第3話

 ――スカベンジャーが接触者コンタクターに襲撃される少し前……。



「なぁセレナ、最近俺らの地域の支給品の質が低下してないか?」

「何を言い出すかと思えばまさか飯の話なのか?ロウ」


 大型輸送機に吊られた薄桜色の機体が揺られながら目標ポイントへと向かっていく。

 搭乗者セレナ・リオネイルは目標ポイントに向かう間、その地点まで運んでくれる相方のロウとの他愛のない会話を続けていた。


「いやなセレナ。俺らはさ、自由という言葉に惹かれ合った為にこうして仲良く続けてきたじゃないか。住んでいるコロニーもまだ開拓途中とはいえ、恐らく前時代に建設されたものを考えても一番まともだ」

「何が言いたいんだ」

「今まで好き勝手やってきた俺らも年貢の納め時ってやつじゃねーのかって話だよ。どこかに所属していい感じの生活をするんだよ。この世界が終わるまでそういう安定した生活を送るのも悪くはねーんじゃねぇか?」

「ロウ……。お前も歳を取ったな。老化の影響で自由な空気よりも束縛された安心を求め始めたか?」

「まぁそう言うなって。今の俺らはコロニーの端で働くフリーのTA乗りだ。このまま未所属のままだったら貰える報酬も足元を見られてショボイしよ。今後のためと思ってさ。一応オファーは来てんだわ。セレナにとっても悪くはねぇと思うぜ?そこにいけばいい飯も食えるはずだ」

「首輪に繋がるの嫌がってたお前がまさかそんな話ををするときが来るとはな……」

「……っと、そろそろ投下ポイントだ。これ以上の接近はこの輸送機じゃ危険すぎる。無事戻ってきたら良い返事を期待してるぜ?」


 ――グッドラックだぜ。

 ロウの言葉と共に大型輸送機からTA名【ローズ・リッパー】が投下される。

 セレナは背中のブースターで落下速度を一定に維持しながらゆっくりと降下し着地する。

 投下された大地は吹かれた風により外の景色は黒い塵塗れになっていく。

 セレナはロウから送られてきたデータをモニターに映されるマップにインストールし、目標ポイントを表示させる。

 距離は少し遠いが少し吹かせば時間は掛からない。

 セレナはこの依頼を早く終わらせるべくブーストを少しだけ強く吹かしながら目標ポイントまで移動することにした。

 しばらく機体を走らせていると、ロウからの通信がセレナの耳に入る。


「一応確認するが提供されたデータは合っているのか?」

「実際降りてみて周囲を確認したが、誰もこないはずの場所にWFと思われるものが移動した形跡を見つけた。情報は嘘ではなさそうだ」

「じゃあ当たりってことか?情報が正しくて何よりだぜ」

「そういうことだな。全く……釣られたアホ共を泳がして漁夫の利を得るのは小賢しい企業のやりそうなことだ」

「へへ、違ぇねぇ」


 ――ビィィッ!ビィィッ!

 ロウとの軽い談笑をしていると、モニターから警告音が大きく鳴り響く。

 セレナはその音を聞いて警告表示を確認する。


「どうした!?」

「レーダーから目標ポイントに接触者コンタクターの出現を検知した。タイプは……α型か」

「かあ~めんどくせぇことになったな」

「お前はめんどくさくないだろうが……。まぁいい。目標ポイント到達後、状況次第ではと目標物を確認後、速やかに離脱する」


 セレナはブースターを強く吹かして一気に加速させる。

 セレナが操るローズ・リッパーは黒い塵をかき分けるように高速で目標ポイントへと向かった。

 やがて銀色の雨が降っているような光景を遠目で確認し、奴らがいるということを認識する。


「この距離では餌共はまだ確認できないな。少し踏み込む必要があるか……」

 ――戦闘モード起動。

 

 通常モードから戦闘モードに切り替ると、手にもつ武器にエネルギーが注入されていく。

 ローズ・リッパーは両手に装備された二つの大型のエネルギーライフルガンを構え、遠くから目標ポイントに向けて何発か撃ち始める。


 ギャォン!ギャォン!


 甲高い音を鳴らしながら数発撃ちこまれたエネルギー弾は接触者コンタクターが一つに固まった場所を貫き燃え上がる。

 被弾した接触者コンタクターの銀色の飛沫と共にWFの破片が周囲に飛び散っていく。


「やはりスカベンジャーの機体か。大方、発掘してるときのエネルギーの使い過ぎで奴らに感づかれたみたいだな」


 攻撃によってこちら側に接触者コンタクターが感づき、そらから降り注いでゆく。

 ローズ・リッパーは接近する接触者コンタクターを確認後、両肩の部分に装備されたフレア弾を発射し、四散させる。

 フレア弾にはクレイアエネルギーを使用しており、接触者コンタクターはそのフレア弾に釣られてローズリッパーの進行ルートを開けるように空中に飛び散っていく。


「今のところα型しか見えてないが、こいつらだけだったらすぐに撤退できるな……。さっさと目標を確認するか」


 セレナは接触者コンタクターがフレア弾に気を取られている間に素早く目的ポイントまで向かう。

 途中、接触者コンタクターによって潰されたWFを見つけると、躊躇いもなくエネルギーライフルガンで接触者コンタクターに汚染されたWFごと撃ち抜き、止めを刺していく。

 やがて中央に発掘された土塗れの金属の箱を見つけた。


「あれは……?スカベンジャー共が発掘したロスト・アーカイブということでいいのか?」


 その金属の箱の外側には接触者コンタクターが多数こべり付いており、中に浸食しようとしてるようだった。

 ロスト・アーカイブの損失は人類にとって大きなマイナスであり避けなければならない。

 セレナはエネルギーライフルガンの威力を少し抑え、こべり付いた接触者コンタクターを削ぎ落すように撃ち抜いていく。


 ギャォン!ギャォン!


 幸いにも金属の箱は威力を押さえれば内側まで影響を受けることはなさそうだ。

 何発かエネルギーライフルガンを撃ち込み、外側の接触者コンタクターを引き剥がすのを終えると、金属の箱の内側から何か衝撃音が聞こえ始める。


「この音……なんだ一体?」


 セレナはその音を聞き、すぐさま距離を取って警戒し始める。

 やがてその箱の天井部分から箱から生まれるような形でTAが突き破って現れ始めた。

 セレナは出てきたTAをモニターで確認し、データを参照し始める。


「該当データ無し……アンノウンだと?」


 データにも表示されない金属の箱から出てきたそのTAは装甲も武器もなく、まるで裸のような状態であった。

 セレナはすぐさま通信をオープン回線にし、出てきたTAに問いかける。


「聞こえるか?こちら傭兵であるローズ・リッパーだ。貴様の所属とTA名を答えろ」


 エネルギーライフルガンで所属不明機に向けながら問い、警戒をする。

 モニターには目の前のTAに対して敵と認識されたのか赤い警告表示が示し続けていた。

 相手がこちらに敵対していればそれなりの対処はするつもりだったが、情報がないこの場では相手の出方を待つしかなかった。

 だがどれだけ待っても目の前の所属不明機の答えはひたすら沈黙を続けており、膠着状態になってしまう。

 セレナの目にはローズ・リッパーは敵と認識しているが所属不明機はこちら側に対して敵意がなさそうに見える。

 奇妙で矛盾しているこの不気味な感覚にセレナは冷や汗をかき始める。


「聞こえないのか?敵意が無ければ今すぐ貴様の所属とTA名を答えろ。答えなければ自衛としてこの場で貴様を攻撃するぞ」


 警告を発したが所属不明機はセレナの言葉を無視するかのように周囲を見渡していた。

 接触者コンタクターが降り続けるこの場を見て、何が起こっているのかを観察しているかのように。


「反応なし……。このロスト・アーカイブ……もしかして自立型のTAなのか?」

 

 記録媒体として一般的に認知されているロスト・アーカイブに対して目の前にいる"それ"はセレナの想像を上回る存在であった。

 だが滅んでしまった前時代だからこそ、想像を超える失った技術があってもおかしくない。

 奇妙で不気味なそれは何をするかわからない。未知の存在にセレナは常に警戒するしかなかった。

 周囲に四散させたフレア弾の効果がまだ効いているとはいえ周囲は接触者コンタクターがまだ大量にいる状況であり、目の前にいるのが前時代の遺産――ロスト・アーカイブであるのは分かっている。

 だが仮に敵だとする場合、この所属不明機との戦闘は避けられない。

 ローズ・リッパーの画面には所属不明機が未だに敵と認識しており、警戒を解くことはできない。

 接触者コンタクターと所属不明機の挟み撃ちになるという最悪の状況になる前にセレナは一つの選択をする。

 警告を無視した所属不明機を敵と認識し駆動系に損傷を与え、その場で放置し退却。依頼主には状況を説明することにして後日、回収に向かうというプランだ。

 依頼主が納得しなければそれまでだが、命に代えられるものではない。

 猶予がなくなりつつあるこの状況を打開するためにローズ・リッパーが両手に持つエネルギーライフルガンを所属不明機の脚部にある駆動系に狙いを定め、引き金を引いた。


 ギャォン!


 エネルギー弾は実弾と違い弾速が落ちることはなく、また着弾も他よりも速いのが特徴だ。

 中距離から放たれるエネルギー弾は重量型のTAだと回避は困難であり、機動力による対策がなければ対エネルギー専用装甲を組み込んだり強引にクレイアエネルギーで耐えるのがセオリーとなっている。

 状況が状況なために所属不明機に対する発砲は止む無しであった。

 しかしこの所属不明機はセレナの予想外の行動にでた。


 ブォン!


 セレナが脚部に放ったエネルギー弾を所属不明機は着弾ギリギリのとこで跳躍し回避したのだ。


「なっ!?」


 ブースターの装備なしの跳躍による回避に驚いたセレナであったがすかさず数発エネルギー弾をそらに飛び浮いた所属不明機に先ほどと同じ箇所を狙い、撃ち込んでいく。


 ギャォン!ギャォン!


 だがそれも機体を傾けさせ、悉く回避される。

 恐ろしいことに所属不明機はその後に金属の箱の上にバランスを崩さず着地したということだ。

 重りになる装甲がない裸の状態とはいえ、エネルギー武器による攻撃を狭い箱の上でほとんどバランスを崩さず回避など通常では不可能に近いことをこの所属不明機はやってのけたのだ。


「なんだこの違和感……。こいつ何かおかしいぞ!?」


 異常な状況にセレナは一瞬気を取られてしまう。空中に放ったフレア弾の効果が切れたのか、そこに漂っていた接触者コンタクターがこちらに気づき、襲い降り注いでくる。


「チィ!」


 セレナはすぐさま狙いを降り注ぐ接触者コンタクターに変え、機体を向けて引き金を引く。

 それと同時に両肩に装備したフレア弾を発射していく。


 ギャォン!ギャォン!


 フレア弾である程度拡散させたが、こちら側にくる漏れた接触者コンタクターをブースターで所属不明機との距離をバック走行で離しながらエネルギーライフルガンで撃ち貫いていく。

 襲来してくる接触者コンタクターをいなしながらセレナはロウに素早く通信を繋ぐ。


「ロウ!聞こえるか!?」

「こっちから見てもかなりヤバい状況に見えるがどうしたんだ!?」

「実際かなりヤバいぞ……。今から離脱ポイントまで撤退するから援護してくれ!」

「お前の焦り方から本当にヤバいんだな……。一応聞くが、ブツは確認できたのか?」

「そんなもんは後だろ馬鹿たれが!!」


 バック走行をしながら撃ち抜いていくとコックピット内に警告音が鳴り響く。

 何事かとレーダーを見ると機体の左側方面から青いマーカーが急激に近づいてくるのを確認した。

 その方向をカメラ越しから見ると数匹の接触者コンタクターが襲い掛かってきていたのだ。


「しまった!」


 回避は間に合わず機体の脇腹を抉られるように食らってしまう。

 衝撃で機体のバランスは崩れ、滑り倒れてしまう。


「くう!」


 補助ブースターを利用しなんとか衝撃を和らげたが横からの奇襲による当たり所が悪かったのかコックピット内が歪み、そのせいでセレナの身体の一部がコックピット内に埋もれてしまう。

 さらに追い打ちを掛けるように接触者コンタクターが機体に張り付いてるという警告音がコックピット内に鳴り響く。

 セレナは急いで確認すると機体に張り付いている接触者コンタクターは左腰と脚部からクレイアシールドを吸収していた。


「さすがにそれはまずい……!」


 右手に持っていたエネルギーライフルガンを捨て、格納されていた小型の低出力ブレードを装備し、左腰付近に張り付いた接触者コンタクターを切り離そうとしたが、身体に響く鈍痛とエネルギー吸収によって機体の制御がうまくできず、満足に動かすことができない。


「くそ……!」


 やがて装甲を纏っていたクレイアシールドも四散しはじめ、接触者コンタクターは内部のジェネレータに干渉しようと潜り込もうとする。

 いよいよヤバくなってきたと思ったその時、倒れたローズ・リッパーの近くに何かが着地する音が聞こえた。

 朦朧とした意識でそれを確認すると、それは先ほどの所属不明機であり、倒れているこちらを見下ろしていた。


「なんなんだお前は……。敵意がないなら早く逃げろ……!」


 オープン回線で逃げることを伝えたが所属不明機はセレナの言葉とは反対のことをし始める。

 右手に持った低出力ブレードをローズ・リッパーから奪い取り、左腰に浸食している接触者コンタクターに向かって思い切り突き刺していったのだ。


 ギャリリリ!!


 削れるような音と衝撃で左腰と脚部の浸食された部分を抉り取っていく。

 やがて抉り取った部分を捨てられたエネルギーライフルガン拾い、接触者コンタクターを撃ち貫いていった。

 撃ち抜かれた接触者コンタクターは昇華されるようにそらに上っていく。

 所属不明機はローズ・リッパーを見て接触者コンタクターの攻撃による影響で機体を満足に動かすことは出来なくなっているのを確認し、手に持った低出力ブレードとエネルギーライフルガンで未だにそらに漂っている接触者コンタクターを迎撃しようと試みる。


「この状況でやるというのか……?ならばできる限り援護する」


 セレナもその様子を察し、まだ機能するレーダーで周囲を確認する。

 青く表示されている数はおよそ二十体。

 ローズ・リッパーが使用していた二つのエネルギーライフルガンの弾薬はその数に対して無駄弾を打たなければ十分に持つ計算だ。


 「α型は約二十体だ。こちらの肩に装備したフレア弾でかく乱する。その間に殲滅してくれ」 


 所属不明機はそのことを聞いたのか地上からそらに向かってエネルギーライフルガンで撃ち込んでいく。

 セレナも両肩に残ったフレア弾で接触者コンタクターをかく乱しつつ取り逃した方や、接近する接触者コンタクターを通信で知らせ、支援した。


「α型は直線的な軌道だ。落ち着いて撃ち抜いていけ」


 所属不明機はその言葉を聞きながら正確な照準で丁寧に接触者コンタクターを撃ち抜いていった。

 撃ち漏らし、こちら接近する接触者コンタクターも何体かいたが、それらを低出力ブレードで切り刻んでいく。

 戦闘開始から数十分。やがてこの場に出現した接触者コンタクターを全て排除することに成功した。


「……い。……おいセレナ!聞こえるか!?返事をしろ!」


 ロウがセレナに大きな声で通信を送ってくる。

 どうやらフレア弾の影響で通信が不安定だったようだ。

 ロウとの通信を開くために傾いた機体の中でスイッチにセレナは腕を伸ばす。

 緊張と疲労により腕が重かったがセレナなんとかロウに通信を繋げることが出来た。


「聞こえるぞロウ……。こっちはなんとかなったぞ」

「まじかよ……。こっちからレーダーで確認していたがあいつらの数が少なくなっていくのを見てたが信じられなかったぜ」

「ああ、こいつのおかげでもあるな……。今は動けないがこっちの安全は確保されている。それよりもロウ……さっきの一言だが、私よりもブツのほうを心配しただろ?」

「いやそりゃまぁ……セレナを全身全霊で信用してるからこそのアレってやつよ。な?」

「全く……なるべく早く回収頼むぞ」


 セレナは自身を見下ろしている所属不明機を見つめていた。

 その機体は倒された接触者コンタクターそらに向かって昇華する風景を背にして立ち止まっている。

 不気味で得体のしれない機体故にこちら側は敵意を向けたが、結局こいつはセレナに敵意を向けず、窮地から救ったのだ。

 しかし、あの挙動から感じた不気味な感覚がセレナの脳裏に焼き付く。これも前時代の遺産だからこそなのか。

 エネルギーを使い果たした機体の中でセレナはロウに疲れた声で語り掛ける。


「……ロウ。そういえばオファーの件だが、それはどこの企業だ?」

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