第129話 ミウ先生になにがあったのか④

 おはいり、と、一等車両の談話室、扉の向こうから声がした。


「失礼いたします」


 その声には覚えがある。


「やあ、ミウくん。ご活躍だね」

「閣下」


 恰幅のよいその紳士は、キトゥン公国の英雄、〈レーガの虎猫〉と呼ばれた陸軍大将、トラゾウ閣下そのひとであった。ミウ先生は敬礼した。


「お先にくつろいでいたよ」


 その手元には、ミウ先生と同じくルルバの香りがするミルクがあった。


「はっ」

「貴君も、直りたまえ」

「はっ」

「そして、かけたまえ」

「はっ。では、失礼いたします!」


 ミウ先生、この方の前では新入りの子猫のようになってしまう。何年経ってもそうだ。


「まあ、貴君も冷めないうちに、飲みたまえ」


 言われるままミルクを飲んだのだが、こんな状況では、あまり味がしないというものだ。


「陸軍学校の十一匹の、誰も欠けていないのが嬉しいねえ」

「はっ。恐縮であります!」


〈陸軍学校の十一匹〉とは、ミウ先生の同期の十一匹の通り名である。

 通り名がつくような、どんなことをしたのかは、ミウ先生、なかなか教えてくれない。


「ところで、本日はどうしたのかね?」


 ミウ先生は、妹の産まれたばかりの子供に会いに帰省して、また〈白の地〉へ戻るところだと話した。


「それは、おめでたいことだ。何よりじゃないか」

「恐縮であります!」

「貴君が〈白の地〉での任務を立派に遂行していることを、誇りに思う」

「はっ」


 ミウ先生は、先ほどからカゲトラがにやにやしているのに気がついていた。なので、カゲトラにこちらの部屋へ誘われた時から感じているある直感について、次第に確信のようなものが湧きはじめていた。


「ところで貴君。個室に貴重品は置いていないだろうね?」


 しかし、これには戸惑った。

 出し抜けにどうしたのだろう。


「はっ。金銭や切符、身分証などはすべてこちらの」


 ハンドバッグに収めていた。


「今ごろ荒らされているよ」

「……なんですにゃあ?」


 つい地金が出たミウ先生を見て、閣下まで、にやにやしているのだ。


「嫌だなあ、伯父様。今のところそこまで連中も大胆じゃないですよ。ちょっとうろついてる程度です」


 そう。閣下はカゲトラ氏の伯父であった。


「ミウくん。君、子供たちにかかりきりで、いささか勘が鈍っている部分も出てきたんじゃないのかい。十一匹でありながら、除隊した僕が言うことではないけどさ」

「にゃあ?」


 何のことやら。


「貴君、狙われているんだ」

「なんですにゃあ?」


 ミウ先生、言われて考えこんだ。

 狙われている。

 自分が?


「貴君は、キトゥン公国の古文書が解読できる」

「その通りですにゃ」


 それで、〈赤の竜〉についての記録を読むための鍵を探しているのだ。


「実は、ここから極秘の話となる」


 閣下が目配せをすると、カゲトラがうなずいて、


「ミウくん。これから君は、陸軍に保護されて〈白の地〉へ戻る」




 

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