第103話 トージン先生は飲んだくれているらしいのだが

「盛り上がっているところ、ごめんなさい!」


 一応サヤはことわりを入れたが、思ったより無礼にはならなかったらしい。

 その証拠に、サヤの割り込みをよいしおだ、とばかりに、偏屈な相手からそっと数人立ち去った。


「なに?」


 その、些細な返答ひとつにも皮肉をこめた言い方に、さらに周囲の数名が引いた。


「お元気そうで、うれしいです!」


 ここで笑顔で押し、の姿勢を崩さずに踏み込んでゆける度胸。サヤが消防団時代に培ったものを伺い知ることができよう。


「トージン先生ですよね!」

「いかにも」

「覚えていらっしゃらないかもしれませんが! 私、昔お世話になった消防団のサヤです!」

「消防団?」


〈私に、〈白の地〉全地域の狩猟許可を取るよう勧めてくれた方よ〉


 サヤは、この頑迷そうな老人をそのように語っていた。大事な恩人だと。

 しかし、トーガとダンは、その話とこの人物は印象がずいぶん異なると感じていた。人は見かけにはよらないが。


「消防団……あっ! ヴィドーのか?」

「はい! あの時はお世話になりました!」

「あの騒々しいハナ垂れ娘か。顔がガキのままだな! お前のような騒々しい奴は、全地域の狩猟許可でも取れば、存分に暴れられて、ちょうどいいだろうよ!」

「はい! その通り、取得しましたっ!」


 えっ。


 トーガとダンは、トージン先生と呼ばれたこの老人が、明らかにサヤの言葉で動揺したのを見て取った。


(これは)


 トーガもダンも、おそらく同じことが胸中をよぎっている。


(サヤ。それ、そもそも〈勧められた〉とはほど遠い話じゃなかったのか?)


「本当に取得しただと?」

「はい!」

「……」


 皮肉を真に受ける人間が、世の中にはいる。


「ば、バカもん!」


 皮肉屋というのは、そういう人間を目の前に、いかなる心持ちとなるのだろうか。


「本当に取得した! なんというバカ娘だ!」

「はい!」


 おや。

 周りの野次馬は、トージン師の顔色が変わったことをいぶかしんだ。

 酒で上気していたが、またいっそう赤くなったぞ?


「この、ハナ垂れ娘!」

「はい!」

「バカもん!」

「はい!」

「狩猟許可だと?」

「はい!」

「全地域の!」

「はい!」


 なんだかよくわからなくなってきた。


「危険生物の地域は難関だぞ!」

「取りました!」

「自分からそんなところに首を突っ込むとは、バカもん!」

「はい!」


 野次馬たちも、だんだんわかってきた。

 この困った老人にも、慕ってくる若者のひとりはいるのだ。


「このお嬢さんのおかげで、今晩の献立はヤマナキウサギの煮込み料理ですよ。うちの自慢のソースで煮込みましたよ」


 おかみさんがこっそりと知らせたのだが、みなあまり聞いていなかった。

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