第127話 ミウ先生になにがあったのか②

 ミウ先生の乗った汽車は定刻に発車した。

 お茶を飲みながら窓の外を見れば、みるみるうちに日が暮れてゆき、やがて暗くなった。


「次はいつ来られるかにゃあ」


 昼間であれば、のどかな田舎町の風景と、山の季節のうつろいを目で楽しむことができたのだが、とっぷりと暮れてしまったこの時間は、家々の小さなあかりを追いかけるのが面白い。


「静かな夜は、なによりにゃ」


 汽車はカンテラを吊るして走る馬車を追い越した。

 キトゥン公国は〈子猫〉の国。馬も小さいが馬車も小さい。汽車もまた、その身の丈に合う大きさ。

 紫の霧で異世界とつながっても移住者がない理由はそれで、そう、〈白の地〉との出入口を兵士が守っているのはどこよりも小さな国であるからなのであった。すべてが移住者には小さすぎる。家に招かれても入ることができない。

 ただ、その移住者の大きさがすべてを踏みにじったら。その用心である。侵入を許さないことが一番の防備だということだ。


「あの馬車は何のお仕事かにゃあ」


 しかし今はそんな世間のもろもろは考えず、のんびりした旅を。

 ミウ先生は目を閉じた。


「ごはんをいただこうにゃ」


 妹が支度してくれた夕飯を取り出した。妹の自慢のなつかしい味だ。


「うん。おいしいにゃあ」


 魚も鳥も、ミウ先生の好物だった。

 少しぬるくなったお茶を飲んで、焼き菓子にも手を伸ばす。

 木の実と、カランコの甘い樹液をたっぷり使った丸い焼き菓子。


「これも、おいしいにゃあ」


 焼き菓子は、おみやげにも持たされた。子供たちが喜ぶだろう。


「明日は任務に戻るのにゃ……」


 ミウ先生もまた、官舎住まいである。

 すなわち、キトゥン公国と〈白の地〉を行き来して、出入口を守る者のひとり。

 小学校の図書室の先生が、確かに現在の職業なのであるが、官舎に住んでいる以上、ただの先生ではない。

 キトゥン公国陸軍に所属する、古文書、暗号解読の専門家、灰色のミウ先生とはこのひとである。


(ベルリオーカさまの記憶が戻るのを待ちながら、キトゥン公国の鍵を探す手がかりを探していたのにゃが)


 しかしその手がかりはいまだなく。


(このまま静かに子供たちを見守って、私の代の役割が終わるなら。それでもよいにゃ)


〈赤の竜〉相手の仕事は、気の遠くなるような時間がかかる。

 子猫の寿命では何の成果も実感できずに終わることもある。


(けれど、そのときは何事もないことが成果なのにゃ)


 近ごろミウ先生はそう考えるようになった。

 鍵の手がかりが見つけられなくても、自分が来てからの小学校と世界の出入口は平和だった。卒業していく子供たちも、それぞれの道を見つけていった。〈赤の竜〉の引き起こす混乱に負けることなく。


(私もそうして静かに退場できれば、それはそれにゃあ)


 汽車の揺れが心地よいが、眠るにはまだ早いような気分だった。


(そうだ)


 せっかくの夜行列車。

 食堂車で温かい飲み物をいただいてから眠るのも悪くない。

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