第97話 「面倒じゃなきゃいいんだけど」
それで、馬車はガランスへ方向を変えたのだった。
(なんだよ、魔法生物って……)
ダンの手綱を握る手に緊張が走る。
(羽虫が飛んでくるのとはわけが違うんだろうなあ)
しかしその程度の心の準備しかできない。
馬車の鎧戸はとっくに閉められてしまった。
(イトマキトカゲにまともにぶつかるのは、俺だけかよ?)
そもそもイトマキトカゲって、あまり聞かないぞ。
一里ほど走ったところで休憩をした。近くに川があった。
いつものように熱い茶を飲み、甘い菓子をつまんでいると、
「なに?」
サヤがだしぬけに弓を引いて、何かどさりと倒れた。
「ごめんね。夕ご飯になってね」
ヤマナキウサギの大物だった。
どんな目をしているのか。これが猟師か。
「ちょっと捌いてくる」
「なんだなんだ」
「まあ、晩飯だから」
川の水できれいに始末をされた肉の塊とサヤが戻るまでふたりはもう一杯茶を飲んで、空模様とガランスへの道のりについて話した。
「あと二里はあるけれど、日暮れまではガランスに入れそうだな」
「イトマキトカゲ、その前に来るのかよ」
「まあ、毒があったりするわけじゃなし、ちょっと触られると気持ち悪くて、一匹が五匹に増えるあたりがうっとおしいだけだから」
一気にやる気が失せたのだが、御者は馬車を進めなければならない。
「これ持っていけば、宿屋も喜んでくれるわよ」
サヤが戻って来たので、再び馬車を走らせる。
* *
人間を避けているだけで、ガランスへの道中には魔法生物が多く生息しているのだという。
とうにその場を過ぎ去ったサヤたちは気付かなかったが、馬車の轍の上を、さっきから面白そうに歩いている生き物がいる。
「@ー0・。、!」
「”E$RVcy1!」
なにか小さな声で話している。
緑色の小さな球体がはずんでいるように見えるのだが、薬師はこれを捕らえて乳鉢ですりつぶすというのだから、なんだかかわいそうである。
「・>p(J''''!」
「&5gE‘*+!」
また引っ込んでしまった。
* *
魔法生物はまだいる。
サヤたちの馬車はもう遠くへ離れてしまって気付かなかったが、紫の霧が濃くなり始めた上空を先ほどから旋回している怪鳥がいる。
「‘*+L!」
紫の霧でも目が利くのだという。銀色の羽をして、赤い目をしている。
またどこかへ飛び去って行った。
サヤが心配していたイトマキトカゲは今日は出てくるのか。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
茂みから小さい声がする。
「馬車だよ。馬車だよ」
「町にいくのかな。町にいくのかな」
「おいかけよう。おいかけよう」
イトマキトカゲは一匹現れると五匹に増えるという。
それは半分正しくて、半分正確ではない。
「ちびたち、ちびたち」
イトマキトカゲは五匹ひとまとまりで生息している。
一匹が、というのは、五匹で一匹に見せる秘密の生態があるのである。
五匹。
その内訳は、親子だったり、兄弟だったり、単に友達だったり、いろいろである。
「馬車が来たなら先生に知らせなきゃ。馬車が来たなら先生に知らせなきゃ」
「追いかけよう。追いかけよう」
五匹の意見をまとめるのは難しいらしい。
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