第70話 鈴木邸、ルールウ公国、〈白の地〉

 紫の霧はますます濃くなっていくようだったが、夜目のきくトトは道を違えることなく進んで行った。

 ベルリオーカは装束の隠しから、夏に拾っておいた〈夕陽の切れ端〉を球状に加工したものを取り出し、甲羅の中を明るくする。


「これだけ濃いと、高いところにいる、って忘れそうね」

「ベルリオーカさま」


 マルウス王子が何か思い出した。


「先ほど、『ちょうどいいわね』と、おっしゃいましたが」

「え? そ、そう?」


 木造二階建ての様子見に渡りに船だったので、思わず口に出してしまったらしい。


「こ、このトトが、ちょうどよかったのよ。ここならこの時間、あなた方が危ないことには、ならないでしょう? とっても安全だわ」

「そのお心でしたか。失礼いたしました」

「ほんとうに、トビハコガメ、特にこのトトは素敵な生き物ね!」


 トトは、のんびりと霧の中を進む。

 もうすぐ懐かしい屋敷に降り立てるのが、嬉しかった。


「ご苦労様」

「はっ、ベルリオーカ様!」


 敷地内に着陸したトビハコガメを警戒していた衛兵たちが、ベルリオーカの姿をみとめ、構えを解いた。


「少々の間、マルウス王子とその友人、ニヤは屋敷に所用で入り、また神殿へ戻ります。

 私もこの敷地内を視察し、同じく神殿へ戻ります。

 何か、現状について報告は?」


 * *


「ワン〈創造者様、白の巫女様、おはようございます〉」

「おはよう」

「おはよう、タロキチも来てくれたのね。心強いわ」


 さて、ふたたび鈴木邸である。


「いかがいたした? お二人とも」


 グレンさんが、少し神様っぽい緊張感を出している。


「ワン〈我が主。そして創造者スズカワ様。懸念されていた件が〉」

「なに」

「ワンワン〈この鈴木邸、第71話であるところの白の地に召喚されているとみられますが、〉」


 やはり第71話か。

 主人公〈俺〉がいよいよ来るのか。

 春先に寒の戻りで買った灯油残ってたっけ?


「ワン〈現在、同時に二軒の鈴木邸が白の地に出現しており〉」

「なに?」

「それよ。それでわたし、急いで来たの」


 こんな状況で、玄関の呼び出しが鳴った。

 叔父さんが出てみると、


「ごめんなさい、散歩してたらタロキチがお宅に飛び込んでしまって」


 普通におばあちゃんと、サクラちゃんが来た!

 やっぱり〈白の地〉にいても、現実世界からは干渉可能なんだな。


「おはようございます。タロキチ、お預かりしていました」


 どうしよう。話の途中だ。


「わたしと同じ話かしら?」


〈白の巫女〉、タロキチを抱き上げ、自分の額とタロキチの額を合わせる。


 続きは話しておくわ」

「ワン〈お願いいたします〉」

「タロキチ、鈴木さんだいすきだもんねえ?」


 タロキチは、サクラちゃんに抱かれて帰って行った。

 犬は、こっちに出てくるタイミングが難しいな。夜中にうちに来たとき、大丈夫だったのかな。


「タロキチが話したかったこともいっしょに、話すわね。倒れて時間取っちゃった」

「気にしないで」


 鈴木邸が二軒とは? 何が起こった?


「〈救い手〉の一日の報告が毎日夕方、来るの」


 うむ。


「その前に。

 実はこの鈴木邸、ラン嬢とリーナの件で神殿内では存在を知られていて」


 ピザの件が?


「リーナ、あの件で食欲が戻ったので、とても喜ばしい異世界の家だ、と。

 まだ鈴木邸自体は正体不明の木造二階建て扱いなんだけれど、この話はまたあとで詳しく」


 おう。

 リーナ、なつかしいな。よかったな。


「それで、〈救い手〉の報告書の話に戻ります。

 本日の報告。ゲイル博士との面談、支障なく行われたと」


 第71話だな。


「それで、木造二階建てが出現した」


 紛れもなく第71話だな。


「今日はここまで。以降は明日報告されます」


 俺は窓の外の霧の濃さを見た。

 この霧の向こうに、〈俺〉やゲイル博士がいるというのか。


「これだけでも、わたしが慌てて来る理由には十分なのですけれど、この報告を読んだあとに、またひとつ報告がありました」


 聞こうじゃないか。


「わたしがいる神殿より程近い、ルールウ公国という異世界の通路近くにも、のです」


 おいおい、じゃあ、この霧の向こうは何があるんだ?


「となると、これはどう考えるべきか?

 まず〈創造者〉スズカワ様と、創作物の神たる、」


 そこでだしぬけに。


「巫女さん?」


 巫女さん、急に動作が止まった。

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