第79話 おやすみ、トト。

「叔父さん、話はもういいの?」

「あ、うん、今日のところは。

 クレヨンもスケッチブックも、いいよ? 二人分なくてごめんね」

「いいんです。二人で使いますから!

 ニヤ、いいよね?」

「うん!」


 仲良きことは美しきかな。クレヨンをニヤちゃんが、スケッチブックを王子が持っている。

 幼稚園児の持ち物なので、当然クレヨンにもスケッチブックにも、いちいち〈すずきさとし〉と書いてあるのだが……


「よかったね。

 じゃあ、少し休んでおにぎり食べよう」


 栞さんが言ったそのとき、廊下から光が差してきた。

 後光だ。


「まさか!」


 ベルリオーカさんが、何か驚いている。


「なぜ、私の元いた世界の魔法具が、ここに?」


 え?

 魔法具?

 なにごと?


「えっ」


 ベルリオーカさんが指差しているもの。


「〈人〇ゲーム〉?」

「魔力の気配がないお家とお見受けして申し上げますが。

 こちらの世界でもこの魔法具を遊戯に転用するのですか?」


 いや、転用ではない。おもに遊戯。


「俺、」


 何か言いかけた葦原を押さえ込んで止める。


「大事なものなんですか?」


 栞さんはどうして落ち着いて質問できるんだ。


「これがあれば、魔力のある者には遠く離れた場所の人間の様子を読み取ることも、ほんの少しなら過去の事情や数日先の未来を読むこともできるのです。

 魔力のない者にも遊戯盤として用いることができますので、元の世界でも人気がありました」


 そうしてベルリオーカさんは〈人〇ゲーム〉の箱を取り、中をあらため、


「まさに。

 書かれている文字は読めませんが、そうではないのですか?」

「……ええ、」


 そんな用途があろうとは。

 そこでまた叔父さん、


「じゃあ、ベルリオーカさん、それ持っていかれますか?」

「わたくしに、賜ると?」


 それ、思い出のゲームとかじゃないの?


「誕生日にもらったやつだけど、役に立つのなら、その方がもののためだから」

「ありがたき幸せ」


 父さんと叔父さん、これで遊んだんだろうなあ。

 そう思ったら俺は、自然にこんなこと言ってた。


「見ていいですか?」


 ルーレット。ぼろぼろの手形とお金。車と、そこに挿すよくわかんないピンみたいな人形。


 なぜいきなり箱の中身を見ておきたくなったのか自分でもわからなかったけど、見ていたら急に思い出したことがある。


 俺もおばあちゃんの家に泊まったときに、これで遊んだっけ。母さんも父さんもいっしょに遊んだこともあった。


「役立たせてくださいね」


 どうして忘れていたのか。

 両親の事故のあと、頭が真っ白になっていたから?


「はい。必ず」


 鈴木家の思い出が、〈白の地〉で役立つのか。


「ベルリオーカ。よいものを賜ったということは、あなたもこの家にいたんじゃない?」


〈白の巫女〉さんが見ていた。


「そうかもしれないわ。

 何せ、元の世界が今回〈白の地〉につながらないんですもの。これが手に入らないので、ずいぶん困っていたのよ」


 おいおい叔父さん、こんな展開あったのか? でかい話になっているんだが?


「……まあ………少しみんな……休もうか……」


 全員一旦居間に戻り、栞さん家のおにぎりをいただいた。


「おいしいね!」


 ニヤちゃんは天むすが気に入ったようだ。

 王子はちりめん山椒の混ぜおにぎりだったんだが、ほんとに王族って渋いな(多分そういうことじゃない)。


「あれ?」


 玄関から、何か聞こえる。


〈キュー〉

〈キュー〉


「あ、トト、起きたのかな?」


 トビハコガメは、鳴くのか?


「そろそろ帰らなければならないようです。

 おもてなし感謝いたします」


 ぺこり。マルウス王子とニヤちゃんが並んでお辞儀をする。


「いえいえ。お構いもできませんで」


 だからなんで葦原が。


 ランさんの時と同じだった。

 巫女さんをのぞく〈白の地〉の人たちがトビハコガメに乗り込んで飛び去っていくと。


 霧は晴れて表は元の町内に戻り、巫女さんは倒れて目覚め、


「あら、」


〈梨穂子さん〉に戻っていたのだ。

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