第41話 5月23日も遠くなったものだ。
土曜日である。
叔父は戻ってきたし、梨穂子さんとの結婚もだいたい決まったし、中間試験、期末試験と、試験期間ももう二度目だし。
叔父がいなくなった5月23日がもはや遠く感じる。
「おはよう」
俺が台所に立ってフライパンに卵をいくつも割りいれている時に、叔父さん起きてきた。
「おはよう」
「グレンさんは?」
「さあ」
押し入れに入ってるからなあ。いきなり開けるのもなんだと思って、そのままにしておいた。まだ寝てるのかな。
「グレンさん、卵、いくつ食べるかな」
固さは普通でいいだろうか。
それより、二日酔いとかあるだろうか。夕べ、完全に酔っぱらいだったもんなー。
「あっ」
叔父が何か思い出した。
「〈グレンは卵二個でゆるめの半熟〉」
「……おう」
「……なんでそんなこと知ってるんだ?
俺は嫁か?
あ、朝飯作ってもらった時に聞いたんだ。そうだそうだ」
「まあ、それが好みならそれで。
お酒、抜けてるかな?」
「神だから、大丈夫なんじゃないか。酒備えられてるだろ、あの人たち普段から」
そんなもんなのか。
相手は神だから。
その理由、万能すぎて、なんとも言えないなあ。
とか話しながら、叔父さんは寝起きの格好のまま庭に出た。紫陽花の様子を見て、水やりを判断するつもりだった。
「あ」
水道の近くでグレンさんがしゃがみこんで膝を抱え、タロキチと何か話している。
服装が普通にTシャツとチノパンで、いつ調達したのだろうと叔父さん首をかしげたが、まあ、神様だしと思い直した。
「おはようでござる」
「おはようございます。夕べはおかまいもできなくて」
「いやいや、そのような」
「おはようございます」
見れば、塀の外からサクラちゃんと、おばあちゃんが覗いている。
タロキチを待っているのだろう。叔父さん、そちらにも挨拶する。
「タロキチ、お客さんにすっかりなついてしまって」
「ははは。学生のときの知り合いなんです。グレンさん」
とっさに思い付いた設定を話すと、グレンさんはただ、にこにこ聞いている。
「外国の方なのねえ」
妙な感心をされた。
「紫陽花、今年もきれいに咲いたわねえ」
「おばあちゃんのおかげですよ」
母が丹精していた庭の花を、どうしていいか悩んでいたときに、おばあちゃんがいろいろ教えてくれたのだ。だから、今日も乾いた土を見て、少々水をかける判断を下せたのだ。
「もう聡志くんも、すっかりお花屋さんだしねえ。
では、またね」
聡志の水やりする姿を見て、おばあちゃんはそんなことを言う。
「またね」
サクラちゃんも手を振ってくれて。
薄曇りの静かな土曜日だ。
* *
「タロキチ、何か言ってたの?」
「いやいや、ご家族の手前、世間話でござるよ」
犬と世間話。
めちゃめちゃ怪しいおっさんじゃないかと叔父さんは思ったが言わなかった。
「犬好きのおじさんとして印象づけてみたのでござる」
「はあ」
ていうか、語尾の〈ござる〉もう要らなくねえ? 旅の騎士設定もういいだろ?
そもそも、旅の騎士なのに〈ござる〉って、おかしくねえ?(今更)
まあ、おばあちゃんもサクラちゃんも、誰かが胡散臭いからと言って態度が変わったりはしないので、多分大丈夫だろう。
大丈夫って、何がだ。よくわからないが。
「そろそろ朝飯できるよ」
「なんと? 朝餉をいただけるでござるか?」
よく考えたら、神様は三食きっちり必要なんだろうか。
「うん。浩平が支度してるから、今日は一日、いっしょに食べて行ってよ」
考えてみれば〈白の地〉で、ずっと料理を任せていたようなものだった。
「ややこしいのはどっちにしろ明日だから、今日はグレンさんもゆっくりしたらいいよ」
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