第130話 ミウ先生になにがあったのか⑤

「にゃっ?」


 さすがのミウ先生も驚いた。


「〈白の地〉で、私の周囲ではトビハコガメが脱走したくらいしか事件がなく油断しておりました」

「いや、我々も事態を調査中で、貴君へ伝えるのが遅れていた」


 閣下はそう言って、


「貴君の手荷物は、これですべてかな?」

「にゃっ?」


 そこにはミウ先生の旅行鞄と上着があった。


「ちょっと失礼しましたよ」


 カゲトラがまた、にやにやしている。


「いつの間に?」


 先ほどカゲトラが自分を追ってきた方向から考えて、いつ自分の部屋へ行き、どのように解錠したのだろう?


「まさか、〈十一匹〉の時代みたいに……」

「ははは、列車の屋根で鉤綱を投げて、なんてことはしていませんとも。

 それより勝手な入室、失礼しました」

「事情があるのですから、それはよいのですけど……にゃあ」


 ミウ先生は、この談話室、客室二つ分の広さを持ち、半分は要人警護のための窓と扉のない特別客室であることに気がついた。談話室を通って出入りをすることになる造りだ。


「もしかしてこんな大げさなお部屋を、私が?」


 閣下はうなずき、


「我々の警護では不安かね?」

「とんでもない。

 けれど、事情がまだ飲み込めませんのにゃあ」


 古文書を読める自分が狙われているとは、何がおこっているのだ。


「これまで、我々は何度も〈鍵発見者〉を名乗る偽者に悩まされてきた」


 ミウ先生は、うなずいた。

〈白の地〉に派遣されてからも、数えきれないくらい〈鍵を見つけた〉と騙る者は数多く現れ、そのたび失望を味わった。

〈赤の竜〉に関することは、多くの人々の命や暮らしがかかっているというのに、目先の富をつかむ我欲で振り回されるのは困ったことである。


「また、そのような話が持ち上がっていたのですかにゃあ」

「左様」


 大抵眉唾物なのだ。ミウ先生どころか〈白の巫女〉やベルリオーカまでも巻き込んで何度もまいらされた。

 だが今回は、検証のために知らせが遅れたと詫びられたのである。それなりの信憑性がありそうなのだが……


「キトゥン公国の魔法博士、グレイテイル氏が秘密書庫にある古い魔法書のページに、貼り合わせの部分を発見したのだ」


 魔力と縁のうすいキトゥン公国だが、古代の学問としての魔術、魔法の類いの書は残されている。魔法博士その人に魔力はない。


「装丁職人の技を借りてはがしたところ、そこには古代文字の書きつけがあった」

「グレイテイル先生ともなれば、解読はおできになると思うのですにゃあ?」

「いかにも。その最初の書きつけをグレイテイル氏は読み解き、別の書物の存在が記されていたことがわかった。そして、その通り、その魔法書をたずねてみると、そこにも貼り合わせのページがあった」

「はがしてみると、そこにも別の書物を示す書きつけがあり、次なる書物にもまた貼り合わせの中に別の書物を示す書きつけがあり、」

「キリがないにゃ!」


 ミウ先生は不安になった。

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