第73話 トトの襲撃をおさめる

 叔父さんと〈白の巫女〉さんが話していた間、俺たちが玄関で見ていたもの。

 ベルリオーカさんの後ろから迫ってきたものは、巨大なカメだった。

 こんな生き物が、〈白の地〉にいたのか?


「最近〈白の地〉とつながった、ルールウ公国の特別なカメなの」


 鈴を振るような美声でベルリオーカさんが言う。


「人に怪我をさせたりはしない、ということなんですけれど……」

「ダメだよ、トト、止まって!」


 甲羅の上から、かわいい声とともに、小さい姿が滑り降りた。

 そしてカメの首ったまにしがみつくと。


「止まった」


 カメはそのまま、何をするでもなく座り込んだ。

 おい。俺たち玄関から外に出れないぞ。

 それより。


(猫耳)


 誰だっけ?


「神殿の料理長のお嬢さん?」


 さすが栞さん。

 いたいた。猫耳料理長のおっさんと娘。


「ニヤです。

 あなたは?」

「栞です」

「葦原です」

「浩平です」

「グレンでござる」


 一通り自己紹介をすると、


「こんばんは」


 もう一人、ニヤと同じくらいの年のころの男の子が甲羅をつたって来た。ニヤと並んで首のあたりに座る。


「マルウスです」

「どうも」


 なんだか上品な子供だなあ。

 ベルリオーカさんが、補足する。


「ルールウ公国第三王子であらせられます」

「王子!」


 いたっけ?

 俺、葦原、栞さんがグレンさんに助けを求める。


(ここがスズカワ殿の創作物の優れたところでござる)

(優れた?)

(ご当人も気づいておられぬでござるが、スズカワ殿の描く世界は描かれていない部分が深いでござる)

(深い)

(スズカワ殿は、無意識の部分で世界と登場人物がどんどん広がっていくのでござる)


 小声の早口で言われたことを手っ取り早く理解してみる。


(意外に叔父さん、設定厨だったってこと?)


 栞さん、早かった。


(行方不明になってから最初に見つかったあのノートに、ひょっとしたら彼女たちのこと、ルールウ公国のこと、この大きなカメさんのこと、全部書いてあるんじゃないかな?)


 言われてみたら、そうかもしれねえ!

 他人が読んでも面白いんだか面白くねえんだかわからなかった、あのネタ帳! 覚え書きに面白いもなんもないな、て思ってたあれ!


「あのう」


 ベルリオーカさんが心配そうに俺たちを。


「トトが落ち着いたようなので、お話ししても?」

「はい」


 俺が一応叔父の代理として前に出た。

 それにしても、さすがエルフ様の実物ってキレイなもんだなあ。〈エルフ〉って、どんな小説でもマンガでもとりあえず〈美しい〉って書かれるもんなあ。


「こちらの家に以前、翼竜が銀髪の主人とともに参りませんでしたか?」

「はい」


 ランさんとリーナのことだよね。


「では、〈救い手〉と博士……

 そう、ちょうどあの方くらいのお年頃と恰幅の殿方ふたりは?」


 あの方。

 あ、叔父さん来てた。


「ベルリオーカ。

 ……さん」


 さすがに作者は自己紹介なしで知っている。


「まあ。お邪魔しております。〈救い手〉さまによく似ていらっしゃいますね。

 ……いえ、まさか」


 そこでベルリオーカさんが言葉を止めたの、たぶんお子さまふたりに伏せたかったんだろう。

 ていうか、ふと見たらグレンさんがなんか彼女に圧かけてたな。笑顔だけど怖いんだが!


「す、〈救い手〉? よくわからないんですけどハハハ、殿方の二人連れはこちらではお見かけしていませんな!」


 叔父さん、嘘はついてないけど、なんか誤魔化すの下手だなおい!

 てか、やっぱり外見は叔父さんに似てるのか。〈俺〉。


「そうでしたか。突然不躾に失礼いたしました。

 王子。ニヤ」

「マルウスです!」

「ニヤです!」


 なんだ?

 ベルリオーカさんとグレンさん含む一同、ぽかんとした。


「聡志です」


 小・中学校に営業先を持つ叔父さんだけが瞬時に子供たちの心をわかった。


「……ああ!」


 次に葦原がなにか得心した。

 そうか、叔父さん、自己紹介まだだったな。


 と、思っていたら、またひとり出てきた。


「マルウス王子。ニヤ?」


 梨穂子さん? ていうか、巫女さん、話がややこしくなるのに何でわざわざ起きて来ちゃったの!


「そ、そうよ! あ、あなたもお久しぶりね?」


 ベルリオーカさん、早かった。巫女さんを見つめる目に圧がある。

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