第65話 ニヤ、それなりに成長する。

 それでは、いつもの異世界からの出現物とは違うのだろうか。力で押し返して引っ込む、あの部類ではないと。


「以前、報告があった家と似ているからだそうでございます。

 食が細く心配されていた翼竜が、主人とともにその見慣れぬ家に立ち寄ったところ、よい食べ物を与えられ、翼竜は食欲を回復、すると家は消えたのだと」


 不思議な家が出てきたものだ。

 けれど、紫の霧がすることなのだから、何があってもこちらにはわからない。


「ともあれ〈白の巫女〉様にご神託があり、安心しました。

 いずれにせよ不明な点が多いこと、屋敷の周囲は警備の者が詰めております。

 霧が濃く、距離はあり、不思議な家を観察するに視界は良好ではありませんが、万一の時はすぐに動くとのこと、我々は今のところ待つよりほかありません」

「〈さだめに導かれる者〉って、誰なんだろうね」


 マルウス王子が言った。


「よいものを与えてくれる家みたいだから、あまり不安にならなくてよいみたいだね」


 ニヤもそれは安心した。


「僕らの屋敷の敷地に来たのだから、屋敷の誰かが〈さだめに導かれる者〉、ってことは……そんな都合の良いことはないかな」

「王子」

「わかっているよ、スウバル」


 二人の間に、何か訳がありそうなやり取り。

 ニヤはわざわざそれが何かを尋ねるべきではないと考え、ひかえていた。そこは心得ている。


「おふたりとも。心配するとお食事がおいしくいただけませんよ。今日のお肉に添えるソースはニヤが作ったんですよ」


 仕上げは父だが。


「それは楽しみだなあ」

「わたくしもです」


 和やかになった頃、夕餉の時であると、王子は別室へ呼ばれて行った。


「あっ」

「どうしましたか?」


 ニヤは、〈トビハコガメ〉について王子に聞くのを忘れてしまったことを思いだし、また、先ほど父が王族であるマルウスには別献立を急遽組み立てていたことも思い出した。


「お父ちゃ……父さん、私のソース使ってくれたかなあ」

「きっと使ってくださいますとも。ニヤさんはご学友なのですから」


 スウバル氏が優しく言ってくれた。

 そうだ、これからは〈父さん〉と呼ぼう。


 * *


 本日、〈救い手〉の予定。

 翼竜牧場から移動、ゲイル博士との面談。

 以降は翼竜牧場へ一旦戻り、明日以降の動きにつき検討。


(今日は、さて、予定外の事態、って、どのくらいあったのかしら)


 ベルリオーカの元には〈救い手〉について一日の終わりの報告が来る。大抵毎回、看過できぬ内容が記されている。

 その本日分につき検討に取りかかろうとした時、


「今朝のご報告にあった、あの家が!」


 慌ただしい報せが来たのである。


「あの……家?」


〈白の巫女〉と、内密にしなければならない話を抱えた、あの二階建ての家?

 もう来たの? 今朝報告したばかりなのよ早すぎじゃないの?


「あ……

 ええと、」


 とりあえずベルリオーカ、


「〈白の巫女〉の言葉を」


 一斉にあの二階建てへ押しかけられては困る。一旦、〈白の巫女〉へ話を振る。

 わかってるわよね? わかってるわよね? 頭ぶつけてる場合じゃないわよ?

 あの家が〈創造者〉の世界から来たのが知られる訳にはいかないでしょう? あれはまだ、〈謎の家〉よ!


 もちろん、〈白の巫女〉は承知していて、


・あの家は誰でも入ることができるものではない。

・〈さだめに導かれる者〉を待て。

・先日クーランのラン嬢より報告のあったものと同一の家である可能性がある。となれば、導かれたその者が目的を果たせば家は消える。


 やみくもに家について調べあげられることは避けられた。

 もうひとつ厄介な点があった。

 半年前〈白の地〉と通路がひらいたルールウ公国、その第三王子の屋敷の敷地内にあの二階建てが現れたことである。


(ルールウ公国……)


〈混沌期〉に〈白の地〉とつながることは今回五百年ぶり、とされている。


(それで、他の異世界に害意がないことを示すため、第三王子を人質にこちらへ、権利は持たず平民として住まう、なんて。

 このところどこの異世界からもなかった発想だわ。いろいろ事情があるのでしょうけど……)


 もともと政情不安の土地らしい。


(政情不安の上に異世界とのかかわりなど、広く受け入れられるとは考えにくく……)


 現在のところ、王族が〈白の地〉につながった、という事実、異世界の存在をも秘匿している状態だという。


(なんだか面倒だわ。

 でも、やっと生活が落ち着いて、王子も今日からは平民の子供たちとともに普通学校へ。

 そのあたりは無事に済みそうでよかった、と思っていたところに、学校へ絵入り新聞記者が邪魔をしに来たとか? そしてとどめにあの〈創造者〉の家が来るなんて!)


 新聞記者は厳重注意で済むとして。

 二階建てですって? ひょっとしたら〈創造者〉は、〈白の巫女〉からの接触を良く思わず、それでこんな仕打ちを?


 うっかりそんな方向に考えが向かうほど、ベルリオーカは追い詰められていた。

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