第64話 ニヤ、大人っぽく話したい時がある。

「まあまあ、」


 そんな不満が顔に出たのか、アマノさんになだめられる。


「我々だって、ほとんど知らされちゃいません。

 けれど、ルールウ公国は、少々ご事情があるらしいのでね、」


〈ご事情〉、と、遠回しにされた。


「ニヤさんは、ご学友として、お力になって差し上げられるときには、そうして差し上げるとよろしいですよ」


 神殿に仕えるものたちが使う通用口まで来た。


「おかえりなさい、ニヤ」


 衛兵たちが出迎えてくれる。


「ただいま帰りました」


 あとは宿題をして、夕食のお手伝いだ。


 そう構えていたら。


「なんですって? 公国の〈通路〉に?」


 大人たちが走り回っていた。


「ニヤ、おかえりなさい」


 ベルリオーカ様まで駆け足だ。


「ただいま帰りました」

「お、おやつを食べて、落ち着いてね」


 落ち着いたほうがよいのは、ベルリオーカ様である。


「何かあったのですか?」

「今日は、転校生が来たわね? ルールウ公国第三王子の、マルウス様」

「はい」


 さっき別れたばかりだ。


「本日夕食の時刻より、当面神殿に滞在されます。

 学校と同じように、仲良くしてね。

 くわしくは、のちほどね」


 * *


 神殿は、引き続き慌ただしかった。


「こんばんは」


 先ほどお別れしたばかりのマルウス王子がにこやかに登場した。


「こんばんは」


 いつもの前掛けをつけて、ニヤも挨拶する。


「それが、お仕事の服装?」


 今の今まで、大鍋をかき混ぜてソースのとろみを出していた。

 王子ご一行が到着したので、ニヤはお話し相手に、と、呼び出しが来たのだった。


「ええ」

「凛々しいね」

「給食に負けないくらい、美味しいですからね」


 衛兵と侍従が、笑い出しそうなのをこらえている。


「今日からしばらく寝食をともにさせてもらうことになった。

 急にかたじけないけれど、これもご縁だね。こちらでもよろしく」

「こちらこそ」


 ニヤは、王子の感じがよい微笑みと優しい話し方を見て、なんだかぼうっとした。なぜだろう?


「ニヤ様、侍従のスウバルでございます。

 図書室では大変お世話になりまして。

 どうぞよろしくお願い申し上げます」


 うやうやしくされて、あわててニヤも、深々としたお辞儀を返すのだった。ちゃんとできただろうか?


「いったい、何がありましたのか、少しお話しいたしましょう」


 スウバルは、ニヤ相手にも丁寧だった。

 王子の学友だから、という訳ではなく、誰にでも丁寧な物腰で接する人柄なのだろう。


「手短に申し上げますと、我々はもとの世界で暮らしておりました第三王子の屋敷の外塀と敷地がこの〈白の地〉にある森とつながり〈通路〉となりました。ここの時間で半年ほど前のことでございます」


 森のなかに、塀に囲まれた空き地が出現したようなかたちでつながったのだと。


「屋敷そのものは元の世界に残して来ましたもので、不自由しておりましたところ、神殿のみなさまのご厚意により急遽魔術〈一夜城〉の業にて、王子とわたくしが住まうには十分な屋敷を賜りました。

 そうしてもろもろの手はずを整え、暮らしも落ち着き、本日ようやくマルウス王子ご就学となりましたが、

 その暮らしの基盤たる屋敷に不幸にも不具合が起こりました」


 不具合。


「そこでふたたび、〈白の地〉神殿のみなさまのご親切に甘えさせていただくこととなりまして、まことにありがたいことでございます」

「また、異世界のよくわからないものが急に生えてきたとか?

 困ったことが突然起こるので、びっくりなさったでしょう」


 ニヤが大人びた口を利きたがるたびに、周りの衛兵は笑いをこらえている。小さい妹や、娘の小さかった頃を思い出すからだ。料理番は、今いちばん楽しい時だなあ。いいなあ。

 ところがスウバル氏は、


「全くの椿事の連続でございまして。

 わが公国は、五百年ぶりの〈白の地〉でありまして、そこからしてもう、取り乱すばかりだったのですが。

 本日はだしぬけに、屋敷の庭園真ん中に、見慣れない異世界の建物が現れまして」


 まことに隙のない受け答えで、衛兵たちは感心した。さすがに王族に仕える方の作法は違う。


「お家が増えてしまったの?」

「そうなんだ」


 王子が、さりげなく入ってきた。


「素朴な二階建ての家でね。

 しかし、勝手に入ったりするのは危険だから、神殿にお伺いをたてて、〈白の巫女〉様のお言葉を待ったよ」


〈白の巫女〉さま。

 実はニヤは、あまりお見かけしたことがない。


「お言葉によれば。

〈その家は、訪れる者がさだめられている。さだめに導かれる者を待たれよ〉」


 スウバル氏が補足する。


「あの家は、どなたかの訪れを待っているということでございます。

 その、どなたかの用事が済めば家は消えて、我々はまた戻り、住まうことができるということです」

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