第6話 龍門館道場
三重県伊賀上野市と滋賀県甲賀市信楽町の県境。
かなりの山奥だが、広大な敷地。
敷地のあちらこちらにお堂が点在する。
さながら、大寺院のようだ。
館長たる戸澤白雲斉の居室は、本堂と呼ばれている。
広大な敷地には、信楽焼きのたぬきは1体も置いていない。
信楽焼きのたぬきの置物と言えば、現在でこそ信楽焼きの代名詞のように言われているが、歴史は案外浅く、昭和26年の昭和天皇行幸に際し、陛下の歓迎のために当時の信楽焼き名物であった装飾火鉢でアーチを作り、アーチの飾りにたぬきの焼き物を飾ったところ、天皇陛下がたいへん喜んでくださったことから、今でも続いているという。
昭和26年と言えば、第二次世界大戦の戦後である。
高々70年の歴史しかない。
一方で、龍門館道場の歴史は400年以上。
初代館長として、戦国時代の忍者百地三大夫により創立されて、初代霧隠才蔵・初代猿飛佐助・初代戸澤白雲斉・初代服部半蔵等々。
日本忍者のそうそうたる面々が卒業生に名を連ねる。
ちなみに、百地三大夫は、世界最初のスパイとして、アメリカの世界スパイ博物館でも紹介されている。
世界的に有名な忍者である。
そんな学校にいきなり、近代的にたぬきを飾っても違和感が出るだけであろう。
数百人の教職員と数百人の生徒学生。
約千人が楽に生活できるだけの施設が揃っている。
購買の代わりとして、ホームセンターが入っている。
コンビニエンスストアー。
レストラン・フードコート。
さながら、ショッピングモールのようなことになっている。
慎之介や雅は、まだまだ幼児であるので、片親が付き添う。
慎之介については、白雲斉夫妻もいる。
父・服部半蔵ですらしょっちゅう訪問できる、非常勤教師。
雅の父・望月孝遠・第9代猿飛佐助も、非常勤教師である。
服部半蔵の息子、慎之介は、すでに第19代服部半蔵及び第7代霧隠才蔵の襲名が決まったほどの逸材。
慎之介と雅。
白雲斉夫妻も半蔵夫妻と佐助夫妻も、すべてに認められた許嫁とくれば。
山中の龍門館でも、楽しい生活が待っているに違いない。
しかし、龍門館はあくまでも忍術陰陽道の道場である。
忍術だけならば普通の人間でもある程度の習得が見込める。
陰陽道は陰陽師になるための修行が行われる。
一般的な陰陽師ならば、単なる占い師であるが、中には超能力と呼ばれるほどの能力が必要になることもある。
それは、たとえば怨霊魑魅魍魎といった類いの者共との闘いを必要とする陰陽師。
どうやら、慎之介はこれにあたるらしい。
慎之介には、そのような過酷な闘いが待っている。
したがって、修行もそれに伴う過酷なものにならざるを得ない。
慎之介が、京都の街にいないことを悟って大喜びした者がいる。
怨霊俊寛僧都である。
生前からあっけらかんとした性格だったので、陥れられた。
いわゆる無防備な性格。
陰謀渦巻く当時の宮中においては、無防備だと、いいように陥れられて終わる。
俊寛僧都の場合は、もろに、このパターンであった。
慎之介の気配が京都の街から消えたことで浮かれてしまった。
当然かもしれない。
慎之介がいないことにより、結界が幾つか崩れている。
怨霊にとっては過ごしやすくなったのである。
しかし俊寛、この時慎之介がまだ3歳の幼児であることを忘れていた。
修行を重ねて成長すると、どれほど強大な敵になるかなど考えていなかった。
慎之介も、俊寛僧都のことは、忘れたわけではないのだが、俊寛僧都は元々が高僧。
下手な大暴れはしないという読みがあった。
俊寛僧都、怨霊になってなお、朝夕の御勤めを欠かさない。
変なところで真面目な性格が表れてしまっていた。
おかげで喜んだのは、力の弱い怨霊と魑魅魍魎の類い。
中でも、俊寛のいる鹿ヶ谷からほど近い南禅寺水路閣に巣くう魑魅魍魎共。
完全に悪ふざけを始めた。
ある日、魑魅魍魎共が多数集まって大宴会。
南禅寺の修行僧達が静めようと祈祷を重ねたが、まったく効果がない。
1人の修行僧が、思い余って。
『無想大師様、何卒この騒ぎをお静め下さい。』
臨済宗は、禅宗なので、本尊は釈迦如来だが、修行僧では持侍の無想大師にしかお願いできないと思った。
魑魅魍魎共だけでなく、他の修行僧達までが、無想大師では無理と思った。
その時、天空から光の矢が多数飛んできて、あっという間に魑魅魍魎多数が消えた。
無想大師に祈った修行僧には、霧隠慎之介に頼んだという声が聞こえた。
この修行僧、名を妙心坊という。
『妙心よ。
我が名は無想。
そなたの願い、霧隠慎之介殿に依頼してつかわす。』
『無想大師様。
ありがとうございます。
霧隠慎之介殿とおっしゃいますと忍者ですか。』
『左様。
忍者ではあるが陰陽師である。
安部晴明の術を引き継いでおられる。
実は、まだ3歳の幼児なのだ。
しかし、すでに怨霊俊寛僧都と念交信を交わしておられる。
先程の光の矢を見て、侮れはしまい。』
妙心坊、無想大師の冗談だと思った。
『大師様、ご冗談を。
いくらなんでも3歳の幼子がそんな。』
『妙心、慎之介殿に念を語りかけてみよ。』
『霧隠慎之介殿・・・
私。南禅寺修行僧妙心と申します。
私の念は、届いていますか。』 妙心坊、実はまだ半信半疑。
『妙心坊様・・・
先程、無想大師様からお聞きしておりました。
龍門館で修行しております。
霧隠慎之介でございます。
戸澤白雲斉を祖父に、父は服部半蔵、御先祖に安部晴明という陰陽師の修行中でございます。』
妙心、冗談ではないと思った。
生まれながらのエリート忍者エリート陰陽師であろう。
たしかに、光の矢を天空から降らせ魑魅魍魎を退治するなどという業はよほどの超能力者であることは間違いがない。
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