第92話 道の途中で

 買い出しを終えて、三人の馬車はふたたびブランカを目指した。

 ヴィドーでは薄かった紫の霧は、郊外に出たあたりから濃くなってきた。


「蝶の話、今日もなかったな」


 ダンはうなずく。

 ふたりが買い出しをしている間、馬車を預かり所に置いて、住人からブランカの話を聞き出せないものか、あちらこちらで噂話に首を突っ込んでいたのだ。

 成果はなかった。


「蝶の件は、どう考えてもおおっぴらにできない調査になるしな。赤の竜の手下らしきものが相手だからなあ」


 下手を打つと、赤の竜よりさらなる手が下されるおそれがある。それに住人を巻き込むことは避けたいところだろう。


「しかし、蝶もあれだが、そういえば例の〈救い手〉の話も、あれから出てないよなあ」


 トーガの言葉にダン、


「まあ、そりゃそうだろ。〈救い手〉な。

 あれこそあまり派手に動けば、赤の竜に邪魔どころか消されるだろうからな。

 本当は存在自体隠したかったくらいじゃないのかな。なにせ神殿の〈白の巫女〉様が直々にかかわっている話だぜ」


 それでもその存在を明らかとしたのは、疲れた人々に希望を持たせたかったのだろう。ダンは続けた。


「〈救い手〉がいるだけでは赤の竜は動かないのかね。この線で考えると、なんらかの邪魔となる動きを〈救い手〉がした時、なんだよな、おそらく。ことが起こるとすれば。

 もうひとつ考えられるのは、存在を明らかにしたところで危険が及ばないほど、〈救い手〉の力が強いってことかな。赤の竜に向きあえるくらいの。だといいんだが。

 結局、それらを俺たちが本当に知るかどうかは偉い人たちの決定次第なんだろうけどな」

「俺たちの家族も、同じようなことになってるのかなあ」


 どうも機密に関わっていたらしい、三人。

 注意深く取り扱われるべき事実だ。明らかにするのも秘匿するのも、それこそ偉い人たちの決定次第、なのだろう。


「そんな決定待てないよ。家族にすら調査の進捗が降りてこねえなんて。

 そのためにこうして出てきたんだ。今は、進もうぜ」


 進むのは、この状況に対して希望が欲しいから、ではない。


「なんでもいい。行くしかねえんだ」


 サヤの方を見ると、ぼんやりして赤いトトラの実をひとつ、かじっている。


「どうしたんだよ」

「買い出しの時、昔、救助したっていうおかみさんに偶然会ったんだよ」

「そうか」


 何かを思い出しているのかもしれない。

 そのうちサヤは立ち上がって、三尺たとうの下をくぐり、物置に行ってしまった。


   * *


 ベルリオーカは執務室で、〈創造者〉のもとから持ち帰った魔法具を広げていた。


〈人間の一生〉を模した図が一面に描かれている。


「万物は生まれ、死に、新たな命や心につらなってゆく」


 エルフの世界ではこの図をそのように読み解いている。

 なので。図から読み解けるものは、この理にならうものすべてだ。


「この〈乗り物〉、〈創造者〉様の世界ではなんて呼ぶのかしらね」


 この魔法具を遊具として扱う際にも用いる〈乗り物〉と〈人形〉を大切に並べて、検証は続く。


「〈富〉と〈負債〉の札」

「〈進退を定める運命の輪〉」


 問題は、この〈白の地〉で正しく用いられるのかどうかだった。


「では、どこか〈管理所〉のある土地の現在の模様を読み解くことができるのかどうか」


 ヴィドーにしよう、と考えたのは、火災から復興した町の様が整然として読み取りやすいと考えたからだった。

 ベルリオーカは右手を伸ばし、手のひらで図の上で円を描く。


「……来た」


 たちまち図は、ヴィドーの見取り図に変化した。


「〈富〉」


 札を図の上に撒くと、富のやり取りがなされる場に散らばってゆく。

 取引がさかんな場所では札はうず高くなり、そうでないところは平たく並んだ。


「市場がにぎやかな時間ね」


 市場の場所に、富の札が積まれていった。


「うまくいっているかも」


 ベルリオーカの検分は続く。

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