第126話 ミウ先生になにがあったのか①

 ニヤたちの通う小学校の図書室にある出入口から〈白の地〉を出て、一歩進めばミウ先生の故郷、キトゥン公国だ。


「ミケミケへ来るのも久しぶりだったにゃ」

「姉さん、忙しいのにありがとう」


 休暇を取ったミウ先生は、お祝いの品を持って故郷の妹夫婦に会いにきたのだった。少し前に子供が産まれたのだ。白ぶちの男の子と灰色の女の子の双子だった。


「みんなが元気でなによりにゃ」

「都ではまだ、紫の霧がきてるんでしょう? 気をつけてね」


 キトゥン公国で、紫の霧は都の付近にしか発生しない。すなわち〈白の地〉とつながった地点の周辺のみ。

 やっかいな紫の霧だが、〈白の地〉のように国土すべてがおおわれていないだけよかった。対処する者を官舎に集めて、ほかの民はほぼ普段通りに暮らせていた。


「〈白の地〉の子供たちも、とってもかわいいにゃ。これも、私の使命なのにゃ」

「また来てね」


 名残惜しいがお別れをして、ミケミケ駅に着いた。大きな機関車が並んでいる。

 このキトゥン公国は、国中を線路がめぐっている。機関車と馬車が主な交通手段だ。翼竜などの移動を助けてくれる魔物はいない。

 妹が夕食にと魚のペースト、鳥のペーストをそれぞれ挟んだパン二つと焼き菓子をくれた。それに合うような陶器に入ったお茶と瓶に入った水を買い、夜行の切符を確かめる。

 寝台列車の、二等だが個室が取れてよかった。長旅になるのでゆっくり体を休めることを考えた。


「ごはん! ごはん!」


 小さな子供が、駅で子供用の夕飯を買ってもらってはしゃいでいる。

 子供用には長旅の退屈をしのげる小さなおもちゃがついているからだ。開けるまで何が入っているのかわからない。


「こちらよ」


 えんじ色のどっしりとした客車に乗り込む上がり段を、手を引かれながらのぼる子供はほほえましい。

 ミウ先生も、一段一段、しとやかにのぼる。


 二等の客車には飴色に磨かれた個室の扉が並んでいる。隣の三等車両は寝台車で、それぞれの狭い寝台に仕切り布だけ。元気の余った若者たちが狭さも気にせず歌ったり語り明かしたりで騒がしい。若者向けの車両である。


〈203〉が、ミウ先生の切符の番号。金文字で〈203〉と付いた扉を見つけた。

 ドアノブの上にある差し込み口に切符を差すと、扉の鍵が開いた。この世界で用いられている魔法はこの程度だ。


「やれやれにゃあ」


 ひとりがやっと横になれる寝台ひとつと、ベンチが向かい合っている。金色の蛇口がついた、白い陶器の小さな洗面台。窓も小さい。ミウ先生は、ベンチの上に旅行鞄を置いて、寝台に腰かけた。

 ベンチ側の壁に、倒して使うテーブルがある。あとで食事の時に使うこととしよう。


「お茶を飲むにゃ」


 発車のベルが鳴った。


「日が暮れるにゃあ」


 薄暗くなった窓の外。

 明日の朝には〈白の地〉通路前駅に到着する。一度自宅である官舎に戻り、朝食を取って、普段通りに出勤する予定である。

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