第3話 邂逅

 夜の十時。

 オレとマドカは郊外にある恭介少年が囚われている研究所の裏手に車を停めていた。

 このあたりは道が広いが夜中の人通りも少なく、セダンの路駐はそれなりに目立つようだ。

 夜勤で警備しているアルバイトのお兄さん方も不審に思ってか、ライトをチラチラとこちらに向けていた。


「さて……お前が一緒なんだから摩利支天で行くか?」

「ボクとしてはカイトにドカンと一発やってほしかったんだけどなあ」

「あれはめっちゃ疲れるから温存したいし、なによりさっきからこっちを見ている安月給のお兄ちゃんたちまで巻き込むのは可愛そうだろうが」

「むー」

「ぶりっ子しても無駄だぞ。年齢を考えろ」

「ボクだってまだ二十七だぞ」

「知っているがハタチを過ぎたら普通はやらないんだぞそう言うのは」

「仕方がないな。今回はカイトに従ってやろう」


 オレはマドカにツッコミを入れて彼女の提案を却下し、彼女の持つ術を使って忍び込むことを提案した。

 摩利支天とは古くは密教に伝わっていた摩利支天隠形印のこと。これを使うと肉眼で見えなくなるのはもちろんのこと、精気を追跡するセンサーさえ妨害できる優れた術だ。

 マドカは大昔にはとっくに廃れたとされる古代魔術の継承者でハイテクを超える様々な術をローテクで操る特殊な家系のお嬢様である。

 今回は彼女もお冠なので気兼ねなく協力してくれるが、普段からこれらの術でオレの仕事を手伝ってくれればもっと楽なのにとは言いたくても言いにくい。

 従兄妹で幼馴染とはいえ、それ故の家庭の事情と言うやつだ。

 さてマドカの術で難なく忍び込めたオレたちは、マドカが予め反魂術で死体から引き出した情報を頼りに目的地へとたどり着いた。

 まるで牢獄のような分厚い金属の扉に塞がれたシェルターの中に恭介少年が居るという。

 扉の鍵は登録した人間の精気に反応して開くサイコ錠式。そして扉に使用されている金属は精気で衝撃を分散させる精気相転移処理が施されていた。

 精気とはこの時代に活用されている一種の精神エネルギーのことなのだが、ざっくり言えばここの研究員でも選ばれた少数にしか開けられないということだ。

 開かずの扉を前にオレたちは立ち尽くす。


「情報通りの頑丈さだが、お前が情報を抜き取ったヤツの精気は使えないのか?」

「ダメだな。とっくに使った後だが無反応だ。そう言うカイトもこじ開けられないのか?」

「こっちもダメだな」


 ひとまずオレたちは正面からこの扉を破ろうとしたのだがどれも効果がない。

 マドカが事前に用意していた死んだ研究者の精気は既に登録を解除されていたし、並外れたオレの精気を鍵穴に注ぎ込んで誤作動させる飽和作戦も通用しない。

 ついでにダメ元で鍵開けの古い呪いも試してみたのだが、最新式のサイコ錠には古すぎて意味がなかった。

 こうなったら破壊するしか手がないのだが、あれは滅茶苦茶疲れるのでできればやりたくない。

 いくらオレの精気が人並み外れているとはいえ回復速度は人並みだからな。

 要するにガス欠したらちょっとやそっとじゃ回復しないので、極力節約するに越したことはないわけだ。


「ボクの手持ちの術がどれも効果がないとはな。最新式のサイコ錠はこれだから困る」

「仕方がない。こうなったらアレをやるしかないか」

「嫌そうだが安心しろ。今日はボクがついているんだからな」

「それは言えているぜ。一人でやったら最悪自爆しかねないからな」

「ではさっさとこの扉をふっ飛ばすんだ、カイト。さあ早く!」

「急かすなっての」


 オレは渋々上着の内側に隠していた拳銃を取り出して銃口を向ける。

 そして目の前の扉をぶち抜くために意識を集中し拳銃に精気を集めた。

 通常、精気を弾丸とするハンドガン型サイコガンの破壊力は良くて45口径の拳銃弾程度。

 一方の精気相転移処理が施された金属扉は厚みが50ミリ程度もあれば徹甲榴弾や対戦車ライフルを用いても破壊は困難な強度になる。

 常識的に考えれば拳銃ではこの扉を破壊できない。


「そろそろカウントするぞ。ジュウ…キュウ…ハチ…ナナ…」


 だが黒き魔槍の引き金をオレが弾くとなれば話は異なってくる。

 黒き魔槍は威力を際限なく高めることができるのだが、それ故に精気の消耗が激しく玄人向けとされる銃だ。

 下手くそがその手に持とうものなら、七分で充分なところで十分の精気を使ってしまい、ちょっとの威力向上の引き換えとして五、六発も撃てばヘトヘトになってしまうだろう。

 しかしオレにはアリランのような安物のサイコガンなら百発撃っても平気どころか銃のほうがガタつくほど膨大な精気がある。

 この精気をパンパンに溜め込んで放たれる一発に貫くことができぬモノはない。

 流石にここまで充填すると時間がかかるし、これを撃ったらオレもかなり疲れるのだが。


「イチ…ゼロ。お待ちかねのフルパワーを見せてやるぜ、マドカ」


 テンカウントは精気が限界まで溜め込まれたのを確認する意味合いの強いオレにとっては大事な儀式。

 これが終わったということは、あとは引き金を絞ってしまえば張り詰めた精気は黒き魔槍から放たれる。

 オレは撃つ前にマドカに目配せをしてから引き金を弾いた。

 限界までチャージされた精気が漆黒のエネルギー波となって銃口からほとばしっていき、それは精気相転移を打ち消しながら扉を撃ち抜いた。

 サイコ錠が壊れたことで意味をなさなくなった扉はオレたちを招くようにひとりでに開き、中に入ったオレたちの前には自体を飲み込めていないのか困惑する少年が一人。

 あの子が例の恭介なのだろう。病院に入院するときに着るものに似た衣服を纏う少年は傷一つなく、近々生体部品として処分しようとしていたとは思えないほどにきれいに整っていた。

 年の頃はプロフィールの通り十歳くらいだろうか。

 薄明かりでもわかる艶のある肌とあどけない顔は可愛らしく、赤ん坊を指して珠のようだと言ったりするが、この少年がまさにそう。

 耳に響くゴクリという音に隣りにいる幼馴染も思わず喉を鳴らしたんじゃないかとオレは錯覚していた。


「お兄さんたちは誰?」

「オレたちはキミを助けに来た探偵さ。キミは恭介くんで間違いないかな?」

「はい」


 オレの問いかけに困惑した表情を見せつつも答える恭介。その困り顔を見たとき、オレの中で何かがドクンと脈打っていた。

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