第38話 〈白の地〉の〈白の巫女〉さま

「これくらいのこと、思いきらなきゃ」


 ベルリオーカが信じられない、という顔をしているのを見ても、〈白の巫女〉は、にこにこ微笑んでいる。


「わりと大丈夫だったし」

「わりと?

 まさか、すでに〈創造者〉の世界へ?」

「だってこれは〈創造者〉にだって、無視できない話でしょ?

〈赤の竜〉が〈創造者〉の世界の脅威になるところだったんですもの。

 あなただって、知っていたでしょう?」


 神殿に仕える最高位に近い者だけが知る、この世の理にまつわる話である。禁忌とされている。


 この〈白の地〉をはじめ、〈紫の霧〉によりつながる世界はみな、〈創造者〉によりつくられた。


「〈創作物の神〉に選ばれし〈創造者〉。

 私たちとかあまり変わらぬ暮らしをしながら、そのような力に恵まれた存在」

「そうね。あまり変わらなかったわね。いろいろこちらより便利そうだったけど」

「そんなところまで見てきたというの?」

「あなただって、行けるわよ」


 そんな恐ろしいことを、ベルリオーカはなるべくしたくないと思った。

 自分も世界も、〈創造者〉の心ひとつで消滅するのに。


「そう……そうなのね。これからは〈赤の竜〉の脅威、〈創造者〉のご助力も期待できるのね……」

「まあね。でも、時間はかかりそうよ」

「でしょうね」

「結婚式の支度でお忙しいみたいだし」

「結婚?」


 そこまで我々と変わらぬ暮らしだというのか、〈創造者〉は。


「そこは認めて、ご機嫌とらなきゃ。

 あのね、あちらの世界の私の依代になってくれそうな身体の方がね、〈創造者〉のご結婚のお相手なのよ。すごいでしょ?」

「……」


 なぜ、大胆な行動に出たのかわかったような気がした。

 結婚相手が〈白の巫女〉の依代では、〈創造者〉も何かとやりにくいのではないか。あちらはこちらを消去できる(とされている)が、立ち回り次第で悪く言えば人質同然の動かし方も可能なのでは。


 まだ受け止めるのに時間がかかりそうだとベルリオーカは思った。


 それにしても〈赤の竜〉の脅威。

 討伐隊の件も、異世界同士の衝突も、この地に生きる者が何百年も立ち向かっている現実である。

 そこに、さらに新たな脅威が加わったなどとは。

 統率者である神殿からは、禁忌となる件もからむこと、公表できない。


「……〈創造者〉たちの諍いごとが、こちらに響いてくるなんて」


 諍いごと、とまとめるには、事情は込み入っているようだが、こちらの世界にしてみれば、神々の戦争の側杖を食ったような割り切れなさを感じる。


「いったい、〈炎上〉やら、〈アカウント削除〉、〈出版停止〉、なんのことです?

 それらの悪霊が〈赤の竜〉に憑いて、こちらばかりか〈創造者〉の世界の脅威とならんとする。

 そんなこと、こちらの世界、ひとたまりもないではありませんか」


〈創作物の神〉の話では、ことは深刻だと。

〈赤の竜〉に憑いたものたちは、〈創造者〉の世界を焼き払うほどの力を得ているということだ。

〈創造者〉たちにことが起これば、その力で存在しているこの〈白の地〉、ほかの異世界はどうなるというのか。


「〈創造者〉の世界もまとめてなんとかしなければいけない。

 でも、この世の理を神殿が秘匿している以上、私たちだけでなんとかしなければいけない。

 そういうことよね」


〈白の巫女〉は、その覚悟の深さからか、いとも軽く申すのだった。

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