第80話 グレンさんとタロキチ
「何となく、みんなが帰っちゃうとさみしいわね」
梨穂子さん、イクラのおにぎりを食べながら。
なんか、いつのまにか依代の役目に慣れてるのすごいな。
「梨穂子さん、身体大丈夫ですか?」
栞さんが麦茶を注ぎながらきくと、
「ありがとう。大丈夫」
「朝食抜くのよくない、って言ってたんだけどなあ?」
叔父さんの顔色に梨穂子さん、ごめん、ごめんてば、と、軽くあしらうあたりがお互いの付き合い方のキャリアを感じる。
(なんで俺、この二人が付き合ってるの、気づかなかったんだろうなあ……今考えることじゃないけど)
「叔父さん大丈夫? 話し合い、どうだったのよ?」
「ああ、」
叔父さんが、ぽつりぽつりと語り出した。
巫女さんが心配していたあれこれのこと。
ベルリオーカさんが思っていること。
「はっきり思い知ったんだけどな。
俺が書いた世界だけど。
もう、彼らは俺の手を離れて考え、行動している」
笑顔はない。
「そんなところで俺は何をどう書けばいいんだろう。ちょっと悩んでいたんだな」
だろうなあ。
「でも、今日は。
〈白の巫女〉さんたちと話しているうちに、〈赤の竜〉に対抗する方法は結局〈書くこと〉なんじゃないか、って思い当たった。
連中に好きにかき回される前に、こっちで流れを作ってしまうんだ」
えっ。
「それは」
「まだ、それが何をもたらすのかわからないところもあるけれど。
なんていうか、〈白の地〉の住人たちへの俺の責任じゃないかって思えてきたんだな」
その覚悟は。
いや、今までも覚悟はあったんだけど、どちらかというと不確かな将来に対する覚悟だった。
今日のは違う。
「方向が決まったね」
梨穂子さんが言った。
「すごい」
栞さんが言った。
「その覚悟、すごいです!」
「これからも、お手伝いしますから!」
葦原がまた前にのめってくる。
「叔父さん」
「浩平、」
「俺に悪い、とか言わないでくれよ」
もう、何度もした話じゃないか。
「みんなで、なんとかしようよ。〈白の地〉の人たちも必死だから、グレンさんや叔父さんのところまで巫女さんが来たんでしょう」
「そうだな」
「あいや、スズカワ殿」
グレンさん、急になにか思い出した。
「みなさまの立派なお覚悟、感服いたした。
拙者も変わらず陰ながら、お支えいたすでござる」
「ありがとう」
「ところでスズカワ殿、話は変わりまするが」
なんだろう。
「拙者、ひとつ試みておきたいことがあったでござる」
「ワン?〈な、なにを?〉
ワン?〈おばあちゃんが、お昼ごはんを作っているところなのですが〉」
あれ、タロキチが現れたぞ。
この呼び出しも神様の能力か。でもタロキチ、なにか怯えているぞ。
「ワン?〈あっ〉」
グレンさん、にっこり笑ってタロキチの頭を撫でる。
なんで?
「ワン〈主よ、かようなお戯れは、〉」
「いつも苦労をかけておるのう。
しかし、そなたの働きによって助けられておりますぞ」
「ワン……」
タロキチ?
なんか、続けてあごの下を両手で撫でたらおとなしくなっちゃった。しっぽも振って。いつものタロキチじゃないぞ?
「拙者の身体、男女問わず陥落できるエロゲーの主人公だということなので、」
なに?
「単に生き物に触れるとどうなるのか、試してみたかったでござる」
「ワン……」
なんで唐突に。
あ、タロキチ、お腹出してる。
「かわいい」
栞さんが普通に言うのだが、まあ、たしかにかわいい。
「ワン……〈お許しください……〉」
「だ、だいたいわかったから、やめてあげて?」
なんか知らんが心拍数が上がって来た俺が思わず言うと、グレンさん手を引っ込めた。
「ワンワン〈ありがとうございます。お恥ずかしいところを〉」
タロキチ、なんかほんとに恥ずかしそうだな。でもかわいいから大丈夫だよ君は今、犬だからね。
「これは意外に生き物を触れて癒すことができる身体のようでござる」
「ワン……」
なんかこれ、とても微妙な空気になった。
俺たちは何を見たんだ……
「かようにときに創作物の登場人物は、創造者の想定を超えた能力を発揮し、行動するでござる。
〈男女問わず籠絡する身体能力〉の、かような余禄、制作者殿の想定にあったか否か?」
グレンさん、叔父さんを見て言った。
「うん。なんだかそのへん、わかってきた」
「責任のすべてを背負って筆が重くなるのは、無用の心配でござる。
〈白の地〉の者たちとともに。その心でご執筆なさるがよいでござる」
ちょ、そのいい話を言うためにタロキチ呼び出されて恥ずかしがるようなことされたの?
「くーん〈お忘れくださいませ。かー!〉」
いや、でもなんかタロキチかわいい。
栞さんが背中なでてなぐさめてた。
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