
この瞬間、両機共に左右に離れるように急加速を行い、距離と取り始める。
急加速をして急停止、背後を取るためにそこから急旋回を行い、また急加速をする。
身を持ってかれそうな急激な緩急をつけた動きは両機は円を描くように回り始める。
「その見た目で異常なまでに加速が速ぇな……。こいつ"ヤって"るのか?」
ハウリング・ドッグは対面の蒼いTAに少しの違和感を覚えながら様子を伺う。
相手はどう思っているかはわからないが互いの様子身はこれで終わった。
先手必勝。罠を仕掛けられない限り何事も先に手を打った方が良い。
ハウリング・ドッグは両手に装備されたエネルギーマシンガンを構え、連射する。
――ドガガガガ!!
ブルー・スワローよりもやや上空を取っていたところからの連射。
上から降ってくる銃弾が自分の横に撃ち込まれていき、這うように回避を行う。
数秒後に背後に追い付かれると瞬時に脳内が判断され、それに伴いブースターを思い切り吹かす。
――キュオォン。
背中から甲高い音が鳴り響き、ブルー・スワローはハウリング・ドッグの真下を通るように急加速させる。
「ハウリング・ドッグは脚部が重装甲になっている中近距離が得意な機体だ。ある程度の攻撃は足の装甲で盾にしながらエネルギーマシンガンで相手のクレイアシールドを瞬時に破壊してから詰めるのが奴の戦法だ」
撃ち放ってくる相手の真下を通って背後を取ろうとするブルー・スワローに対しすかさずハウリング・ドッグは機体を反転させ、もう一度エネルギーマシンガンを追うようにして連射し始める。
ハウリング・ドッグは縦に弧を描きながら撃ち続けるのに対して、ブルー・スワローは不規則な感覚で直覚的なジグザグした動きで回避する。
「だがその重装甲のせいで空中戦はあまり得意ではない。奴もそれは熟知している。いずれ地に足を付けてくるだろう。とはいえ、奴のペースに乗る必要もない。一気に畳みかけろ」
エネルギーマシンガンを回避しながらブルー・スワローは機体をハウリング・ドッグの方へ急旋回させ、飛び上がる。
逆にハウリング・ドッグは撃ち続けながら地上に降りる形になり、今度はブルー・スワローが上空を取ることになった。
地上にいるハウリング・ドッグに両手に持ったライフルガンで狙いを定め、撃ち始めた。
――ドン!ドン!ドン!ドン!
一定のリズムで銃撃音を鳴らしながらライフルガンが火を吹く。
その状況でハウリング・ドッグは
「変な感覚だがやはりデータ通りだ。てめぇは中距離型のTAってことがよ!」
片膝に装備された重装甲が胴体にライフルガンの弾が当たらないように盾になって防いでいく。
片膝に着弾するライフルガンの弾が重い音を鳴り響かせていた。
「まずいぜ坊や……。その動きは相手のペースだ」
ハウリング・ドッグは地上で片膝を付きながら
それに対してブルー・スワローはライフルガンの適正距離よりも少し遠目で
エネルギーマシンガンの適正射程は中近距離であり、それ以外だと弾の威力減衰が大きく、特にエネルギー弾を扱う武器はそれが特に顕著である。
ただし、エネルギー弾の利点の一つとしてクレイアシールドに対して有効という点があげられる。
これはクレイアシールドは物理的な衝撃に対してそれを拡散させ、機体の直接的なダメージを緩和するというのに対して、エネルギー弾はその拡散効果を助長させる効果を持つ。
つまり、見た感じは効果的にブルー・スワローのほうが多く弾を当てているように見えるが、多少の距離減衰だろうと連射性能による弾幕によってハウリング・ドッグのほうが内容的には効果的にブルー・スワロー側のクレイアシールドを多く消耗させている。
「オラオラどーしたよ?このままやってもジリ貧だぜ?この弾幕の中、距離を詰めて俺と火力勝負するしかねぇだろうが!」
事実ブルー・スワローの装甲の表面を纏っているクレイアシールド値が段々と減り始めていく。
これが無くなれば表面の装甲を護るものはなくなり、実質的に"裸"の状態になってしまう。
ジェネレータから発せられるエネルギーはクレイアエネルギーを利用しているため、短時間に戦闘状況から外れることができればクレイアシールドを回復させることはできる。
だが今は一対一の勝負であり、遮蔽物もないこの地ではそのような回復できる状況はまずないだろう。
このまま長く続けていれば負けてしまうのは目に見えていた。
「このままじゃどうなるかわかるだろう?お前のやり方で構わん。私にお前の可能性を見せてみろ」
セレナの一言で自分は目をほんの少しだけ閉じ、そしてゆっくりと目を開けるとハウリング・ドッグをモニター越しで睨み、そして意を決す。
ジリ貧ということもあり、自分はブルー・スワローのブースターを思い切り吹かし、急加速させ、それと同時にエティータから送られるデータを脳内に入れていく。
大量のエネルギー弾の弾幕の中、自分の両目の中に飛び込む情報とエティータから送られる情報を脳内でゆっくりと処理し思考し始める。
急加速により脳の処理が追い付かず景色が徐々に横に伸びる感覚を味わいながら大量に飛び交うエネルギー弾を多少被弾しつつも急加速を繰り返し、ジグザグに動きながらハウリング・ドッグにライフルガンを撃ちながら向かっていく。
「こいつ……この状況でもあんな動きをするとかヤベェ奴だな……。だが予定通りだ。てめぇは罠に掛かりやがったぜ!!」
ハウリング・ドッグの狙い。
それは自身の機体に格納された武器にあった。
小火器重型武器。通称マグナムガン。
装弾数が普通の武器よりも少ないという点に目を瞑れば、マグナムガンはサブウェポンとして最大級の単発火力を誇る。
通常、表に出している武器、通称メインウェポンの弾切れを想定して肩や脚部に格納できるほどの大きさの武器を持っておくのがTA戦でのセオリーだ。
継続戦闘を想定したTA戦では継続的な火力は劣るがクレイアシールドという存在がある中、シールドを消耗させてから詰めるという点に関して高い単発火力という部分では決定的である。
格納武器は基本的にハンドガン、ブレード、ショットガンなど格納しても場所を取らず、かつ高い単発火力、そしてそれなりに装弾数も多いものが好まれる。
だがハウリング・ドッグは違った。
エネルギーマシンガンでクレイアシールド削った後に装弾数を犠牲に威力が他よりも高いマグナムガンで相手を堕とす。
効率的かつ効果的なこの戦法は明らかに
「中距離型は機動力を確保するために装甲が薄い……。多少シールドが削れなくてもマグナムガンの適正距離でごり押せば余裕だぜ」
向かってくる相手はエネルギー弾の弾幕を多少被弾しても掻い潜りながらこちらへ向かってくる。
相手もごり押しなのか、だがそれにしては想定よりも被弾が少なすぎるという不気味さを感じるが、それでもハウリング・ドッグの必勝パターンに嵌っていることは確かであった。
「もう少しだぜ……」
ライフルガンの弾を片膝で貰いながら、格納されたマグナムガンを取り出す機会を伺う。
やがて後三回か四回の加速でこちらにくるという瞬間、その時が来た。
「バァカがよぉ!!そのままくたばれ!!」
両手に持ったエネルギーマシンガンを大地に放り投げると、脚部に格納してあった二つのマグナムを取り出し、両手に素早く装備する。
この間ブルー・スワローは一回目の急加速による接近。お互いが正面にいる状態であった。
「終わりだ!!」
――ドォン!
小さな口径から重い光と音が鳴り響く。
可能な限り避けてはいたが無理な接近はエネルギー弾による被弾によってブルー・スワローのクレイアシールドの消耗は無視できないものになっており、マグナムガンの弾一発で剥がれ、かつ撃ち込まれるほどであった。
ハウリング・ドッグは止めを刺すために敢えて相手の急所であるコックピットの部分を狙う。
正直ハウリング・ドッグにとって模擬戦なんてものはただの遊びであり、本命はセレナのオペレーターがついたこいつが気に入らないだけだった。
故に一度しか出撃をしてない奴のデータを買い、性能や動きを調べ今に至る。
こちらもセレナによるTAの性能情報は伝わっているだろうがそれでも有利ではあった。
"一度だけの出撃データ"を参考にしたのを除けば。
マグナムガンは発射されるほんの少し前、自分は後三回か四回で懐に飛び込むという状態でブルー・スワローを加速をしようとする。
その瞬間、自分の網膜に警告が表示される。
警告の表示と共にゆっくりと描写されていくそれは相手が格納した武器を取り出しているものであった。
モニターに表示されるその武器の内容からしてシールドを消耗した今のブルー・スワローにとっては一発でも致命的なのが解る。
だが、恐れることはなかった。
自分はブルー・スワローを迷うことなく、さらに加速させる。
その加速に合わせるように相手はマグナムガンでこちらを狙い、そして撃ち込んでいく。
二発撃ちこまれたマグナムガンの弾の弾道からして自分がいるところを狙っているのが解る。
急加速により景色がぼやけ、コックピット内のモニターの表示も何がどうなのか認識できなくなる。
だが自分は機体から脳に常に送られてきた情報で、機体を右側に無理やり急旋回させる。
通常あり得ない状況での急旋回によって機体と身体が悲鳴を上げ、さらに避けきれなかった為に左手に持っていたライフルガンがマグナムガンの弾に被弾し、大破した。
「は……はぁ!!?」
普通ならほぼ完ぺきのタイミングで撃ったその弾は相手を貫き、加速によってコントロールできなくなった機体が自分の後ろへと放り投げられるように飛んでいくはずであった。
だが実際はそれを避け、さらに被弾しなかったほうのライフルガンを大地に放り投げた。
避けた蒼いTAは右手から脚部に格納された高出力ブレードを素早く取り出し装備する。
後一回か二回の加速で奴がこちらの懐へと接近してくる。
ある程度のクレイアシールドは残っているがそれでも高出力ブレードを何発も耐えることは出来ない。
接近をこれ以上許されないハウリング・ドッグにとってここが正念場であった。
「チャンスは一回……。それで十分……!!」
すかさずマグナムガンをブルー・スワローに照準を合わせようとする。
ハウリング・ドッグはただの高出力ブレードを持って接近と思っていたが、実際に目に映ったのは違っていた。
その高出力ブレードを取り出した自分は一気にブレードにエネルギーを集中させていく。
――ミカヅキブレード。
その名の通り、緩い弧を形をしたその高出力ブレードの最大の特徴は他のブレード類の追随を許さないほどの圧倒的な超高威力である。
弧の外側の部分に大量のクレイアエネルギーを蓄積させ、それを維持。
莫大なエネルギーを蓄えたそれは一振りでそれを全て放出し、その威力は万全なクレイアシールド値だろうが全てを薙ぎ払い、そしてそのまま装甲を貫き、爆散させることができる。
ただし莫大なクレイアエネルギーとそれを維持するエネルギーの両方が必要になり、全力で解放すればせいぜい一回が使用限度である。
あまりの使いづらさから浪漫溢れる一撃必殺のこの武器を使用するものはあまり存在していない。
「ミカヅキ!?てめぇ図りやがったな!!」
ハウリング・ドッグがブルー・スワローのミカヅキブレードの使用によって戦闘中の違和感にやっと気づいた。
戦闘データを参照する限り、ブル・スワローの機体の重量的にどう見ても中量の中距離型であったということだ。
事実、戦法も中距離からの適正のあるライフルガンの牽制というのは間違っていない。
だが蓋を開けてみると中量と思えない無茶苦茶な急加速による急接近、そしてイロモノと言われているミカヅギブレード。
ライフルガンはブラフと言っても違和感がないぐらいブルー・スワローは中距離型ではなく近距離型の機体であったのだ。
だがその違和感にこの瞬間気づきを得たハウリング・ドッグは幸運であった。
なぜならこの気づきでギリギリのとこで負けを回避することができたからだ。
引き金を引くまであと一瞬。チャンスの一回はこのこと。そう思っていた。
ミカヅキブレードの放出エネルギーを八割まで溜めきると自分はブルー・スワローの加速を最大限にする。
瞬間的な爆発的速度によって目に映る景色が完全に横に伸びきる。
味わうことのない不気味で幻想的なその光景から機体に送り込まれる情報を脳内で処理し、操作する。
網膜が焼かれるような感覚を味わいながら思い切りミカヅキブレードを横に振る。
――ギャィン!!
クレイアエネルギーの薄青い光が横一閃に広がると同時に機体が徐々に速度を落とし、脚が地に付き始める。
大地を抉りながら停止すると、自分の肺が空気を求めるように口から思い切り吸い込む。
「――」
脳に酸素が取り込まれるときに感じるボヤけた感覚を味わうと目に映る景色がまともになり始めた。
後方を確認すると、そこには爆散せずに地上に脚部が佇み、腰から上の胴体が地上に放り投げられるように堕ちていた。
「勝負は坊やの勝ちだな」
ロウがこちらに近寄りながら通信で話しかけてくる。
「しかしあの動きはおどろいたぜ。いや、さすがというべきだな」
「私の教えたやり方だ。当たり前だろう。最も相手も相手だったが……ともかく、お前の可能性を見せてもらった。よくやった」
二人からの賛辞を貰っていると真っ二つに分かれたハウリング・ドッグから通信が入る。
「おいてめぇ!死ぬとこだったじゃねーか!損傷率七割っていっただろうが!」
「あー、たしかにこれはオーバーキルってやつになるな。やりすぎかもしれん」
「ロウ、解ってるじゃねーか。だからこの機体の修理代、払ってくれるよな?」
「何言ってんだお前。これは模擬戦だろ?俺たちは非戦闘武器で戦ってお前は操作ミスって壊れただけ。違うか?ん?」
「……ッ!!」
ロウの一言にハウリング・ドッグは何も言い返せなくなり、辺りは静かになる。
ロウはロウで先ほどのひと悶着で言い返せたことによって少し機嫌がよくなったようだ。
「まぁこれで解っただろう。お前と組んでもこうなるのが見えているのさ。犬は犬らしく主人に尻尾振っていればいい」
「お前……。あんなバケモン生みやがって……!!」
「……もう一度解らされたいのか?」
セレナの一言にハウリング・ドッグは完全に沈黙を決めて混んでしまう。
やがて用は済んだ二つの機体はコロニーへと向かうためにブーストを吹かす。
「肩貸すぜ坊や。戦闘でクタクタだったろう。ご苦労だぜ」
「お、おい待て、俺も運んでくれよ!」
「お前はお前のほうで呼べばいいだろうが。じゃあな」
ロウはそう言うと自分の機体を持ち運ぶようにその場を後にする。
薄暗い大地で威嚇する犬のデカ―ルが張られたTAが二つに解れてた状態でその場に沈黙していた。
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