第78話 〈ことりぐみ すずきさとし〉、あとパンダの鳴き声。

 さて、叔父さんたちどうしてるのかなあ、と思いながらも、こっちはいつもの俺たちだ。


「さあ!」


 葦原が乗り出してきて勢いが止まらないのだが。


「いろいろごたついてるけどさ。これでも片づけたんだけどな!」


 よその家でその言い方はないだろう。

 けれど、ニヤちゃんもマルウス王子も、珍しい品々を目にしてキラキラしてきた。


「なんですか、この人形。かわいい模様ですね」


 パンダか。

〈白の地〉にパンダいるのかな。


「パンダっていう、このくらい大きくなる動物です」


 栞さんの説明が両手で大きさを示し丁寧だ。


「なんて鳴くのかしら?」


 パンダって、そもそも鳴くのか?


「ベエエエエエ!」


 葦原が鳴き出したので、ちびっこふたりが固まった。

 百キロのお兄さんがいきなり鳴いたら驚くよな。


「たしか、ネットで動画見たらこういう感じだった」


 これは。

 パンダの鳴き声、なんか羊とかヤギみたいなんだな。

 いや、パンダはいいんだ。

 ちびっこ二人。

 ますますギラギラしてきた。


「この黄色い箱は、なんですか?」


 ひょっとしたら異世界の子供の好奇心に付き合っていたら、一日終わるんじゃねえか?

 なんせ彼らにはこの家、〈異世界〉だぞ?


「〈ことりぐみ すずきさとし〉」

「え、かわいい。幼稚園のお道具箱だ」


 栞さんの眼力も瞬間すごかった。こういうもの、好きらしい。


「〈ようちえん〉とは?」


 王子、反応が早かった。


「五歳くらいの子供たちのあつまりに先生をつけて、運動、工作、お絵かき、ほかにお行儀や集団生活を学ぶ、学校に入る前の学校みたいなところです」

「お絵かきをするんですか」


 そして王子、食いつくのはそこか。


「開けてみようよ、お道具箱」


 黄色い箱。〈おどうぐばこ〉と書いてある。ひよこの絵もついている。


 なんとなく、助手なので俺が開けてみると。


「クレヨン」


 叔父はあまり絵が好きな幼児ではなかったのか、そんなに使用感がないな。

 ほかに、先が丸いハサミと、描いた絵は外したのか枚数の減ったスケッチブック、多分使いかけの折り紙一包み、帽子をかぶった子犬の顔の容器に入ったノリも出てきたが、ノリ、固まってるだろうな。開けるのちょっとこわいぞ。


「〈クレヨン〉。何に使うのです?

 こちらは紙を切る道具で、これは紙ですね。僕の持っている画帳に似ています。

 これは動物の顔ですか?」

「犬ですよ。大きい犬も、小さい犬もいます。かしこくて、かわいくて、人間を助けてくれます」

「帽子? をかぶっているのですか?」

「普段ははだかです。特別な時に服を着たり、帽子をかぶったりします」


 栞さん。よく説明できるなあ。

 昨今の、異世界ものが溢れるネット小説界に参戦するには、異世界人への説明力が不可欠なのかもしれないな。て、自分で言ってて訳わかってないがな!


「それで。

 クレヨンはそちらの画帳、スケッチブックって呼んでますけど、に、絵を描くものです。簡単に色が塗れますよ」

「これも画帳でしたか。いい紙ですね。

 そして子供たちは、そうやって楽しく成長するんですね」


 王族視点て、やっぱりこんな歳からそうなの?


「我が国にも、そのような場所が平和な時代にはあったと聞きます」


〈平和な時代には〉、重いワードが挟まれたぞ。


「ということは、こちらの世界は平和なのですね?」

「うーん、この地域はそうだけど、よそはそうでもないな」


 葦原が答えた。

 そうだな。考えてみれば、ここはとりあえず無事だけど、と、そんなふうに伝えるような状況だ。


「そうでしたか」


 マルウス。つらいこと思い出したかな?


「マルウス」


 ニヤちゃんがその顔をのぞきこむと、


「ありがとう。ごめんね」


 ちびっこたちはちびっこたちで、生まれたその場所と時代の、大きなことに立ち向かっているんだな。そんな風に思った。


 そのとき。


「それ……よかったら、あげるよ? 俺のお古で悪いけど」


 難しい話が一段落したのか、叔父さんが来た。

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