第106話 白い蝶、トージン先生の知見

 魔法生物たちが落ち着いたころ、トージン師は部屋の奥から蝶の記録を何冊も出してきた。


 トーガも、例の魔法の網を持ってきた。


「あれは〈赤の竜〉の挙動とかかわりがある蝶ではあろうが。人を消す仕組みはやはり捕えてからわかることではあろう」


 トージン師は、サヤから渡された魔法具の網を見る。


「こちらは使える。よく修繕した」

「やったあ!」


 修繕したダンが喜ぶ。


「だが、無謀だ」

「ええっ」


 これでは一蹴されたも同然である。


「いくら魔法具でも、身を守った上で用いるものだ」

「あ! そうかあ」

「サヤ。お前のような危険地域の活動が多い者にはよく承知されている話だろう。

 通常、正体のわからないはじめての魔法生物に接近する時は、どんな見えない力があるかもわからん。そこを防護するための装備も必要になる」

「トーガ、そのへんどうなんだ?」

「……そういえば、聞いたことがある……」


 あくまでトーガがしているのは魔法具の蒐集。実際に今回のように危険を伴う場で用いることはない。そのためにこのように未知の部分が出てくる。うっかりしていた。


「壊れていた上にそれか。だから二束三文で買えたのか」


 使用には装備品が必須で、それが揃わないので値引きがされたに違いない。

 こうした不完全品でもバラバラにすれば、使える魔法の部品なども出てくる。もともと、そういう用途に向けての品物だったのだろう。


「私たち、ちょっと浮かれちゃってたね」


 ダンもうなずく。


「遠回りでも、立ち寄ってよかった。ありがとうございます、先生」

「魔法生物の、蝶だからまだよいぞ。噛みついたりすることはまれだからな」

「噛みつく蝶がいるんですか?」

「あっ」


 トーガ、それはいけない、という言葉をサヤは飲み込んだ。間に合わなかった。


「もともとこの地にはいなかったのだが、」


 トージン師はいったん言葉を切って。


「紫の霧で異世界の通路が開いてからというもの、外来種の侵入と交配が魔法生物学では問題とされていてな。観察者がいくらあっても足りん。噛みつく蝶が最初に確認されたのはそんなに昔ではないので、そのあたりでつながった異世界に目星をつけて調査をしたものだよ。そうしてみたら、噛みつく蝶がいる異世界は複数あり、その噛みつく理由が判明している異世界は半分、残りは今だ不明ときている。そこに加わったのがあの白い蝶だ。不明なものには我々の調査が入ったほうが早いというのに、なぜ有耶無耶にしているのか。君らも余計な仕事をさせられていると少しは憤ったほうがいい。家族発見の手がかりをつかむのに、当の残された家族がこうして出てこなければ進まないとはいかがなものかと思うがね! さて、噛みつく蝶に話を戻せば、噛みつくとはいうが、歯を備えていることが確認されている蝶は現在のところ二種だ。ほかは口のそばに伸縮する針を備えていて、そいつがチクリとするんだな。それで噛まれていると誤認が生まれるわけだ。うん? どうした? 寝ているのか? 起きたまえ!」


 魔法生物たちが飛びついて、


「旅でつかれてるんだよ」

「寝かせてあげようよ」

「僕たち運ぶよ」


 サヤ、ダン、トーガは魔法生物たちによいしょ、よいしょ、と、宿のそれぞれの寝台まで運ばれて行ったのである。

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