第5話 極道者

 車を走らせて三十分ほど。何度か分かれ道を曲がったのだが、警備員や信者らしき追跡はないのでオレは安心していた。

 夜中なので後ろから差し込むライトの光を頼りに総判断していたわけだ。


「どうやら逃げ切れたようだな。そろそろ暇つぶしを兼ねて、世間話でもしようじゃないか恭介。キミはどうやら賢い。何故あの研究所に閉じ込められていたのか知っていたんじゃないか?」

「うん」


 恭介は肯定の意味で首を縦に振る。


「事故にあってお父さんが死ぬ寸前に言ったんだ。僕の体は特別だって。そのときお父さんはこの場所に逃げろって言ってメモを渡してくれたんだけれど、僕が乗り込んだタクシーが罠でそのまま捕まっていたんだ」

「それは災難だったな」


 マドカが調べた資料によれば、表向きこの病田一家は交通事故にあって一家全員が事故死したことになっている。

 恭介の話と統合すると、この事故そのものが大塚精気による襲撃であり、彼を捕まえた大塚精気の連中は親の敵ということだ。


「辛くはなかったか? あいや……辛かったよな」

「ううん。死んでいたから平気だよ」

「何を言っているんだ。キミは生きているじゃないか」

「それはカイトお兄ちゃんが僕を生き返らせてくれただけだよ。さっきお兄ちゃんが来るまでの僕は本当に死んでいたんだ。お父さんもお母さんも死んで、僕は訳のわからない実験の日々。腕には注射の跡が痣になるほどいっぱいで、起きる時間も寝る時間も制限されれていた。お菓子も食べられないし、本も読めなければおもちゃもゲームも何もない。ご飯すらぜんぶ点滴とゼリーだからちっとも美味しくないしお腹も空いて仕方がない。こんな地獄みたいな場所では死ななきゃやっていられなかったんだよ」


 死んでいたとはそういう事か。

 オレは恭介の比喩を理解するとともに、想像通りに外道な大塚精気の態度に憤った。

 そのとき偶然、対向車線を一台の車が通り過ぎていく。

 人通りの少ない場所なので夜中に珍しいなとミラー越しに目で追っていると、オレの後ろに誰かがいることに気がついた。

 暗視ゴーグルと思わしき怪しげなゴーグルで顔を隠した男が運転する無灯火の自動車。

 黒塗りのセダンであからさまにヤクザのと言わんばかりの風貌。偶然後ろを走っているだけなら気にはしないが、相手は怪しい格好でしかも無灯火だ。

 これは十中八九オレたちをつけていたとしか思えない。


「これから少し荒っぽい運転をするぜ。危ないから口を閉じてじっとしてくれ」


 察しがいい恭介はオレの雰囲気が変化したのを感じ取ってか言われる前に口を結んでいた。

 それをチラリと確認したオレはアクセルをベタ踏みして、法定速度を大幅にオーバーする速度にまで車を加速させる。

 一度気づけば薄っすらと見ることができる例の車はオレの後ろをピッタリと追走しており怪しい車なのは間違いない。


「車が止まったらシートベルトを外しておけ。いつでも動けるように」


 オレは恭介に呼びかけてからアクセルを離しつつサイドブレーキを引き、すかかずハンドルを右に切った。

 いわゆるサイドターン。

 けっこう速度を出した状態だったので後で車のメンテナンスをしたほうが良さそうだが今はそれよりも追跡者への対応が先だ。

 ターンした車は慣性で反対車線をバックしながら滑っていき、オレを追尾していた黒塗りの車は突然の方向転換に対応しきれず通過してからの急ブレーキ。

 黒塗りが横を通り過ぎたところでブレーキを踏んで車を停車させると、向こうも車が停止したのか窓から顔を出して振り向いていた。


「そのまま眠っていろ!」


 オレはその顔を狙って死なない程度の威力で引き金を絞った。

 バキンと硬い音がしたのはゴツいゴーグルに当たったからか。

 予想通りにゴーグルが暗視用のモノならば、街灯のない夜道なので相手の目を潰せたのならオレのアドバンテージだ。

 ゴーグル越しとはいえ当たり具合が良かったのか、男はもんどりかえるように車のドアから転がり出て地面に伏せる。

 オレは念の為、トドメの一撃としてもう一発をこの男に撃ち込もうとした。


「く……カカカカカカ!」

「な!」


 しかし銃弾は外れてしまう。それどころか十メートル以上は離れていた男の不気味な声が聞こえたかと思えば、地面を這うような低姿勢で男はオレの目と鼻の先にまで移動していた。

 何が起こったのか。マドカのように何らかの術を使用したにしても予備動作がまったく感じられなかったぞ。


「ヒャア!」


 そして謎の力で移動してきた男が上体を起こすとその手には鍔のついた一振りの刀。このまま逆手で振り上げられたらオレの胸を切り裂くだろう。


「オラぁ!」


 そこでオレは咄嗟に左手で男の右腕を押して刀を振れないように妨害した。

 斬撃こそうまく防げたがそれでも今のが体当たりとしてオレの左手を痺れさせて、そのうえ三メートルも吹き飛ばしたのだから冷や汗ものだ。

 あのまま腕を振るわれていたら怪我どころか胸が左右に切り離されていたであろう。

 一旦距離を置いたのもあってかそのまま立ち上がった男のゴーグルがガチャリと音を立てて地面に落ちる。

 どうやらオレの銃撃で壊れてしまったようだ。隠れていた男の素顔を見たオレは彼が誰なのか気がつく。


「アンタ……山田一郎か?」


 依頼を受けたときよりも明らかに若いのだが、あのときは変装のメイクをしていたらしいのでこれが素顔なのだろう。


「アタシが誰かわかっているということは、目的もわかっているんでしょう? 大人しく子供を差し出せばその首を切らずにおきましょう」

「嫌だね。お前さんは首は切らないが殺すのは別って素面で言いそうな顔をしているからな」

「わかりますかね」

「ああ。これでもオレは探偵だからな」


 互いに含むような笑いを浮かべながらのにらみ合いだ。

 精気を目に集めて振り絞ることで夜目をきかせて観察すると、一郎は背広姿には似合わない腹巻きをしている。あれがもしや先程見せた奇妙な動きの種であろうか。


「オレはフリーの探偵、壬生開人。お前さんもヤクザなんだから、名乗りの重要さは理解しているよな?」

「それはもちろん。アタシも改めて手前様に名乗らせていただきましょう。アタシは六本木に居を構える極道者、白子組の山田一郎と申しやす。吐いたツバは飲まんでくださいよ」


 礼儀が終わったところでオレは先手必勝とばかりに銃を向けての即時発泡。

 一郎もそれを予測していたようで、再び伏せて腹這いになった彼はまた素早く奇妙な動きで近づいてきた。

 やはり腹巻きに仕掛けがあるに相違ない。それに彼の刀には立派な鍔がつけてあったが、ヤクザの定番である白鞘を用いないあたり、あの鍔もおそらく厄介な骨董品だ。

 精気が実用化されたことで判明した歴史的事実として、昔の道具の中にも精気を用いて作動するモノが存在したという話がある。

 忍者の使う忍具や侍の武装にその手の道具が多い。あの腹巻きや鍔もその類だとすれば、この奇妙な動きも理屈はわからないが納得である。

 こんなことならば最初の時点で有無を言わずに殺しにかかったほうが良かったのだが、オレは殺し屋ではないのでそんなことは出来なかった。

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