第68話 ニヤ、トビハコガメと仲良くなる

 さて、あわれなベルリオーカは夕食(料理長スワノが折り詰めにしてくれた)後、ルールウ公国第三王子の屋敷前に出現した、木造二階建ての対応に取り掛かっていた。


「ベルリオーカ様」


 不測の事態のための周辺への人員配置が終わり、現在のところ動きはない、と伝令より報告が入った。


「ありがとう」

「ラン嬢の報告と同じ建物ですかね」

「うれしそうね」

「私は、ラン嬢の派閥に属する者ですから」


 若い兵士である。任務中にベルリオーカの前ではしゃぐとは、ずいぶん大胆な心臓だ。


「そう。ラン嬢の報告のように、穏やかに済めばいいのだけれど。

 引き続き、よろしくね」


 あとで出向かなければいけないだろう。自分の目でも確かめておきたい。


(でも、こんな早い状況で私がわざわざ出向いたら、おおごとだ、って思われないかしら)


〈白の巫女〉は、どう見ているの? 話してから決めよう。


 急ぎ、巫女の鎮座まします奥の間へ向かう。


(いない?)


 また、どこへ飛んでいったのか。

 文机に、報告書がある。


(あ)


 先ほど目を通そうとして、木造二階建て出現の対応で読めなかった本日の〈救い手〉。


 まさか。


 * *


「ニヤ、ありがとう。明日からの学校も楽しみだ」


 同い年の語らいがおわり、そろそろ就寝時刻の迫る頃、おひらきという雰囲気となって、


「そうだ。ニヤにトトを紹介するんだった」


 この時刻は窓辺で寝ぼけ顔の、トビハコガメである。窓を開けてもらい夜風を楽しんでいたようなのだが……


「寝てしまったかな?」

「眠っていたら、ニヤには申し訳ないけれど、明日にしよう」

「はい。寝かせてあげてください」


 けれどトトは起きていて、王子の新しい友人に興味を示した。具体的には、ニヤの頬をぺろり、と舐めた。


「こら、トト」

「平気ですよ」


 仲良くなれそうな気がして、ニヤは嬉しかった。そして、トビハコガメは、大きいのに優しい生き物なのだなあ、とも思った。


「トト。ニヤを乗せてあげて」


 スウバルさんが柵を開けると、トトは心得ているようで、しっぽをニヤの足が届く位置まで下げてくれた。


「踏んでも大丈夫?」

「もちろん」


 そっと両足を乗せると、なんだかふんわりした。

 ニヤがしっかり立ったところでしっぽは乗り口まで持ち上げられた。


「さあ」


 スウバルさんの見守る中、マルウスもあとに続き、ニヤに中へ進むよううながす。


「これが、トビハコガメの甲羅なのね」


 中は柔らかい光が差しこみ、明るかった。

 毛足の長い敷き布が敷かれ、その上になめらかな光沢の生地を用い中に綿を詰めたふんわりした丸い座椅子が六つ並んでいる。さらに、隅のほうに黒い布袋が置かれていた。


「神殿の外を回るものだから〈クギバネ〉避けに炭がよいと助言をいただいたので。ここにも一応炭袋を。

 トトを傷つけないように、固いものはなるべく置かないんだ」


 なるほど。


「座ってみて」

「はい」


 マルウス王子と向かいあって座る。なんだかもじもじする。

 座ってみると、甲羅の内側からの様子を落ちついて見ることができた。


「ほんとうに、透けて見えるのね」


 アマノさんに教えられた通り、明るいばかりではなく、外の様子が透けて見える。

 スウバルさんが、手を振っているのに思わず自分も振り返してしまうが、あちらからは見えないのだった。スウバルさんも、止め時がわからないようでいつまでも振っている。


「不思議な甲羅でしょう?」

「ほんとうに」

「ニヤが不思議がっているので、トトが喜んでいるよ」

「わかるの?」

「僕が赤ちゃんの時からいっしょだもの」

「家族みたいね」

「そう。

 だから、こうしていると、何となくトトは僕の心をわかってくれて……」


 僕の心を。


 * *


「トト?」


 スウバルさんが、声を上げた。


「トト! お待ちなさい!」


 誰が命じた訳でもなくトトがゆっくりと立ち上がり、窓の方へ向かっていく。

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