第88話 煙
予定していた湖近くの夜営地には、日暮れより二刻前ほどに到着できた。
「空が少し見える」
霧を払う風があり、気温も心地よい。
水を汲み、焚き火の支度をし、周囲の安全確認をした。
「焚き火ができると、なんだかほっとするね」
サヤが湯を沸かして茶を淹れて配り、待ちかねた鍋をかけた。
「おつかれさん」
馬に砂糖のかけらと、水、草を与える。
「腹ごしらえして、クギバネ対策して、寝る」
「焚き火の匂いがあるから、街中よりは安心して寝られるね」
「炭の値段、どんどん上がるよな」
なんということはない話をするうちに、サヤ自慢の鍋から空腹を刺激する香りが漂ってくる。
「しみるわ」
狙いどおり、肉も臓物も穀物になじんで、疲れた身体をいたわる味わいとなった。
「あと一羽分、なんにするのよ」
「それはねえ、」
サヤは調理器具を入れた箱から取り出した金属板を組み立てる。
「今晩、このまま燻製にしようと思うの。
あたし、ここで寝たり起きたりするから、あんたたちはゆっくり寝てよ」
「大丈夫かよ」
「その代わり、明日はあたし、移動中寝かせてもらう」
「まあ、気を付けろよ」
どちらにしろ、クギバネ対策で誰かは焚き火のそばにいることになるのだ。
「燻製って、いいのよ」
湖で鍋を洗い、追加の水を汲んだところで辺りは薄い霧を通しての夕陽に包まれていた。
日没。手灯りをつけ、夜営地へ戻るその途中のサヤとトーガ。
「誰も検証してないんだけど。
消防団の間では、燻製を作ったあとに、クギバネの死がいが転がってることがあるって。クギバネ、燻製に使うなんかの木に苦手なものがあるんじゃないかな、って」
「こうも考えられるんじゃないか。
香りに引き寄せられて、炭でやられる」
「あ、なるほどねえ」
「そういや、討伐隊の連中から、こんな話聞いたぞ」
トーガが思い出しながらの話しを始める。
先日夜。
クギバネの大群が飛行しているのが見つかり、討伐隊員たちが警戒していたところ、
「なんでか大量のクギバネ、みんな死んで落ちていたらしい」
「え?」
しばらくサヤは考え、
「近くに燻製工場あったりして!」
「だったら、これから先、楽になりそうだなあ」
湖のまわりに明るい笑い声。
「まあ、今晩はサヤを頼るよ。
数日、うまい燻製があるとなれば。
ダンは酒が欲しくなるんじゃないか?」
「お酒は料理用しかないなあ。
じゃあ、ふたりはおやすみなさい」
焚き火の火を加減し、燻製用の箱を燻す。
「一羽分。
道中のおやつで、すぐなくなるのよね。また罠か弓で、途中仕入れなきゃね」
細く煙がたなびいて、夜が更ける。
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