第63話 ニヤ、〈トビハコガメ〉の本物を見る。
「え……」
アカネが目を丸くする。
「マルウス・ララア・ルールウ王子さま?」
いつの間に長い名前を覚えていたのだろう、と、ニヤはそちらに驚いた。
「……これは!」
涼しげな声をあげ、王子は本を置き、立ち上がった。
「淑女の前で、失礼。
ミウ先生、」
「ごきげんよう、王子。
こちらがお隣の教室にいる同じく一年生の生徒ですよ」
「今日からこの学舎で学ぶこととなりました、マルウスです。よろしく」
「ニヤです」
「アカネです」
「みんな同級生なんだね。マルウスって呼んでね。ここはルールウじゃないんだし」
身分のある方の前では、はっきり話して、しっかりお辞儀ができなければならない。
しかしそんなこと、ニヤもアカネも忘れていた。
だって、王子である。
マルウス、なんて、呼んでいいんだろうか。
そんなふたりを見てミウ先生、
「まあまあ。
王子のお国は、そんなに堅苦しくないそうなのですにゃあ」
「そうそう。特に私は三番目。
僕の立場の話が先に伝わってしまい、騒がしくなりましたね。学校にも、みなさんにもご迷惑をおかけしました」
絵入り新聞の記者たちが押しかけて、昼休みはあのようなことになったのだそうだ。
「私は、〈白の地〉ほか、つながりのある異世界との友好のしるしに、こちらで暮らし、学校生活を送る、それだけなのに」
ニヤにもアカネにも、話が難しくなってきた。
説明をしかねている王子のため、ミウ先生が助け船を出す。
「争いをするつもりはない。仲良くしましょう、と、みんなに行いで知らせるのも、王子様の仕事なんだにゃあ」
やはりニヤにもアカネにも、難しい話である。
「そんな、難しそうな顔をしないでください。今日からいっしょの仲間ですよ。
ミウ先生のおかげで、図書委員会のみなさんもご紹介していただきましたし、」
作業中の図書委員、仲良し三人がこちらに向かって手を振った。
「ニヤさんと、アカネさんにもこうしてご挨拶できた。明日からもきっと、楽しい学校生活となるでしょう」
* *
それから霧が濃くなり、アカネの母と、神殿の庭師、〈白の地〉育ちのヒト、アマノさんがそれぞれ迎えに来たので、また明日、と、学校前で別れた。
マルウス王子も、何か乗り物が迎えに来た。
かの国、ルールウ公国ではこの〈トビハコガメ〉という大きなカメを貴人の乗り物に用いているらしい。大きな身体に長い首。小さな目がつぶらで優しい。
首のあたりには馭者がいた。
「では、また明日」
カメのしっぽを上がり段とし、甲羅のうしろにある入り口から空洞の中へ、王子と侍従は乗り込んでいった。
ふたりが乗り込むと入り口のふたが閉まり、カメが歩み出す。
案外足は早い。たちまち見えなくなった。
「あの空洞は、本来子ガメを育てる場所らしいですねえ」
アマノさんは、勉強家だ。
「そうなんだ。
アマノさん、お迎えありがとう」
「なあに。たまには町中を見るのも庭師の勉強になりますからね。
さっそくトビハコガメの本物も見ることができた。
あ、中は、甲羅の模様から光が差し込んで、案外明るいらしいですよ。
不思議な甲羅らしくてね、内側からは表の様子が透けて見えるけれど、外側からは岩のような普通の甲羅にしか見えないと言うんですよ。尊い姿を隠す、王族にぴったりですね」
今度、マルウス王子に聞いてみよう、と、ニヤは思った。
「学校は、どうでしたか」
ニヤは、アカネが相変わらず噂好きなことと、王子が大人に囲まれて大変そうだったこと、図書室で挨拶したこと、給食がおいしかったことを話した。
「なるほど。よい一日でした」
「神殿のみなさんは? どうだった?」
「もちろん、ルールウ公国第三王子の初登校、ということで少し慌ただしかったですとも」
ニヤには、いつもあとで知らされるのだ。
ちょっとそれは不満だった。難しい話なのだろうけれど、王子とじかに接するのはニヤたち学童なのに。
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