第89話 蝶は網をくぐるか
「トーガ兄さん」
馬車の中で横になりながら、ダンがふと思い出した。
「もしブランカに着いて、俺たちの思惑通りにあの魔法具が使えたとしたら」
「うん」
「ついでにクギバネもとっ捕まえて、ってこともできるよな?」
「多分」
クギバネ。生きたままの調査は難しいとされていた。
今回、彼らが秘密裏にブランカへ運ぼうとしているトーガの古道具とは、古代魔術で用いられた、虫の姿のあやかしや、妖術のかかった虫を採取する網と籠の一そろいであった。
「〈赤の竜〉は、記憶、記録を根絶やしにするけれど、ひとつわかったんじゃないか」
〈赤の竜〉は、自分の仕事の邪魔となるものを排除するが、
壊れ物は除外されるのではないだろうか。
今回、魔道具の発見、修理まで実に一度もしつこいクギバネに悩まされることはなかったのである。
「脅威になりそうなものでも要修理なものは、もしかしたら排除の対象外なのかねえ、兄さん。
〈赤の竜〉にとって邪魔なものでも、見つけた時点で壊れてたら目こぼしすることになってたとか」
「楽観的だねえ」
旅が始まったばかりで。
「わからんよ? 結論を急がないほうがいい」
「だよなあ」
トーガは笑い、
「俺たちはとにかく蝶を捕らえるんだ。蝶に触れた者がどうなるのか、それを突き止めるために。それができなきゃ始まらない」
「そうだよなあ。
それができなきゃ、消えた兄ちゃんたちの行方もわからないし、例の博士の研究所、潜り込めなさそうだしなあ。絶対なんか隠してるだろ俺たち部外者に」
三人の消えた兄弟たちがゲイル博士とのつながりを持っていたことは、事件後にひそかに探りだしたのだ。
もちろん、研究所が何をしているかは知らない。
だが、あやしき蝶がまことに〈赤の竜〉からの使いであるとするならば、その研究の内容は察しがつくのである。
「どんな機密と関わってたんだよ、兄ちゃんたち」
「俺たちは民間人だからなあ。
それで蝶のことから斬り込んでいくしかないんだが」
「ほかに使えそうな壊れた魔法具、ないの?」
魔法具蒐集家。
実は、世間的にはこの呼び名、ふたつの異なる印象がある。
ひとつは学究肌で、魔術の知識と骨董の審美眼をあわせ持つ、比較的尊敬されるもの。
もうひとつは。
「紫の霧で迷いこんだ気の毒な異世界人から、足元を見て大事な魔法具を買い叩くゴロツキ。
俺は間違いなくそっちだから、大したものはないよ」
「またまた」
ゴロツキのほうの魔法具蒐集家は一時社会問題となり、骨董屋の鑑札がない者の魔法具買取り、今では違法となったのである。
「鑑札持ってるだろ、トーガ兄さんは」
「誰相手でも乱発された時に、たまたま運良く手に入ったのさ」
「でも、お陰でこの馬車の収納は、魔法で快適だよ」
本来の積載量以上の荷物が積まれているのだが、それは魔法具・三尺たとうのおかげだ。
「こんな布切れ一枚みたいな物入れ、ありがたいよなあ」
座席の敷物に見えるのだが、実は広げると異空間の物置へつながる下り階段があらわれ、そこへ出入りし必要なものを取り出せるのだ。
「サヤの料理の道具ばっかり増やされたよな」
「まあまあ。
大丈夫かな、あいつ」
もと消防団の屈強な身体とはいえ、夜間ひとりで火の番をするというのはやはり気になる。
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