第101話 馬車は宿にたどり着いたのだが
ダンにイトマキトカゲが貼りつくという事件はあったものの、ほかは大きな事故もなく、ガランスに入ることができた。
「イトマキトカゲは?」
サヤが馬車を降り、ダンの様子を見る。
「いなくなったよ」
何度も頭を振っている。
「貼りついていたやつも、到着したとたんにいなくなった」
「すばしっこいのね」
宿を探さなければ。
「宿の人、トージン先生のご自宅なんか教えてくれないかしら」
見たところ、ガランスは普通の町だ。
日暮れ近くで、霧が風でゆらぐ中、家路を急ぐ人が行き交う。
「三人で、馬車もか。それなら〈ミズイロトンボ亭〉がいいよ」
その辺をおつかい帰りらしい子供を捕まえて宿のおすすめを聞いた。
「ありがとう」
買い物かご片手のその子は、にやにやしながら手のひらを伸ばしてくる。
「あら。しっかりしてるわね」
サヤは穴あき銅貨を一枚乗せてやった。
「まいどあり」
「やれやれ。でも〈ミズイロトンボ亭〉って、あそこね。なかなかよさそうじゃない?」
広場の目立つ位置にある、堂々した構えの宿だ。まだ呼び込みもいるから、部屋は空いているだろう。
* *
「まあ、こんな大きなヤマナキウサギを」
部屋に荷物を置いたあと、宿のおかみさんに先ほど下ごしらえをした肉を見せると、
「よろしかったら、このまま買い取らせていただけませんか? こんないいお肉、なかなかないですから、お泊りのみなさまにも味わっていただきたくて」
「そうですか。喜んでいただけるなら、こちらも何よりです」
「ガランスの銀貨十枚でいかがです?」
「もちろんです!」
宿の料理人に預ければ間違いない上に、旅費の足しになる。やはり狩猟の腕は役に立つ。
さて、香草といっしょに塩ゆでになるか、それとも天火でこんがり焼かれるか。はたまた野菜といっしょに煮込まれるか、挽肉にして腸詰か。そんなことを思い浮かべていると。
「ひっ!」
突然ダンが声を上げるので驚いた。
「なによ」
「イトマキトカゲが」
「どこよ? 見間違えじゃないの。こんなところにいないよ」
「そうかなあ」
「そうそう、おかみさん。ひとつお尋ねしてもいいですか?」
「なんでしょう?」
厨房にヤマナキウサギの肉を届けさせて、おかみさんは向き直る。
「私、昔の恩人をたずねて来たんです。魔法生物がご専門のトージン先生という方なんですが、お住まいがわからなくて」
「ああー……」
おかみさんは、急に目を泳がせて、明後日の方向を向いた。
「トージン先生。みんなお世話になっておりますよ。クギバネ対策も、ほかの土地にはない方法で効果を上げていますし」
「やっぱり。私、先生のご助言で狩猟の資格をたくさん取ったんです。今日のウサギもそれで」
「そうですか。それは何よりでした。実は、」
おかみさんは辺りを見回し、食堂の方を指した。
「トージン先生は、この宿にお住まいで、毎晩あの窓のそばの卓でその、」
「おかみさん、なんとかしてくれよ!」
食堂からほうほうの体で男が飛び出してきた。
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