第91話 ヴィドーの管理所

 翌朝、三人は出来上がったばかりの燻製を削いでらくを塗った麵麭パンにはさみ、熱い茶とともに朝食とした。


「うまいな」

「でしょう?

 またどこかで罠をかけるわ」

「今日はとりあえず、ヴィドーの管理所に行ってもろもろの神殿からの報告を確認するとこからだな」

「報告。なんか進展あったのかねえ」

「ヴィドーか」


 サヤは消防団に入って間もないころ、山火事が延焼し、町の周辺から中心部にまで被害が出たヴィドーに派遣され、住民の救助と保護、避難所運営にあたった。


「炊き出しを張り切るようになったきっかけがこの町よ」

「ほう」


 ふたりは返事をそれだけにとどめる。

 消防団の仕事は楽しく話してよいことばかりではない。サヤも思うところがあるだろうと思われるので。


「ヴィドーって、去年どこかの世界とつながったよね?」


〈管理所〉は、異世界とつながった地点に設けられる、神殿の出張所である。


「ヴィドーは、あれだ、犬」

「犬? 獣人?」

「いや、ほんとに二足歩行の犬。しかも小型犬」


 ヴィドーは小規模ながら都のように、石畳の道が整えられ、役場や学校が計画的に配置されていた。


「いつの間にこんなに都会になったのかしら」


 復興方針が都市機能を重視したものに決まり、このような町となったようだ。

 聞いてはいたが、思った以上に町は回復している。


「お前、焼け野原で炊き出しした時の印象いつまでも持ちすぎだろ」

「狩猟で食料確保するよりなかった時期の思い出に引きずられてるよ。さすが野生児」

「そうかあ」

「おはようございます」


 足下から声がした。


「おはようございます」


 ピリッとした佇まいの白く毛足の長い小型犬が、職員の上着を来て本日の掲示物を手にしている。

 ヴィドー側から派遣された、管理所職員だろう。顔の毛も長く、目が隠れている。


「神殿からの広報です」


 くるくると紙が広げられ、掲示板に貼り出される。


   * *


 管理所の掲示を見たその足でトーガとサヤはそのまま買い出しに出た。


「蝶のことは、なかったね」


 果物の値段を気にしながらサヤが言った。


「よし。この調理向けのトトラの完熟、ひと山いただくわ」


 本日の神殿からの報告。

 異世界同士の緊張が懸念されている某地域がここ数日落ち着きつつあること。

 ここ数日つながったあらたな異世界はなかったこと。

 リンとラン姉妹の翼竜赤ちゃん飼育だより。

 以上である。


「なんでわさわざリンとラン姉妹の飼育だよりなんか載せるのよ? あの姉妹は好きだけど」

「まあまあ。少しは明るくて楽しい話題がないと」

「それはそうだけどさ」

「あら?」


 その時、果物屋の奥から出てきた婦人がサヤの顔を見て駆け出してきた。


「まあ! あなた! 消防団の!」

「……あ!」


 サヤも思い出したらしい。


「畑、どうなりましたか?」

「あなたが片付けを手伝ってくれた畑の実なのよ、そのトトラは。あれから日照鏡も、お譲りいただけてね」

「……よかった」


 トーガは、静かにふたりを見ていた。

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