第4話 狂信者
恭介の境遇を考えれば見知らぬ人間が助けに来たと言っても信用しないかもしれない。
それは彼の困り顔にも浮かんでいるのだろうとオレは思ったわけだが、その説明をするよりも早く事態は動く。
つくづく古の術を操るマドカのサポートは役に立つ。
オレも人並み外れた感覚から狼に例えられたりもするのだが、彼女はそれよりも早く敵に気がついた。
「ボクが囮になるからカイトはその子を連れて先に行ってくれ」
小声でそれを伝えてきたマドカの声を聞いたオレは頷くまでもなく恭介に駆け寄って彼を抱きかかえた。
見た目通りに華奢な恭介は羽根のように軽くて、これなら先程の全力射撃で精気を消耗していたオレでも問題はない。
「話は後だ。このまま抱えてやるから大人しくしていろよ」
傍目には人攫いそのままなので少し心苦しい一面もあるのだが、恭介は察しがいいのか「うん」と答えて小さく頷いた。
物わかりが良くて素直な彼の顔はちょっと微笑んでいるように見えて愛らしさすら覚えた。
だが気がついて即座にオレに逃げろとマドカが言ったということは、少なくとも精気を消耗したオレでは太刀打ちするのが困難な相手が来ているようだ。
オレが恭介を両手に抱えながら扉の方を向くと、そこには全身タイツの女たちが並んでいた。
どうやらマドカとは異なる何らかの術で姿を隠し、オレたちを待ち伏せしていたようだ。
「ご苦労さま。早速ですが恭介くんを渡して頂こうかしら」
女たちの先頭にいた眼鏡の人物がオレたちに語りかけてきた。
「どちら様ですかね?」
「メリー谷間田の代理人と言えばわかるでしょう。アナタはその子を我々に渡してメリーさんから報酬をもらう。ワタシたちはその子をメリーさんに届ける。それだけの話ですわ」
「その依頼ならとっくにキャンセルしているぜ」
「ですがアナタはこうして彼を助けに来た。ならば肉親であるメリーさんに送り届けるのが筋と言うものですわよ」
「肉親? どこがだ」
オレは左腕で恭介を支えながら右手の銃を女に向けた。
「メリー谷間田の名前を出したってことは、お前さんらが29歳教の人間だってことはとっくにバレているんだぜ」
「まあ……狼というだけあって鼻が効くこと」
両手を広げてやれやれのジェスチャーをしたのはオレの指摘を認めたということだろう。
「まあ恭介くんさえ渡していただければ関係ありませんがね。お金がほしいのならばイロをつけてもよろしいですわよ」
「開き直ったか。だがいくら金を積んでもコイツは渡さねえぜ。大塚精気も外道だがそれはお前さんたちも同じだろう? この子に何をするつもりだよ」
「丁重にもてなして大事に育てるだけですわ」
「信用ならねえ言葉だ。メリー某もそうだったが、お前さんたちは胡散臭さと化粧臭さで鼻が曲がるんだよ!」
この啖呵を切る寸前、オレはマドカと目を合わせる。
このオレと会話している眼鏡の女は溢れ出す精気がギラギラしていて、手持ちのカード次第では今の疲弊したオレでは負けかねない。
加えて女の後ろには数え切れないほどの信者たち。
こんな場所に連れてくる以上は最低限の戦闘訓練は積んでいるだろうと考えれば、雑兵とはいえラッキーヒットに気をつけたい人数だ。
マドカとの目配せは事前に交わしていた「マドカが囮になってオレが恭介を連れて逃げる」作戦を決行に移す合図。
あの手この手を操る術師としてのマドカの本領発揮だ。
「強がると後悔することになりますわよ……って、なんですって!?」
今回マドカが使用した術は式神と幻覚を組み合わせたダミーだった。
急に恭介を抱えたオレがゾロゾロと増えたのを見て、ありえない光景に女は驚いたようだ。
その虚を突くマドカの起こした突風が部屋の鉄扉の後ろに控えていた信者たちを転ばせる。
この隙をついたオレは部屋を脱出し、中には信者たちに囲まれたマドカとオレそっくりの式神たちが残った。
「今出ていった奴が本物よ。みんな急いで!」
後ろにいた信者たちに指示を出した女は自分も追いかけようとしたのだが出遅れていた。
部屋の扉はマドカが呼び出した別の式神によって塞がれていて、中から戸を押しても開かない。
最初から外にいた信者はオレを追いかけてくるわけだが、人数が分散していて何よりあの女と分断された時点でオレには怖くない。
追いついてくるモノがいたら各個撃破するだけで切り抜けるのは容易いだろう。
心配があるとすれば足止めしているマドカの方だが……オレたちが逃げ切るまで足止めできない可能性があろうとも、アイツが返り討ちにあって死ぬことはないだろう。
それくらいオレは幼馴染のことを高く評価していた。
「ワタシを閉じ込めて壬生狼を逃したからっていい気になるんじゃないわよ。カレの事務所にアナタの生首でも送りつけてあげようじゃない」
「やれるものならやってみなよ。だけどまずは自己紹介と行こうか。この手の人間同士で命の取り合いする前には互いに名乗るのはマナーだよ」
「それもそうね」
「ボクは池袋の裏自治会長、壬生圓」
「ワタシは29歳教特化戦闘部隊、シンズ一の呪術師、ガーベラ・シン、真野火喜久子」
お互いに名乗り終えていざ戦いというところでマドカは喜久子の肩書に興味を示した。
「へぇ……呪術師なんだ」
「そういうアナタもお仲間かしら。さっきの突風やダミー人形は道具じゃなくて呪術の類でしょう?」
「確かにボクは呪術の知識もあるが仲間扱いは止めてくれよ。真野火なんて能力者の家系は聞いたことがない。自称呪術師を名乗ることにはなんの嫌悪感も抱かないけれど、キミのような我流のモグリと一緒にされたらボクの先祖に申し訳が立たない」
「何が先祖よ! 我流の何が悪いのさ!」
「我流でそこまでやれるって部分はむしろ褒めているつもりなんだけれどなぁ」
古代から魔術や呪術を継承してきた術師の末裔であるマドカと、呪術師と名乗ってこそいるが我流仕込みの喜久子。
我流ながら疲弊したオレでは負けかねないと判断するほどに練られた精気をマドカとしては称賛したつもりらしいのだが、どうも喜久子からしたらバカにされたように感じたらしい。
これまでオレたちを追尾するのに使用していた気配遮断の術を解除して、浮いたリソースを肉体強化に回した喜久子はムキムキの姿となる。
霊長類最強と呼ばれる女子レスリングの世界チャンピオンの倍くらいはあろうかという筋肉はとても女のモノとは思えない。
こんな体で渾身の体当たりでもされようモノなら、華奢なマドカの体は五体がバラバラになってしまいそうだ。
「ぶっ殺して差し上げますわよ。ついでにアナタの脳味噌はワタシの呪術を強化するために軽く塩ゆでして食べてしまいましょうか」
「それはオススメできないなあ。術者としてのボクの頭脳が欲しいのならば、スパコンで解析してデジタルデータにしたあとに、知りたい術をキミの脳みそにコンピュータで焼き付けたほうが確実だ」
「ではその通りにしてあげましょう!」
肉体強化にさらに別の呪術を上乗せした喜久子はマドカに向かって突進する。
このとき喜久子は気づいているべきだった。自分と一緒に分断されて部屋の中にいるはずの信者たちが、自分たちの戦いに対して一切干渉してこない事に。
さて厄介な敵をマドカに任せて先に進むオレの方は少し困ったことになっていた。
「そこのヤツ、止まれ!」
「待ちなさい!」
それはマドカが戦いに集中した結果、行きで使用していた摩利支天隠形印の術が無いため警備員に見つかってしまっていること。
しかも大した強さではないとはいえ、追ってくる信者たちもいかんせん数が多い。
足跡を残さずに警備員や信者を気絶させるための加減した低威力とはいえ、このままサイコガンを使い続けたらオレの精気も無くなりそうだ。
かれこれ百発はもう撃ったであろうか。これ以上は精気切れでへばって足がもつれそうなのだが、思いのほかオレの足取りは何故か軽い。
「もう少しだ」
そして研究所の建物を出たオレは最後とばかりに強めの射撃で正門をぶち抜いた。
あとは少し離れた位置に停めた車に乗り込んで走り出すだけ。
「ちゃんとシートベルトはつけろよ」
恭介を助手席に乗せたオレはアクセルを踏み切って車を出す。
ついでにカーナビに搭載されたショートカットボタンを押して、連動しているオレのケータイからマドカに電話をかけた。
出てくれないが電話があったことに気づけば脱出完了としてアイツも撤退するだろう。
このまま事務所に帰るのも危ないので、しばらくマドカの家が持っている隠れ家に身を潜めようか。
「無理矢理連れ出して悪かったか?」
車が走り出したところでオレは恭介にたずねた。
「ううん」
それに対して恭介は首を振る。なんてことのない仕草なのだが妙に可愛く見えるのは何故だろう。
「お兄さんは僕と同じみたいだから」
恭介の言葉の意味がわからないオレは小首を傾げてしまった。
「ところで……お兄さんのお名前を教えてほしいな」
「おっとそうだったな。オレは壬生開人っていうんだ。安全が確保できるまではキミとも一緒に暮らす予定だからヨロシクな」
「お兄さんは僕のことを知ってて連れ出したみたいだけど、僕も一応。僕の名前は病田恭介。よろしくね、カイトお兄ちゃん」
「おう、恭介」
同じの意味はよくわからないが、満面の笑みを振りまきながら懐いてくる恭介にオレはほだされていた。どうも少し気が緩んでいたようで、オレたちの車に後ろからついてくるもう一台にオレは気が付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます