魔女見習いに恋をして

白澤建吾

魔女見習いに恋をして

 夢を見た。

 いつもの悪夢だった。

「あなたには普通の人生を歩んでほしいのですがね」

 と、母が言っていた。


「あなたをそういう風に育てた覚えはないのですけれども」

 と、母が言った。

「そういう風に育ったんじゃない、はじめからそういう風にできてるんだ」

 と、叫んだけれど、いつもどおり声が出ず、母に思いが届くことはなかった。


 一度、母が僕のいろいろな物を否定したことを切っ掛けに家出をしたことがあった。

 その時は数日間学校をサボり、お年玉を使って飢えを凌いで、結局どうにもならなくなって泣く泣く家に帰った。


 悪夢と明晰夢の間で中学生の時に同級生に勇気を振り絞って告白した場面に切り替わる。

 僕は、こんな僕だけど、と思いを告げ、告白をした。

 スカートが風で揺れ、彼女の言葉を待った。


 結末を知っているだけに2度と見せられたくない悪夢。

 その娘は告白をして頭を下げた僕に半笑いで感情のまま言葉を投げつけた。

「キモチワルイ」


 あまりの言葉に頭を上げると楽しそうに笑顔を浮かべた同級生の口が引き裂かれて大きくなっていった。

 遠くに彼女の友達が様子を伺っているのが見える。

「キモチワルイ」

 笑顔で僕にそういった。

 ケタケタと笑いながら顔の見えない同級生は口元だけが楽しげにキモチワルイを繰り返した。


 この家にいる限り僕は救われない、母はあの調子だし、

 ずっとこの夢に苛まれ続けるのかと思うといっそ死んでしまったほうが楽なんじゃないかという思いが湧いてくる。

 悪夢のせいで寝汗にまみれたTシャツと下着を脱ぎ捨て、母が起きる前にシャワーを浴びてなるべく音を立てないように家をでた。


 森の魔女と言われる彼女と会ったのはこの世界に来て最初の日のことだった。


 うちの近くの廃墟には入った人が行方不明になるという都市伝説がある。

 ここではないどこかに行けるかもしれない、と何度か通って一つ一つの部屋を丹念に調べていると、リビングにある暖炉に違和感を覚えた。


 試しに持ってきたペットボトルの水を少し流すとちょろちょろと暖炉の地下に水が流れている音が聞こえ、違和感が正体を現した。

 地下があるのだ。


 火を炊くための台をずらし、使と薄暗いリビングから差し込むかすかな光でなんとか歩ける程度に周りが細い通路になっているということだけはかろうじてわかった。

 リュックからフラッシュライトを出して右手にもち、左手を壁にあて、伸びてきて邪魔な前髪をふっと吐息で吹き飛ばしてすり足で奥へと進む。

 人がすれ違うのに少し余裕のある程度の幅の通路を奥へと進むと、少し向こうに開けた場所があった。


 思ったより長く歩いたが、もうこの辺は隣の家の敷地に入ってしまっているんじゃないだろうか。

 通路を抜けたどり着いたのは怪しい儀式でもしていたのか燭台に囲まれた魔法陣が書かれた部屋だった。


 悪魔崇拝者のサバトをする部屋か、降霊術でも行う場所の様に感じられ、不気味に思いながらベタベタとあちこち触りながら調べていると、魔法陣が光りだした。


 これはまずい、と部屋を出ようとすると、透明な壁に阻まれて部屋から出られない。

 その間に光がどんどん強くなりあっというまに光に飲み込まれてしまった。


 しばらくすると光が収まり、何事もなかったようにその場は静まり返っていた。

 いくらなんでも気味が悪かったので帰ることにする。


 通路を戻って

 

 入ってきたリビングとは全く異なり、現代の大理石で作られた洋風の部屋は、石づくりの暖炉と手作業でいびつに整えられたフローリングの室内に変わっていた。


 薄暗さはどちらも一緒だが、あっちは廃墟で荒れていたがこっちの方は人が使っているのかホコリも積もっておらず整えられているようで、人が住んでいる家だとわかるとあっちこっち触って回るのも悪いので人を呼んでみた。


「すみません、だれかいませんか!」

 と叫んでみる。

「おやまあ、魔力の反応があったと思ったら異界からのお客さんとは珍しい」

 黒いローブを来た老婆が2階から手すりをなでながら降りてきた。


「すみません、なぜだかわからないけど来てしまいまして」

「転移の魔法陣が働いたんだね、まだ動くなんて驚いたよ。ま、お座り」

 そう言って席を勧めてくれた。

 すみません、と断って椅子に座ると、席についた老婆は

「昔はね、あれを使ってよく人が行き来してたと子供の頃母に聞いたわ、懐かしいわね。

 ここ数十年はこわれたのか使えなくなってしまったと思っていたからね」


「あちらにはそういう話はまったく伝わっていませんね、精々物語が作られているくらいですよ」

「行き来がなくなって何十年も経つとそんなものなのかもしれないね」

 寂しそうに笑みを浮かべた後、

「あ、でも向こうから来たものはうちにもまだいくつか残ってるよ」

 奥へ引っ込んで何かを持って戻ってきた。


「これがデンキアイロン、アイロン、なんで2個も似たようなのがあるんだろうね。

 それにゲタ、ワキザシ、あとは今でも使ってるけどヒバチ、あれは便利だね、暖かいし手元でお湯が沸かせるからね」

 ぶっといコードが生えている温度調整のないアイロンと煙突がついているアイロンを見比べた。


「デンキアイロンは持ってきたはいいけど電気がないので炭火を使うアイロンも一緒に持ってきたんでしょうね」

 下駄は鼻緒が切れていたのでリュックからハンカチを取り出すと100円均一の店で買った裁縫セットの切れ味の悪い小さなハサミでちょっと切って鼻緒を付けてあげた。

 そしておばあさんの近くに行き、この履物はこうして履くんですよ、と履かせてあげると、いたずらっぽく笑って言った。

「若い子にこういうことするのはやめなよ、誤解されるからね」


 脇差は錆びておらずすぐ使えそうだったので、珍しさで眺めていると、こっちは物騒だからね、ここにいる間は貸したげるよ。

 そう言って貸してくれた。


 思ったより重いから僕には使えないな、と思いながらベルトに脇差を挟むと

「なぜしばらくこっちにいるのが決定みたいに言うんです?」

「昔も一旦使うとしばらく帰れなくなってこっちで暮らしてたみたいだからね」

「しばらくってどのくらいですかね」

 おばあさんは少し考え込んで

「早ければ1月、ながければ数年かね」


 不可抗力によってあっちに帰れない、と思うと少し心が軽くなった気がしたが、喜ぶのも変な話か、と思い

「年単位どころか1ヶ月もかかるなら簡単な仕事でも探さないといけませんね」

 そう言ってため息をついた。


 外からバタバタと足音がしたと思ったら扉が勢いよく開け放たれ

「おばあちゃん! おはよう!」

 と元気な声が響いた。

「もうお昼ですよ」

 とおばあさんがいう。


「あら、お客様が来てるのね、はじめまして! あたしカヨ! あなたは?」

「僕はユウ、カネコユウだよ、よろしくね」

 握手をしようと手を差し出すと、カヨは僕の手を両手で握って言った。

「カネコ村から来たの? よろしくね、ユウ」

「ユウは異界から来たのよ」

 とおばあさんが訂正すると、

「異界の人って思ったよりちっちゃいのね」

 握った僕の手をニギニギと揉んだりして観察した。


 黒いローブに映える銀色に光る大きな目に黒い髪、優しげな表情に僕の心が未知の力で殴られた様に鼓動した。

 だめだだめだ、この感覚はだめなやつだ。


「そうなんだ、あたしのひいおばあちゃんも異界から移民してきたのよ」

「あの魔法陣まだ動くんだなんていつ帰れるかわからないと困っちゃうね」

 何が面白かったかわからないけれどそう言ってクスリとした。

「こっちで暮らせるように仕事と家を探さなきゃいけないんだから笑い事じゃないのよ」

 おばあさんがたしなめた。


「あら、そうね、ごめんなさい」

「ではお詫びにカヨにはユウと一緒に素材の収集をお願いしましょうかしらね」

 カヨに張り付いてしまった視線を無理に引き剥がしておばあさんに視線を移した。


「えぇ? ユウ、背も高くないし、腕もこんなに細いのに戦えるの?」

 とカヨが不安げにいいながら僕の肩とか腕をぐにぐにと確かめるように揉んだ。


「ワキザシ貸してあげたし、旅慣れてそうなユウなら鞄になにか入ってるんじゃない?」

 と、目を好奇心で輝かせながらおばあさんが言った。


「こんなに細い腕で振り回せるのかしら」

 とカヨが呟くと、おばあさんが笑った。

「振り回して転んで怪我したカヨがいうと説得力があるね」

「子供の頃の話じゃない、もう」

 カヨが抗議の声を上げたカヨは昔から元気いっぱいな子だったんだな、とカヨを眺める。


「まあ、廃墟めぐりで色々危ない目にも会いますからね、備えはいくつかありますよ、なんたって僕はこの通り体も大きくないので力もないですからね」

 リュックを開けてテーブルの上に持っている護身用具を広げた。


「これがスタンガン、催涙スプレー、特殊警棒、折りたたみのスリングショット」

「確かに異界のものだね、何一つ見たことないよ、で、どう使うんだい?」

 おばあさんが驚きを隠せず好奇心にあふれる瞳で僕に言う。


「スタンガンは電気で攻撃する護身具ですね、このボタンを押すと威嚇でこのボタン押しながら敵に押し付けると電気で不届きものを倒すんですよ」

 と、言いながら威嚇ボタンを押すと、いつものバリバリとしたものではなく、目がくらむほどの電気の火花が弾け、床を歩いていた虫に直撃し煤のあとだけを残して消失した。


「いや、威嚇用の電気はこんな威力がでるもんじゃないのです」

 驚いて誤解を解こうと喉から声を絞り出した。


「どれ、貸してごらん」

 おばあさんはスタンガンを受け取ると、ボタンを押さないように気をつけながら弄び、一人で納得して口を開いた。


「属性を持った異界のものはこっちに来ると持ち主の魔力と精霊の干渉で強力になるようだね」

 そう言って返してくれた。


「ユウ魔力あるんだってさ、よかったね」

 カヨが微笑んだ。


「これはどんなものだい?」

 と催涙スプレーを指差した。


「それはただの辛い成分だけを集めた水を噴射して目潰しをするものなので属性はなさそうですね」

 僕がそう答えると、ものすごくがっかりした表情を浮かべてそうかい、と言った。


「そっちは伸びるだけのただの棒で、こっちは礫を飛ばすための道具です」

 というとがっかりが加速していたので、フラッシュライトを出して

「あ、あとは暗い道を明るく照らすランタンみたいなものですが逆に持つと鈍器になりますね」

 ランタンということは火属性と言いかけたおばあさんに失礼と思いつつ盛り上がってからがっかりされては可愛そうなので

「火は使わずに電気の力で光るんですよ」

 と言った時、ふと、フィラメントが燃えるて光るから火属性かもしれない、と疑問が浮かんだ。


 カヨは飽きて特殊警棒を伸ばしたり縮めたりして遊んでいた。


「もしかしたら火属性もあるかもしれないので調べてもらえますか」

 と言い直すと、ぱああっと明るい表情になったおばあさんは早速フラッシュライトを弄くり始めた。


「今ここに魔力がないとか弱い人がいないから試しに動かして見れなくて残念だね」

 と独り言をいうと、実際に使うとしたらどうするんだい? というのでここをひねるんです、とちょっとだけ動かしてみた。


「うーん、火の精霊の気配も感じるんだけど、やっぱり光の精霊かね」

 光の精霊! ちょっとレアっぽい! と興奮していることを鎮めながら

「何ができるんですか?」

「ゴーストやレイスに効くね。あとはヴァンパイアなんかの闇の住人だね。」

 と教えてくれた。


「いいね! いきたい!」

 闇の住人と戦える!と興奮したカヨがはしゃいで言ったが

「そんな危ない場所になんか孫娘と友達を向かわせるわけないだろ? 未熟な腕で行っても取り込まれてしまうだけさ」

 と怒られ、思わず苦笑いをしてしまった。


「じゃあ、スタンガン以外は使い物にならないんですね」

 と聞くと、まあ、そういうことだね。という返事をもらった。


 一通りみて興味を失ったおばあさんが

「今日はうちに泊まっていくといい、それよりせっかく魔力があるんだ、カヨと同じくらい使えるようになってくれると仕事が頼みやすいからね」

 部屋はあの部屋を使いな、と言って指差した。


「がんばってね、ユウ」

 カヨは僕の頭をぽんと叩くと、

「じゃあね、おばあちゃん、ユウの準備ができたら教えてね」

 と帰ってしまった。


 今日のご飯はせっかくだから異界の食事がしたいというおばあさんに、湯煎で食べるご飯と、醤油味の魚が受け入れられるか不安だったのでレトルトの親子丼の元を出した。


「なかなかおいしいね、 カヨも食べてから帰ればよかったんだけど、あの子は修行が嫌いだからよく来るくせにすぐ逃げたがってね」

 さっさと帰ってしまった孫娘が出ていった扉を見つめていた。

「まだあるんで明日にでも一緒に食べましょう」

 というと、気前のいい事だね、嬉しそうにしていた。


 その日は向こうの話しを少ししておばあさんの就寝時間に合わせて貸してもらった部屋に入る。

「明日から働くために色々覚えてもらわないといけないからね」

 と言われ、しょうがなく寝ることにする。


 少し硬いベッドで寝られるかと心配だったが野宿より快適だったので普通に寝られてしまった。


 次の日は早すぎる就寝時間に対して案の定、日の出より早くに目が覚めてしまったので、もし出歩けそうなら散歩でもしてみようか、と思って身支度をして部屋から出てみると、すでにおばあさんは起きて朝ごはんの準備をしていた。


「おはようございます、なにか手伝いますか」

 そう申し出てみたが、まだお客様だからね。

 と言って、座らされた。


 しばらくすると、具の少ないすいとんの様なスープが出された。

「向こうに比べたら豪華じゃないかもしれないけど我慢しておくれね」

「いえ、とてもおいしそうですね」

 一口食べると、丁寧に出汁を取って作ってくれているのがわかる。

「お出汁がいいし、久しぶりに食べたすいとん、おいしいです。小麦がいいんですかね」

 と感想をいうと、そういえば、すいとんはそっちの料理だったね。

 スートン?すいとんか、小麦粉混ぜて茹でるだけならどこにでもありそうなものだけど、と聞いてみると、子供の頃に小麦粉が持ち込まれたのがここ200年くらいの話しで、それまでは芋や根菜が多かったという話だったね、と、言っていた。


 朝食を終え、流石に食器洗いはやらせてくださいと、お願いして洗わせてもらった。

 たらいに排水用の穴が空いているシンク風のものに食器を並べ、水道がないか辺りを見てみるが、そういうものは見当たらない。


 まごまごしているとおばあさんが

「杖を持たずに台所行くなんて変だとは思ったけどやっぱり向こうの人は魔法が使えないのかね、どれ見ててごらん」

 桶をコンコン、とたたいて言った。


「過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄ウォッシュ

 というと杖からザバザバと水が流れ、こすりもしないのに食器が綺麗になった。


「洗浄の魔法は基本だからね、ユウも将来必要になるだろうから覚えていきな、ほれ、練習用の杖だよ」

 指揮棒の様な杖を貸してくれた。


「私くらいになると簡単な魔法の詠唱なんかいらないんだけどね、さっきの通りの魔法を使ってごらん」

「えぇ、と。過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄ウォッシュ

 おばあさんは当たり前の顔をしていたが、呪文を唱え慣れていない僕は1語毎に羞恥によって顔が熱くなる。


 少し多めに蛇口を開けたくらいの水流が杖からでて僕が使った食器を綺麗にしていく。

 おばあさんのと違って水流で包み込めるほどの水量がないので触れたところだけなんだけど。

「練習用の杖でそれだけできるなら意外と筋がいいね、これならものになるのも早そうだ」


 その後、おばあさんと表に出てフラッシュライトの実験をしてみる。

 おばあさんの家の回りに生えている木々は3割方黄色く色づいていて今の季節が秋だということを教えてくれた。


 おばあさんはフラッシュライトを持ち、スイッチをひねりながら炎の精霊に呼びかけると光があたった所が暖かくなり、振ったり色々試している間に僕は家の周りを散策してみたが、森の中の小さな家、といった雰囲気で植物や虫に詳しい人ならわかるのかもしれないけど、僕には目新しいものはみつからなかった。

 

「やっぱり光の属性で使うしかなさそうだね」

 返してくれた頃、カヨがやってきた。

「おはようおばあちゃん! と! ユウ!」

 忘れられていたことにちょっとだけショックを受けたが手を降って答えた。


 お願いしたいことがあるから先にお茶にしましょうとおばあさんが言い、みんなで家の中に入った。

 お茶請けに僕が持ってきた糖分補給用のチョコレートを出す。

 渋めの紅茶にミルクチョコレートがよく合う。

 カヨは目を輝かせて美味しい! と感動していた。

「この辺では甘味は中々ないからね」

 といっておばあさんも嬉しそうだった。


 お茶を飲んで一段落してからおばあさんが言った。

「ユウに洗浄ウォッシュを使ってもらったんだけど、中々筋が良いから杖の材料を取りに行っておくれ」


「杖の材料?! あたしのときなんて2ヶ月もかかったのに!」

 とカヨが驚くと、

「何言ってるんだい、2ヶ月だって天才だって言ったろう? ユウがとんでもないのさ、どっちにしろ優秀な助手が増えるのはいいことだよ」

 そう言って、おばあさんはカヨをなだめつつ嬉しそうにしていた。


 ぶちぶちというカヨに

「さ、先輩! 僕の杖をつくりましょう!」

 と、言うと先輩という言葉が気に入ったのかにんまりと笑って

「そうね! 先輩魔女のあたしが導いてあげないとね!」

 少し控えめな胸を張った。


「あんただってまだ魔女見習いだよ」

 とおばあさんはくつくつと笑った。


 2、3日もあれば帰ってこれるだろうよというおばあさんの話で、リュックには寝袋と寝袋用の蚊帳に水はカヨが魔法で出してくれるというので水筒ではなくステンレスのカップ、寒くなった時のためにアルミシートを2つ入れる。

 僕だけ寒さから逃れても申し訳ないし、一緒に入るほど大きくないから。

 ミニポケットに入っているファイアスターターと小袋の着火剤を確認した。


 あとは何が必要かな、とリュックをゴソゴソとしていると、

 見習いの訓練も兼ねるから食料は現地調達だからね、と言われてしまい、持ってきた食料は置いていくことになった。


 キャンプしながら美味しいものが食べれると期待していたカヨが文句の声を上げていたが、沈黙の魔法をかけられてもごもごしていたのが面白い。


 練習用の杖を腰に、ミルクパンくらいの大きさの両手鍋を後輩がこういうのは持つもんだよ、リュックにぶら下げられた。


 カヨは手のひら位の大きさの木の板を受け取り、

「長老の木の枝と川底の石と火喰い鳥の尾羽根と寄生樹の蔦だけでいいのね?」

 とカヨが確認すると、毒ヒトデは危ないし、火山の石は遠いからうちにあるのを使うよ、とおばあさんが言っていた。


「いつもの通り長老の木までは飛んでいっていいのよね」

 そう言って僕に手を伸ばすが、なんのことか意味がわからないでいると、がしっと僕の手を取って呪文を唱え始めた。


「空の女神よ、風の女王よ、汝が使徒カヨが願う、御身の自由の力を! 飛翔フライ!」

 と唱えると、手を掴んだ僕の体ごと空へ浮き上がり、抗議の声を上げた。

「ちょっと僕高所恐怖症なんだよ!」

「そうなの? 魔法使いマジックユーザーには必須だから慣れてね」

 と可愛く微笑んで流された。


 緊張と恐怖であちこちから汗が吹き出す。

 掴んだ手が汗で滑らないか心配になるし、手汗がカヨに気持ち悪がられてないか心配にもなる。

 滑らないようにもぞもぞしているとカヨは僕の手をぎゅっと握り込んで、ものすごいスピードで移動を始めた。


 飛びながらカヨはなにか叫んでいるけど、ボウボウと鳴る風の音で聞こえないのでずっとえ? え? と叫んでいると困った顔を見せたカヨは空いた方の手でごめんね、とジェスチャーをすると、僕をちょっと上に引っ張ってから空中に放り出した。


 持ち上げられた力と重力が均衡し、徐々に重力の方が強くなってきた瞬間にカヨの背中が目の前に来たので慌てて後ろからお腹に捕まり抗議する。


「ひどいよ! 高所恐怖症だって言ったのに!」

「滑って落としそうだったから手じゃなくて背中に来てって言ってたんだけど、声が届かなくてさしょうがなくね、怖かったよね、ごめんね」


 済まなそうに眉尻を下げて言うカヨに憤りは萎れてしまったが、さっきまで滑って落ちそうだったということに改めて血の気が引き、カヨのお腹をぎゅっと抱き寄せた。

「もう大丈夫だからそんなに締め付けなくてもいいよ」

 というカヨはなんだか楽しそうだった。


 最初の頃はこわごわ見ていた景色だったが、3時間以上も飛び続けていると、なんだか感覚が麻痺してきたのか、下を見ても周りをみても同じ様な景色で飽きて来てしまった。

 カヨの背中に耳を当てて心臓の音を聞いたり、

 腕を強く締めてカヨをぐえっと鳴かせてみたりしながら時間つぶしをしていくとカヨが指をさして言った。

「あれが長老の木だよ」


 悠久の時を生きたであろう巨木は眼下に広がる森の中心で森全体を支配しているように鎮座していた。

「今日はあの長老の森の枝でキャンプするよ」

 そう言ってカヨは枝で顔をガードすると、長老の木に突入していった。

 僕は顔を守るはずの腕がカヨのお腹に回しているのでなんとか守ろうとカヨの背中に顔を押し付けた。


 カヨの背中はカヨみたいに優しい匂いがした気がした。


 枝の中は思ったより葉に囲まれた広い空間が広がっていて、普通の木の幹より太い枝の上に降り立った。


 カヨは回りを見渡すと、直径2センチ弱、長さ30センチくらいの若い枝をごめんね、おばあさんから預かってきた魔法のナイフで切断した。

 ナタの重さとカミソリの切れ味で女性の腕力でも取り回しのしやすい魔法のナイフ。

 ぜひ一振りほしい。


 もう夜というほど遅くはないが、夕方と言うには遅い、そんな時間なので、カヨが言うようにキャンプにする。

 太い枝はそのまま横になっても転げ落ちる心配がなさそうで安定感があるが、枝の上だと火が使えないんじゃないの? と聞くと、ランタンは借りてきたよ。直径5センチくらいの円筒形のものを取りだした。


 缶詰みたいだな、と思うと、杖でコンコンと叩き、開けオープンと言うと、缶詰型ランタンが上下にわかれ、光れライティングというと上下に別れた蓋の間に明かりが灯った。


「ほー、コンパクトでなかなかに便利だね」

 というと、キョトンとした顔をしたので、

「小さくて便利だね、向こうのはここまで小さくてここまで明るいのはないんだ」

 と言い直すと、得意げな顔で、でっしょー! と、言っていた。


「そういえば、食料は現地調達って言ってたけど、木の上では何が食べられるの?」

「長老の木の実が絶品だよ」

 そう言って勢いよく立ち上がると、身軽に木の枝から枝に飛び移って下の方に向かった。

 しばらく待つとふわふわと宙を飛んで帰ってきて

「2個ずつ4種類取ってきたから食べよ」

 柿と桃と林檎と梨を2つずつ転がしてみせた。

「4本の木がくっついてるの?」

 と聞くと、なぜか1本の木から10種類くらいの果実が取れるんだよ、と教えてくれた。


「桃は季節じゃないから柔らかくなっちゃってるね」

 桃を優しく持つと、皮を剥くような手付きでナイフを横向きに差し込み種ごと半分に切った。


 もしかして桃の種は熟すと柔らかくなるのかな、とカヨの白くて細い手を見ているとスプーンと一緒に半分に割った桃を渡してくれた。

「ん、ありがと」

 半分に割れた種をスプーンでえぐって外し、果実を食べる。


 やっぱり種は硬かったので、魔法のナイフがすごい。


 品種改良されていない果実なんて、酸っぱいか味が薄いかのどちらかだと思っていたのだけど、ものすごい甘みで向こうで買うと1玉800円を超えるんじゃなかろうか!

「甘い! 美味しい! すごい!」

「ここに成る実だけがすんごく甘くなるの、この味知ったら外でなんて食べられないよ」

 機嫌良さげに次は柿に手を付ける。


 ちょっと渋みがあるけど、これも熟す前なのに熟してるみたいに甘い。

 果物は硬い派なので熟した桃も美味しかったけどこっちの方が好みだった。


 次はなにがいいかな? とりんごを剥こうとしていたので、

「りんごはそのまま食べるのがすきなんだ」

 1玉そのままもらってかじりつく。


 カヨはいつもはちゃんと皮を向いて食べてるらしいが僕の食べ方を見て恐る恐るかじりついた。

「皮、美味しいよね」

 というと、シャクシャクと咀嚼しながらカヨがこくん、と頷いた。


 りんご1玉と、桃1玉、柿半分、美味しくて正直食べ過ぎた。

 こんなに美味しいのにすぐにパンパンになってしまった胃袋に軟弱者、と呪詛を投げかけ、寝ることにする。


 寝袋を出して寝る準備をすると、

「そのまま寝ちゃだめだよ、ちゃんと歯磨きしなきゃ」

「え? 歯ブラシかなんか持ってきたの?」

 と聞くと、杖で僕の腰を指したのでその先をみてみると、練習用の杖があった。


「見ててごらんなさい、過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄ウォッシュ

 気取って言うと、上を向いて口の中に浄化の水を流し込んでから枝の下に向かってぺいっと吐き出した。


「おおー! なるほど!」

 と感動し、洗浄の魔法でうがいをした。


 洗浄の魔法のおかげで魔法使いマジックユーザーには虫歯がないらしい。


「服とかにも一応は使えるんだけど、乾かさなきゃいけないからいつでも便利にってわけにもいかないの」

 そうデメリットについて教えてくれた。

 

 ランタンを挟んで向かい合わせ横になって眠くなるまで話をした。

 魔法の事、向こうの世界の事、カヨの父方のひいおばあちゃんは異界の人だという事、来たときから恐ろしい向こうには帰ろうとは思わなかった、とおばあちゃんに話したのを教えてくれたんだと言った。


「街を焼くほどの強い魔法が使える魔法使いが何十人も来て空から炎を落としてくる恐ろしい場所なんでしょ?」

 暫く考えおそらく空襲だということがわかったので、

「すごく、昔の話ね、ひいおばあちゃんが子供の頃くらいの昔に、そういうことがあって、それからひいおばあちゃんの国は頑張って豊かになったんだよ」

「一度行ってみたいけど、行ったら何年も帰ってこれないのは困るんだよね」

 と口を尖らせた。


「遊ぶものはいっぱいあるけど暮らすならこっちかな」

 というとそう? と、考え込んだ。


 ランタンに照らされるピンクの唇がかわいい、と見とれていると

「ユウってちょくちょくあたしの顔見てるよね、なんか変な所ある?」

 と言われてしまい、焦る。

 正直、無意識に目で追ってしまっているのでバレるいう想定外の事態に何か言い訳を、と考えてなんとか絞り出した。

「カヨの目が銀色で珍しくて綺麗だなって思って」


 カヨは目を見開いてみるみる真っ赤になってしまった。

「ああああ、ありがと。

 母方の、おじいちゃんの目が、銀色だったの」

 僕から目を反らして消え入りそうな声で答えてくれるカヨが可愛くて、頭に血が上って来るのが自分でもわかる。


 なんだかそわそわしてしまって、明るく話をする感じでもなくなってしまったのでランタンの明かりを落として寝た。


 正直な話、とてもじゃないけど寝られそうになかった。

 顔が燃えそうなくらい熱くて心臓が痛いくらいにドキドキする、もうこれはだめなやつだ。

 こうはならないようにしてきたのに異世界で不意打ちだなんて神様もひどい。


 もう今日は寝られないと思っていたのは気のせいでした。

 目が覚めた時に、カヨも起きたばかりらしく洗浄の魔法でうがいをしていた。

 僕も、と洗浄し、ひらめいたのでカヨに両手を出して洗浄の水をもらって顔を洗った。


 昨日取ってきた梨をそのままかぶりつき、普段食べていたスーパーの梨じゃありえない甘さと香りを堪能した。

 でも梨の丸かじりは皮が硬いので少し苦手。


 カヨが出発前にりんごを補充してきた。

「さ、次は森ネズミのしっぽと川底に石を取りに行きましょ」

 飛翔の呪文を唱えたカヨの腰に捕まって地面に降りると、長老の木の下は日光があまり届かないので木が生えていなかった。


 膝くらいの高さの草の中を歩いていると、カヨがしゃがめ、とジェスチャーした。

 腰をかがめると、今度は遠くを指さしたので見てみると、

 しっぽを除いた大きさが30センチくらいある大きなネズミが辺りをキョロキョロと見回していた。

 カヨが指をさしてから、お尻の後ろで手をぴょこぴょこ動かした。

 どうやらあれが森ネズミらしい。

 

 僕はスリングショットを取り出して手近にあった石ころをひろうとスリングショットにセットして全力でひっぱった。


 カヨが固唾を呑んで見守る中、僕の放った石ころは森ネズミの肩の上か首の辺りに当たり、痛みで気絶したか仕留めたかわからないが、森ネズミが動かなくなった。

 カヨは親指を立てると、魔法のナイフを抜いて森ネズミに近寄ってしっぽを切断した。


「生きてた?」

 と聞くと、うなづいて

「しっぽ切るときに死んでたら探し直しだったよ」

 と初耳の条件を聞かされた。

 結果オーライだけど、先に教えてほしい。


 木札を見ながらむんむん、唸るカヨを見るのも楽しい。

「寄生樹の蔦が取れれば先に取りつつ、川底の石を拾いに行きましょう」


 薄暗いながらも長老の木の日陰のおかげで適度に歩きやすいが、日陰の端が見えない。

 1時間ほど歩いた所で遠くが明るくなってきたようで、少しだけ光が入るからか、低木が増えてきたよう感じる。

 10分ほど歩いて長老の木の枝の範囲からでると、新たな森が広がっているだけだった。

 

 背が高い草や妙に硬い茎の草が道を阻むが魔法のナイフで邪魔な草を排除する。

 が、躓かないようにするには結構下の方で切る必要があるため、カヨはしゃがみ歩きをしながら雑草を刈り取っていった。


「いたたたた、もう限界、変わって」

 思い切りのけぞってから鞘に入った魔法のナイフを手渡してきた。

 いいよ、落ちている1メートルくらいの木の枝をひろうと、ナイフの柄を枝に縛り付けた。

 適当に振り回して足元の草をかっていくと

「あたしの苦労はっていうか、中腰で頑張ってるのをみたら教えてくれてもいいと思うんですけど!」

「ごめんね、何も考えてなかったの」

 と答えると口をパクパクさせてからがっくりと力を抜いた。


「ん?」

 と、足元をみたカヨが何かを見つけたような声を上げた。

 しゃがんで何かをつまむと引っ張りながらどこかに手繰り寄せていく。

 数分かけて紐のようなものをたぐると、1本の木にたどり着いて

「これが寄生樹に寄生された木よ」

 そう言ってペチペチと木を叩いた。


 直径1ミリメートルくらいの細いつたは針葉樹の幹に棘のようなものを突き刺して絡みついていた。


 カヨは手繰ったつたつるから生える棘を魔法のナイフで切断しながら回収して、巻き取った寄生樹のつたをかばんに仕舞って言った。

「これで3つ目、残る素材はあと2つだね」

 

 川を目指してカヨと交代で魔法のナイフの槍を振り回して雑草を刈り取りながら歩き、夕方までかかってなんとか森を抜けた。

「抜けたー」

 と叫んで刈り取って短くした草の上にカヨと転がった。


 汗だくで腕がだるくて何もしたくない。

 筋肉が突っ張ってもう筋肉痛になりかけていた。


「カヨー今日はもうここでキャンプしようよー、もう動けないよー」

「後少しで川に着くからあとちょっとだけ頑張って」

 弱音を吐くと問答無用で洗浄の魔法を掛けられた。


 火照った体に洗浄の魔法の水が気持ちいいが、鼻に入った洗浄の水は突き刺すような痛みと鼻うがいした爽快感を与えてくれた。

「鼻に入ると痛いんだよ! 知ってた?!」

 というともちろん! 自分に洗浄の魔法を掛けて汗を流していた。

「このビタビタに濡れた服はどうするの?」

「歩くと乾くの早くなるよ」

 そう言って、僕を引っ張り起こしてくれた。


 爽やかな秋の夕方の風に体温を奪われる恨み言をカヨに言いつつ、川へと向かった。


 膝丈に伸びた草を踏みながら歩いて1時間くらいかかって川につく。

 川を上流に向かって進み、流れが曲がっている箇所を探す、とカヨが言っていいキャンプ地を探し始めた。


 しばらく歩かされて川が曲がっている場所にたどり着いたので、カーブの内側にへたり込んでやっと休める、と息を吐いた。


 散々歩き回ったのにカヨは元気に歩き回り流木を集めてきて、火を炊いてくれた。

「元気だねぇ」

「ユウが体力ないだけだよ」

 昼ごはん抜きで歩き回って夕ご飯はりんごと柿。

 正直、炭水化物がほしい。


 すっかり日が暮れて、カヨと焚き火を囲んだ。

「釣り道具があれば魚釣りたかったんだけどね」

「あら、魚食べたかった? 明るかったら魚取れたんだけど」

「なんで明るいと?」

「釣るんじゃなくて気絶させて浮かせるから、明るくないと流れていっちゃうのよ」

 石とか爆弾的な漁法らしい。

「なるほど、じゃあ明日の朝ごはんはがんばろう」


 火を見つめていると昼の疲れからかまぶたが重くなってきた。

 カヨが寝よっか、というので洗浄の魔法でうがいをしてから寝袋に入ると

「ねえ、魔法陣に魔力が通って使えるようになるとユウは帰っちゃう?」

 と言われた気がしたのでなにか答えたんだけども、なんて答えたか覚えていなかった。


 朝、日の出とともに目が覚めた。

 カヨはまだ寝ていたので5分ほどカヨの寝顔を観察してから洗浄の魔法でうがいをした。

 ずいぶんぐっすりと寝ている辺り、昨日元気にしていたのは無理をしていたんじゃないかと心配になる。


 座っていると動き始めた時に筋肉痛の痛みがひどくなるのでしょうがなく川の周りを歩き回る。

 一抱えありそうな岩に近寄ると岩の下から魚が逃げ出した。

 そういえば魚が取れるとか言っていたっけね。


 それからしばらく歩き回ると、カヨが手を振りながらやってきた。

「おはよー、今日は早いねぇ!」

「明るくて目が覚めちゃったよ、それよりあの岩の下に魚がいたんだよ」

 というと、お、いいね! と、杖を取り出した。


「大気よ風よ、汝が槌を我が手に! 衝撃エアハンマー!」

 光が歪むほどの密度の高い空気のハンマーが杖の先に現れた。


 少し離れた場所にある岩に向かって振り下ろした。ゴウン! という音をさせて水面に衝撃が伝わり、波紋が広がった。


「さ! 取るわよ!」

 川の中にざばざばとカヨが入っていくのを追って一緒に川に入る。

 秋の川の水は冷たい、が魚をとるためにはしょうがない。

 腿まで浸かって浮き上がってきた魚を拾って河原に置いていく。


 夢中で回収した結果、10匹も取れてしまったのはとりすぎだと思った。

 二人でもこんなに食べないよ。


 キャンプに戻って魔法のナイフで内臓をとって塩を振って串焼きにしていく。

 お腹が空いていたのもあるし、炭水化物がないので満腹になるのが遅いのか、5匹全部食べられてしまった。

 カヨを見るとカヨも5匹目に取り掛かって僕をみて恥ずかしそうにかぶりついていた。


 朝ごはんを食べて一心地ついた頃、カヨが川に入って石を拾ってきて、と言った。

 そういえば川底の石なんて材料があったっけ。

「どんなのがいいの?」

 と、聞いてみたら、水の属性が強そうなのを選ぶといいよとわかるような全くわからないことを教えてくれた。


「寒いよー」

 足を川に浸けたまま上から覗き込むと、カヨがとんでもないことを言った。

「ちゃんと潜っていいのを探さないとだめだよ」

「え!? うそでしょ!」

「嘘でそんな事言わないよ、水の精の魔法かけてあげるからがんばって」

 僕を呼んだ。

「そんなのあるなら先にかけてくれたらいいのに」

「本来なら掛けないほうがいいからね」

 水の精に祈って魔法を掛けてくれた。


 これで激寒な川が楽になる。と期待して川に足をつけると、体を刺す水の冷たさは変わらなかった。

「魔法かかってる?!寒いよ!」

「かけたのは水の中で呼吸ができるようになる魔法だよ」

 

 川から上がっても寒いのは辛いので服を脱ぐ。

 風が冷たい。下着姿で川に飛び込むと意を決して潜った。

 川の上は風が冷たいけれど、川に入ると流れのせいで常に冷たい水に囲まれて寒い。


 息を止めて川底を探る。

 手前の小さい石では何か違う気がしたので、奥の方にの石を見てみる。

 だんだんと流れがきつくなってきたので警戒しながらゆっくりと進んだ。

 川底を這うようにしながら石を確認していく。

 

 手のひらに収まりの悪い大きさの、少し大きい石を掴むとなにか奥の方で渦巻いているのを感じる。

 きっとこれだ。

 水面は流れが強そうなので石を握って川底を這って戻った。


 流れが弱まったところで立ち上がり、カヨに石を渡した。

「うん、たしかに川底の石だね」

 空にかざして観察する間、下着姿で風に吹かれると寒さで震えて歯の根が合わない。

「いいいいい、寒いいいいい」

 慌てて服を着るとリュックからアルミシートを取り出して羽織った。


「そんな変なペラペラかぶってどうしたの?」

 と訝しげに言った。

「これは、向こうの保温シートなんだよ、もう1枚あるから被ってみ?」

 と震えたまま言いうと、そんな馬鹿な、と笑いながら僕のリュックから予備のアルミシートを取り出して羽織ってみた。

「おお、たしかに被ってるとほのかに温かい!」

 と、驚いていた。


「カヨにお願いがあるの」

「何でも言って!」

「この鍋に水を出してほしいの」

「命の根源たる水よ、魔力を糧として空よりいでよ、清純な流れをこの手に、ウォータ!」

 ミルクパンいっぱいに水を出してもらったので火にかける。

 ガタガタ震えながら湯が湧くのを待つのに数分、ポコポコと湧いたお湯をステンレスのマグに移して飲む。


 ほう、と息を吐き、やっと生き返る思いがした。

 カヨは飽きたのか探しものがあるのか、ちょっと行ってくるね、どこかに行った。


 白湯を飲みながらアルミシートを被って30分、やっと震えが収まった頃、カヨが戻ってきた。

「そろそろお腹が空いたでしょ!」

 魚を河原におろした。

「とってきてくれたんだ、ありがとう、役立たずでごめんね」

「してあげたかったからやってるんだから謝らないで」

 そう言ってニコリとした。

 今日もカヨはかわいい


 焼いては食べを繰り返し、白湯と焼き魚のおかげで温まって元気が出てきた。

「あとは火喰い鳥の尾羽根だね、もう昼すぎだから空飛んでいこう」

 とカヨがいうので、すごく嫌そうな顔をすると、ニッコリと微笑んで

「うわー苦い顔ー、1人で8時間歩くのと2人で2時間半飛ぶのどっちがいい?」

「なんで1人で8時間?」

「あたしは1人で先に行かせてもらうからよ!」

 と、胸を張った。

「あぁ、そうだね、よろしくおねがいします」

 今度ははじめからカヨの背中側に周り、お腹に手を回して捕まる。


 カヨは飛翔の魔法を唱えるとふわり、と浮き上がり火喰い鳥が生息しているという所に向かって移動を開始した。

 空を飛んでいると会話をする時は声を張り上げないと届かないし、手が動かせないのでできる暇つぶしがなくて精々腕を締めてカヨの変な声を聞くくらいしかやることがない。

 カヨはきっと飛ぶために色々制御してたりするのであんまりちょっかい出すわけにはいかないのだ。

 川に入った疲れからか、睡魔に襲われ腕が緩むと落ちそうになり目が覚める、というスリル満点なうたた寝を数十分おきに繰り返してやっとの思いで目的地についた。


「今回は生きた心地がしなかった」

 とがっくりと膝をついて地面の感触を確かめる。

「ユウはいつも大げさね」

 カヨは笑うが今回ばかりは墜落してしまいそうだったんだから! と言おうと頭を上げると、いたずらっぽく笑って言った。

「眠たそうなのはわかってたから寝て落ちゃってもすぐに拾いに行けたからね」


「僕の命を弄ばれた!」

「やっぱり大げさだ」

 カヨは改めて声を上げて笑った。


 落ち着いてくると、やっと周りを見渡す余裕が出てきた。

 ゴツゴツとした岩と砕かれた石ころだらけの岩山に降り立ち、山の上から麓をみると、まばらに草が生えて、もう少し遠くまで行くと木が生えていることから思ったより標高が高そうだ。


「ここ結構山の上?」

「歩いてのぼると半日以上かかるかな?」

「1人で歩いた場合の後半はこの山登りだったってこと?」

「そうだよ、飛んできてよかったね」

「じゃあ、薪集めてくるから適当にしてて」

 飛翔の魔法で麓の方に降りていった。


 テントを張るわけでもなく、薪がないと火だけあってもしょうがないのでできる作業はない。

 膝を抱えて軽く目をつぶってカヨを待っていると、心地よい疲れがまぶたの上にのしかかってきた。


 寝ているような、意識がある様なまどろみの中、なんだか変な気がして目を開けてみると、カヨの姿は見えなかったが、目の前に木が積んであった。


 頭を上げて固まった背中を伸ばして周りを見渡すとカヨが隣りに座って僕の寝顔を見ていた。

「やっと起きた」

「気持ちよさそうに寝てたからいつ目が覚めるかなって思って観察してたの」

「寝顔見られるのって好きじゃないんだ」

 面白くないので顔をそむけて言った。


「可愛かったよ」

 そう言ってカヨは立ち上がり僕の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。

 この余裕がある感じがカヨの先輩風なのかもしれない。


「さ、食べ物探しに行きましょ」

 膝を抱えて座る僕に手を伸ばした。

 わざとしょうがないな、という顔をしてカヨの手をとって起こしてもらった。


「この辺では何がとれるの?」

 声を潜めてカヨに聞くと

「前来た時は鳥を獲って食べたかな、あたしの杖作る時にね」

「だから色々知ってたんだね、さすが先輩」

 まあね、と、得意げに笑った。


「あ、飛ばす石は拾って来てね、下の方はあんまり石拾えないからね」

 少し降りて植生が代わり草が生えている箇所まで来ると、

「この辺から石が拾えなくなるのよ、で岩山の上から草の間にいる虫を食べるためにここまで降りてくるんだってさ」

 カヨがほら、と指差した。


 大きめの鳩か雉の様な秋だからか、丸々と太った灰色の鳥が飛来した。

「あの石飛ばすのでやれないかな、あたしあんまり攻撃に使える魔法知らないのよ、おばあちゃんが教えてくれなくて」

 しょんぼりとそう言った。

 無茶しそうだもんね、わかります。と心のなかでおばあさんに同意した。


「がんばるよ」

 飛来した灰色の鳥を狙ってスリングショットを引き絞った。

 外すと晩御飯がなくなってしまうので持ってきた石ではなく、鉄の玉を使う。

 10メートルは離れていないので気づかれなければ命中するはず。


 僕とカヨの晩ごはんのために! と気合を入れて指を開いた。

 鉄の玉はバチュン! という音を立てて灰色の鳥に吸い込まれていった。

「さすがね!」

 猟犬カヨは岩陰を飛び出し、獲物を回収しに走った。


 獲物を回収してきたカヨは次の獲物を探した。

 僕はカヨについて歩き、カヨの支持に従いスリングショットで鉄の玉を放ち、2羽目の獲物を仕留めた。


 カヨは意気揚々と獲物の首を掴みキャンプへと戻った。

 僕はというと、仕留めるだけはできるけど、生き物を触れないので羽をむしるのも洗うのも内臓を処理するのも全部やってもらって流石に不甲斐なさを感じていた。


 カヨが鳥の処理をしている間、石はたくさんあるのだから、と石を組んでかまどを作って着火剤とファイアスターターに鳥の羽を使って火を起こした。

 丸く囲ってしまうと、片側しか温まらないので2人で火に当たれるよう開口部を2箇所作った。


 僕の持ってきた塩胡椒を適当に振って串を刺したあの鳥を遠火に当てて2人でグルグル回してローストする。

 初めての共同作業です、と僕の頭の中でナレーションが聞こえた。


 表面から脂が滴り落ち、いい匂いをさせながら、それでもまだ火が通りきっていないのでまだまだ食べられないあの鳥。


 ぐるぐる回すのも疲れてしまったので背中側から火が当たるようにして放置。

 しばらくしたら腹側から当たるようにすればきっと問題はないさ。

 待っている間、カヨの素材集めの時の話しを聞いたりした。


 しばらくして、鳥をおろして半分に割ってみると中まで火が通っていたのでやっと食べられる、と僕の胃袋が歓喜に打ち震えた。

 が、タンパク質だけ丸ごと1羽というのは流石に多かった。

「2人で1羽でもよかったかもね」

「そうかな、半分だと足りなかったかもしれないよ」


 キャンプももうなれたもんで、しかも岩山だと森の中や草の中のように虫への警戒レベルを落とせると思うと楽だった。

 さっさとうがいをしてカヨと一緒に就寝する。

 明日には火喰い鳥の尾羽根を手に入れて帰らなくてはならない。


「あなたには普通の人生を歩んでほしいのですがね」

 と母が言っていた。

「あなたをそういう風に育てた覚えはないのですけれども」

 と母が言った。

「そういう風に育ったんじゃない、はじめからそういう風にできてるんだ」

 と声を上げても声が出なかった。


 告白をして頭を下げた僕に

「キモチワルイ」

 といつものあの娘が言った。

 はっとして頭を上げると楽しそうに笑顔を浮かべた同級生の口が引き裂かれて大きくなっていった。

「キモチワルイ」

 気持ち悪い笑顔で僕にそういった。「キモチワルイ」

 顔の見えない同級生は口元だけが楽しげに見え、何度も何度も「キモチワルイ」

「キモチワルイ」と笑顔で言った。


 やめてよ! やめてよ! 僕が叫んでも笑顔は「キモチワルイ」と繰り返した。

 同級生に詰め寄ってやめてよ! と言おうとした時、その同級生の顔はカヨになって言った「キモチワルイ」


「ユウ! ユウ! 大丈夫!?」

 カヨに揺り起こされて目が覚めた。


 寝汗でびっしょりになった僕に心配げにカヨが覗き込んでいた。

「あ、あ、カヨ、どうして?」

 心配げなカヨに「キモチワルイ」と言ったカヨが重なった。

 あれは夢だ、大丈夫、自分に言い聞かせた。


「すごくうなされてたから」

 僕の頬をなでた。


「汗かいてるから」

 というといいよ、僕の頭を抱きしめてくれた。


「子供の頃、怖い夢を見た時はあたしもお母さんにこうしてもらってたから」

 ぎゅっと力を込めた。


 呼吸も落ち着いて来た頃、まだ夜明けには遠いみたいなので改めて寝ることにした。

 カヨは僕の隣に陣取って横に寝るつもりらしかった。

「ちょっと心配しすぎじゃないかな」

「心配はしすぎても悪いことなんかなにもないよ」

 そう言って僕の手を握って、じゃ、おやすみ! 寝てしまった。

 まったく。

 ありがとう。


 日の出と共にカヨに起こされ、火喰鳥を呼ぶためにかまどの火を大きくする必要があるから手伝って! というのでかまどを大きくして大きな薪を次々と放り込む。

 カヨのおかげで落ち着いたのか、すっきりとした目覚めを迎えることができた。


 メラメラと火柱を上げるかまど、料理には使えないほどの大火力で燃え盛る炎を眺めていると、カヨがかまどから離れながら言った。

「さ、逃げるわよ」


 岩陰に姿を隠して火喰い鳥が現れるのを待った。

「今回も殺しちゃだめなやつ?」

「もちろん、でも今回はあたしの魔法でやるから、手出しちゃダメよ」

 というと杖を構えて集中した。


 向こうのヒクイドリは喉にあるビロビロと動く肉が赤いので炎を食べてるようだ、と名付けられたらしいのだが、こっちの火喰い鳥は本当に火を食べるらしい。


 羽根を広げた大きさは1メートル50センチにもなる炎のような真っ赤な鳥がかまどに向かって舞い降りた。

 長い首をかまどの中につっこみ、火がついた薪を食べるらしい。

 火だけをたべるわけじゃないんだな、と関心した。


 カヨが小声で呪文を唱えると、火喰鳥の頭上に巨大な水が現れ、かまどと一緒に火喰い鳥を水浸しにした。

 おお、すごい!と思ってカヨを見ると、ちょっとだけつらそうだった。

 後から聞いたら水の魔法は相性が良くないからちょっとだけ負担がかかるらしい。


 火喰鳥は水の塊が落ちてくる時にギャアと鳴いたが逃げるまでは至らなかったようだった。

「さ、いくわよ」

 飛び出し、水浸しの火喰い鳥の元に行った。

「死んだの?」

「水が弱点だからね、驚いて気絶するの。」

 尾羽根を4本ほど抜きながら答えた。


「そんなに必要?」

 と聞くと、多めに貰っておいたほうがお得でしょ!と、答えた。


「あとは放っておけば目が覚めるから、あたし達は帰りましょ」

 そう言って飛翔の魔法を使ったので、慌ててカヨの腰にぶら下がると飛び上がり、4時間ほどの時間をかけておばあさんの家に向かった。


 段々と高度を下げ、おばあさんの家の前に着くと、おばあさんが家の前で待っていてくれた。

「そろそろ帰ってくる頃だと思ってたよ、さあさ、材料を出しておくれ」

 早速僕の杖を作り始めるらしい。


「長老の木の枝、中々いいのを選んだね。森ねずみの尻尾、大きく育ったのをちゃんと生きたまま捕まえて獲ってきたなんて猟師になれるんじゃないのかね」

 おばあさんはもってきた材料の1つ1つをくるくると回しながら材料を見定めながら言った。


「川底の石、これがユウの魔力に馴染む石、いいね、これなら大魔法にも耐えられそうだ」

 ただの石ころにしか見えないが魔女にはわかるらしい。


「火喰鳥の尾羽根、獲って時間経ってないね、いいよいいよ」

 尾羽根をなでながら満足そうに頷いた。


「寄生樹のつた、よく栄養を吸ってるいいのが見つかったね」

 ピンピンと蔦を引っ張りながら言った。


「早速作るよ」

 材料を抱えて庭の端にあるかまどへ向かい、大きな鍋に森ネズミの尻尾、火喰い鳥の尾羽根、毒ヒトデ、火山の石をいれ、かまどに乗せた。


 火山の石が解け毒ヒトデを飲み込み溶かしながら毒色になった火山の石との混合液は羽根と尻尾もドロドロに溶かした。


「このままだと火が強いから川底の石を入れて属性を相殺するんだよ」

 川底の石を放り込んだ。


「練習用の杖を出してこっちにいらっしゃい」

 というので杖を構えてかまどに近寄る。

 復唱して、というのでおばあさんの魔法を復唱する。


「ヴァラークヴァラーク グヴァラーズ 神秘の入り口に立つ者なり 我が名前はユウ 森の魔女を師と抱き、汝らが扉を解き放ち我を入門させ給い請い願わん マージマーヴァグヴァラース」

 練習用の杖から光が降り注ぎ、薬液に溶けていった。


「仕上げに長老の枝をつけると、ユウの杖に力が入るんだよ」

 寄生樹のつたを持ち手に巻いた長老の木の枝を薬液に沈めた。


 煮詰めていくとどんどん、長老の木の枝が水分を吸うように水かさを減らして最後には透明感のある青い杖杖が残った。


「やっぱりユウは水の属性が強かったみたいだね、これがユウだけの杖だからね」

 そう言って渡してくれた杖を両手で受け取り、思わず誇らしくてカヨに見せた。

「よかったね!」

 自分のことのように嬉しそうに微笑んでくれるカヨ。

 そんなカヨが愛おしい。


「今日の所は疲れてるだろうから、汚れを流してお茶にしましょう。

 お土産話も聞かせておくれ」

 そう言って、パンパンと手を叩いた。


 カヨと一緒におばあさんの家に向かい、順番にお風呂に入る。

 お風呂? 浴槽ってあるの? と思ってカヨに案内してもらうと、向こうから名前だけが伝わってる様で排水設備がついた洗濯部屋で洗浄の魔法を自分にかけるだけらしい。

 ついでにたらいに入れた服にも洗浄の魔法をかける。

 設備の使い方としてはこちらが正しいのだけど味気ない。


 ドアの向こうからユウ、着替え置いとくよとおばあさんが着替えを持ってきてくれたらしい。

 ありがとうございます、と答え髪の毛を絞り、手で体についた水を払ってから洗濯部屋から出た。

 

 カヨの様な黒いローブが用意してあったので着慣れないながらももぞもぞと着た。

 持ってきたタオルでタオルドライをして頭に巻いた。

 お茶会のために部屋に戻り、土産話をしながら食べるのは何がいいか、と思案してみると、小腹が空いたことに気づいた。


 缶詰のパンと、あといくつかスナック菓子を選んで1階に降りてテーブルについておばあさんとカヨを待った。


 しばらく待つと、おばあさんがインク壺と変色した様な黄色い紙を持ってきてテーブルについた。


 いつもの柔らかい表情と違ってちょっと怖い顔をしていて声をかけるのをためらう。

 手ぬぐいのような薄い布をグルグル巻きにしたカヨがやってきておばあさんの雰囲気を見て何も言わずにテーブルについた。


「弟子になる証として杖を作ってもらったわけだけど、異存はないかい?」

 とおばあさんが言った。


「はい」

 と答える。


 ちょっとはそういうつもりはなかったという意見も心をよぎったけど、しばらくこちらにお世話になるのに異存はいけない。


「ではこれを読んで署名をしなさい」

 黄色い紙を広げられたが、文字がわからないのでカヨに読んでもらう。

 おばあさんを師と仰いで尊敬と信頼し、命令がある場合はそのとおりに従うという内容だった。


 悪用すればいくらでも悪用できそうだけど、おばあさんがそんな悪事をするわけがない。

 僕は迷うことなく魔女の契約書にサインした。


「ではこれから私のことは師と仰ぐように」

 契約書をくるくると巻き、たもとに入れた。


「堅苦しい話はこのくらいにしてお土産話を聞かせておくれ」

 カヨにお茶の準備の指示をだしたので一緒に台所に向かった。


 台所でカヨに「よく気がついたね」

 と小声で言われた。

「カヨは僕の姉弟子だからね」

 と、ニヤリとしてみせた。

「姉弟子…!」

 感極まったのか胸をぎゅっと掴んだ。


 カヨが

「命の根源たる水よ、魔力を糧として空よりいでよ、清純な流れをこの手に、ウォータ!」

 と手本を見せてくれたので、習って唱えると浴槽をいっぱいにできるような量の水が出現した。


 カヨはさすが水属性!と感心するがお茶を飲みたいだけなのにお風呂の量の水の扱いに困ってしまってカヨの目を見るとカヨはヤカンを水の塊に入れ、必要なだけ取り出すと火にかけ洗い場から流しちゃうといいよ、台所の洗い場を指差した。


 ゆらゆらと揺れる大量の水を慎重に流し台に流すとお湯を沸かしてる間に紅茶はここ、お茶請けはここ、いつも使う食器はここで、ここの食器はおばあちゃんのいいことが会った時に使う特別な食器だから扱いには気をつけてねと弟子の仕事を教えてもらう。


 お湯が湧いたので茶葉を入れたポットにお湯を注ぎ、トレイを持っておばあさんの元へと向かった。

「おまたせしました、なんて呼んだらいいですか? 師匠? お師さん? おっしょさん?」

「呼びたいように呼ぶといいさ、弟子の自覚ないのと比べたらなんて呼んでも及第点だよ」

 師匠がそう言って笑うと、

「おばあちゃんの弟子かはともかく姉弟子の自覚はでたからね!」

 カヨが誇らしげに胸を張って笑うと、師匠はあからさまに肩を落としてみせた。


「姉弟子でも弟子は弟子ですからね、よかったですね、師匠」

 と追い打ちをかけてからお茶の用意をした。


「今日のお茶請けは小腹が空く時間かな、ということでパンとプレッツェルというお菓子です」

 小皿に取り分けて紅茶と一緒に置いた。


 だれも動かないので師匠を見てみると、師匠も僕を見ていた。

「えっと、これはどのパターンですかね」

「パターンというと?」

 と師匠が首をかしげた。


「年長者から食べるか、毒味として出した人が先に食べるか、お祈りをするか」

 指を立てながら聞くと

「なるほど色々あるもんだね、ここでは毒味だね」

 というので、パンをちぎって一口食べ、プレッツェルを1本食べてから紅茶を飲んでみせた。


「そこまで気にするほどでもないんだけど、こっちにしばらくいる以上習慣にも慣れてもらわないとね」

 そう言って優しく笑った。


「じゃあ、お土産話でも聞かせてもらおうかな」

 師匠がそういうとカヨは、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出して語りだした。

 高所恐怖症なのに空を飛んで怖がっていた事、や森ネズミを殺さずに一撃で気絶させた事、川底の石の話しは面白おかしくいうがあの時は大変だった、そんな楽しい話になるとは思わなかったな。


 岩山の鳥を仕留めた話をした時はそんな小型の道具でそこまでの威力がでると聞いて興味深く聞いていた。

「それで火喰い鳥の尾羽根を抜いて戻ってきたってわけ」

 得意そうにカヨが話し終わった。

 ほとんどはカヨが手を回してくれたからカヨの手柄なんだけどね。


「これならユウが一人前になるのも早そうだし、ユウに尻を叩かれて練習嫌いのカヨが頑張ってくれそうでよかったよ」

 嬉しそうに師匠が笑った。

「もう! おばあちゃん!」

「じゃあ、ユウに追い抜かれてから焦るんだね」

 面白くなさそうにしているが拳の下ろしどころがないカヨに

「一緒にがんばろうね」

 といってカヨの手を握ると

「ユウには敵わないね」

 心の拳を下ろしたのがわかった。


 どれだけお茶会をしていたかわからないがもう外は暗くなってしまったのでカヨはこのまま泊まっていくらしい。

 ワイワイと晩ごはんを食べて師匠に聞かれるままに向こうの世界の話をした。


 魔法がない世界がよほど不思議らしく、こっちの世界の魔法の道具は、向こうに持っていっても精霊のちからを借りられなくて普通の道具にしかならないだろうね、と、言っていた。


 とても残念だったが、向こうに魔法の道具が残っていないという事はそういうことなんだろう、と納得した。

 食事に使ったものを洗浄の魔法で洗い、水切りカゴへ並べておく。


 洗い物を終えてダイニングに戻ると師匠とカヨは既に自分の部屋へ戻っていた。


 もう正式に弟子になり、住み込みになるので『借りてる』んじゃなくて『僕の部屋』、というのが今日から正しい表現になる。

 僕の部屋に戻るついでにカヨの部屋にノックして、ダイニングの明かりを消す方法を聞く。

 カヨが泊まる時に使う部屋は、僕が借りてる部屋の隣にある。

「明かりの制御は師匠たるおばあちゃんの制御下にあるからあたし達は気にしなくていいよ」

 じゃ、明日ね、と引っ込んでいった。


 僕も自分の部屋へ戻り、荷物を整理し、今後どうしたいか考えた。

 魔法陣に魔力が戻ったら僕はきっと向こうに帰るだろう。


 戻っても家に帰らず、だれもいない廃墟を探して野宿を繰り返すんだろうと、思う。


 廃墟めぐり自体は好きだから全然いいんだけど。

 とはいえ、こうして廃墟を巡って家に寄り付かないのは逃げているということも自分でわかっている。

 

 何度考えても客観的に判断すると、家に戻って学校に通い、一人暮らしできるようになるまで我慢するしかないが1度我慢してしきれなくて家出、という形で逃げて失敗したのだ。

 異世界に来て家に帰れない、という事実がもたらす開放感はたまらなく心が軽くなった。

 再び家に帰る、という選択肢のことを考えると心臓がぎゅっと痛んだ。


 コンコン、コンとノックが響いた。

 2度ではトイレだから3度目は付け足したのかもしれない。

「開いてますよ」

 というと遠慮がちにドアが開けられた。

「ちょっと眠れなくて」

 と、言ってカヨが入ってきた。

「僕もです」

 机にぶちまけた荷物を挟んでテーブルについた。


 部屋の明かりの魔法の魔力が減ってきたのか少し暗くなってきた。

 もう少ししたらカヨに入れ方を聞いて入れてみよう。


「ユウは魔法陣に魔力が通ったら帰っちゃうんだよね」

「そうだね」

「それが明日なら、帰るかもしれないけど、1年後だったら?

 10年後だったら…どうかな?」


「どうかなぁ、1年後だったら僕向こうで1年間行方不明だったってことだよね」

 全然想像がつかない。


「どこにいても僕に居場所はないからさ、弟子といっても仮住まいだしね。」

 カヨを見ると、唇を噛んでものすごい表情で僕を睨みつけていた。


 ぎょっとしていると、カヨは絞り出すように震える声で言った。

「ほんとうに…」

「ほんとうに居場所がないなんて言っているの」

 悔しそうな、苦しそうな表情でカヨが言った。


「だって、僕こんなのだよ」

「だれもちゃんとユウを見てくれていなかっただけよ」


「僕気持ち悪いでしょ」

「かわいいよ」

 泣くもんか、と思っていても目の前で邪魔なものがゆらゆら揺れる。


「女なのに女の子が好きなんだよ」

「人をみて好きになれるなんて素敵よ」

 声を出そうとするとひゅっと喉が締まってしまった様に声がでない。


 断られる理由を探して、体中の筋肉という筋肉に力を入れてなんとか声を絞り出した。

「女同士だったら赤ちゃんもできないんだよ」

「そっちはそうかもしれないけどこっちは違うのよ」

「ここにいるのも帰るまでのただの仮住まいだし」

「じゃあ、あたしと姉妹になりましょう」


「ユウはあたしのこと嫌い?」

 好きだ、と言おうとするとキモチワルイと夢で言ったカヨがフラッシュバックする。

 胃がぎゅっと握りつぶされて胃が暴れだした。

 内容物が上がってくるのを感じて喉に力をいれて押し戻した。

 これじゃあ、カヨに言われて吐き気を催してるだけに見える、と焦り、カヨをみた。

 心配そうに僕を見るカヨ、誤解を解こうと手をのばす僕の手を握って、微笑んだ。


 カヨの励ましで呼吸が整ってきた。

 勝てる試合にだけ参戦するみたいでかっこ悪いけど、聞く前から答えももらったようなものだった。

 

 テーブル越しに向かい合った僕とカヨ。

 僕は両手でカヨの手を握った。


 涙をためたまま優しげに僕を見つめるカヨの綺麗な銀色の瞳に勇気が湧いてきた。

 

「カヨ」

 とまっすぐに目をみて言った。

「ユウ」

 優しく微笑んで答えてくれた。


「好きだ」

「あたしもよ」


「2人で魔女になって、いっぱい冒険したい」

「僕はカヨがいる世界で生きたい」


「ずっと一緒にいよう。姉妹じゃなくて、二人で、一緒に」

 というと

 涙をいっぱいにためたカヨが大きく頷く。

 溜まった涙が落ちてテーブルに染みを作った。


 しばらく声を殺して泣いたカヨは震える声で

「婚約の証を作る素材から集めないとね、2人分だから大変だよ」

 嬉しそうに笑った。

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魔女見習いに恋をして 白澤建吾 @milure

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