第105話 そうして宿の一夜は更けていったのだが

「どうして来たの?」

「どうして?」


 群がる魔法生物たちを整理して、サヤ、トーガ、ダンが掛けている椅子の周りに整列させた。

 周りをすっかり彼らに囲まれているかたちだ。


(話しづらいな)


 この三人の兄弟たちが秘密の任務をもってブランカで消えた件は、あまり口外する内容ではないことも含まれている。


「ここは離れだし、わしは偏屈で寄り付く者もない。こやつらも表には出ない魔法生物だから、外に話が漏れる心配はない。話したまえ」


 そんなものだろうか、と、トーガもダンも思ったが、


「うわあ!」


 またイトマキトカゲがダンにまとわりついたので、そのあたりすっかり有耶無耶になった。


「ダンのこと、ほんとに気に入ってるみたいね」


 イトマキトカゲの手足がじんわりと湿っているので、顔に取りつかれると、どうしてもぎょっとする。


「それで」


 トージン師が、口火を切る。


「ブランカと言えば、例の白い蝶だな。それと、君ら三人組、わざわざ訪ねて来たからには、どんな因縁かね?」

「はい」


 サヤが話し、トーガとダンが時々補った。


 ひととおり話し終えたとき、トージン師はひとつ息をついた。


「なぜ、ブランカの出来事の一部がぼやかされているのか、そうした次第であったか」

「ぼやかされていると、お考えでしたか」


 師、そんなトーガに応えて、


「蝶の件では、魔法生物である蝶についての知見を求められ、回答もしたのだが。討伐隊の任務について、どうも歯切れが悪いのだ。

 魔力の発動する仕組みは因果関係がすべてであるから、任務が不明瞭では当方としてもお答えがいたしかねる」

「ですよねえ」


 ダンも思わず。


「家族にすら明かさずに。そしてそのまま消えてしまった」

「……いなくなっちゃったの?」


 小さな声がした。

 マダラハネネズミのトントだ。


「みんな、兄弟が、いなくなっちゃったの?」

「トント」


 そのまましくしく泣き出したので、サヤが抱き上げた。

 すると魔法生物たちもそれにつられたのか、あたりには静かに泣き声が広がっていった。


「みんなに思い出させちゃった」


 サヤは椅子から降り、みなを順番に抱きしめていった。


   * *


 ヴィドーの大火災。

 焼け出された者たちが身を寄せあったのは、消防団が持ち込んだ大テントの仮設避難所であった。

 夜になっても遠くにちらちらと炎が山の中腹あたりを舐めている。あそこではいまだ消火活動が続いている。

 あまりの出来事の大きさに、誰も涙が出なかった。

 煙の匂いの中、ただ静かに毛布にくるまれ身を寄せあってうつむいて。


「温かいものをどうぞ」


 消防団の若い娘と、彼女が使役しているらしい魔法生物たちがスープを配った。

 山の奥で、時々目撃される魔法生物。

 いつもはお互い距離を置いているが、やはり彼らも同じ土地で生きていたのだ。

 黙って受け取り、命をつなぐことにも気が回らない心地だったが、ただ、ゆっくりと飲み干した。


「どうぞ」


 そうか。魔法生物たちも焼け出されたのだ。雛もいるようだ。

 彼らはよくあの若い娘になつき、よく働いていた。


 身を寄せあい、朝がくることも信じられないような夜だった。


 時々すすり泣きが聞こえた。


 夜は暗く、山の火はそれでもとろとろと燃えて消えなかった。

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