第36話 〈白の地〉の子猫先生
「にゃあ」
〈子猫の先生〉、ミウ先生が顔をなでた。
「今日も、無事に終わりましたな」
このあたりは、ね。と、付け加える。
「にゃあ。
いったいブランカでは、どうなってしまったのでしょう。討伐隊は」
ブランカに、謎の蝶の群れがあらわれ、蝶の異世界とつながったのか、〈赤の竜〉の眷属かと意見が割れていた。
討伐隊が現地に向かい、報告をまとめていたのだが……
「みんな、いなくなってしまったとは」
ここは、図書準備室だ。先生の目の前には、ぬるい猫用ミルクがある。
「まったく」
向かいに座っているのは、休憩中のため武具を外しているが、ここ、異世界の接点がひらいてしまった図書準備室の警備に当たっている兵士の若者、トリンである。茶色の髪に、中肉中背の人間だ。
兵役前には教師をしており司書でもあったので配属された。
「せんせい」
図書委員の子供たちが、帰りの時間になったので報告に来た。
「みんなでラベルのハンコ押しをして、おわりました」
「にゃあ。たくさん、ありがとう」
「さようなら」
「トリンさんも、さようなら」
「さようなら」
三人の仲良しが帰っていく。
日暮れ前、日暮れ前、と、時告げの声がして、子供たちが霧で迷わないように明かりを持った保護者が迎えに来た。
「みんなハンコ押し、好きですね」
トリンが、きれいにハンコが押されたラベルを見て感心する。
「書誌目録のカードの、この部分の数字と文字を押して、ていう指示を、子供たちはちゃんとわかって丁寧に作業をしてくれましたにゃあ」
「それにしても。
ミウ先生のお国でも、カード目録で資料の管理をされているなんて、本当に親近感がわくなあ」
「こちらこそ」
一冊の本に対してカードは一枚。
タイトル、著者、ページ、サイズ、台帳番号に請求記号、等々の記録。まとめてカード目録専用の引き出しに収められる。
同じカードを複数枚写しをつくり、著者名の見出しをつけ順に並べれば、著者名から本を探せる引き出しとなり、本の題名を見出しにしてその順に並べれば、題名から本を探せる引き出しとできる。
図書委員の子供たちは、本の貸出と返却のほか、このような本の管理に必要な作業も手伝っているのだった。
「明日は、本の背中にこのラベルをのりで貼ってもらいます。これも、人気の作業なんですにゃあ」
「ここはまだ穏やかに過ごすことができ、何よりです」
ご苦労様、さようなら、と、ミウ先生と同じ世界の猫たちが、紫の霧のためにその出入口となった図書準備室にぞろぞろ入ってくる。帰宅ラッシュだ。
「ところで、そちらの世界では〈赤の竜〉の文献、まだ不明とか」
「正確には、秘密書庫の鍵が不明なのですにゃあ」
「え。鍵」
「文献がそこにあるのは間違いないので、もう少しなのですにゃあ」
それなりに、それぞれの異世界ですべきことをするしかなかった。
「何年、この状態を生きるのかわかりませんにゃあ。
子供たちには、知恵を持って穏やかに育ってほしいにゃあ」
トリンもうなずいた。
「子供たちを守ることが、ここを守ることです」
前回の混沌期で、〈赤の竜〉は、自らに関する知識、対抗する知恵を焼き尽くそうとしたということなのだ。
「なあに。今回こちらには、〈救い手〉も召喚できたのですから」
なんでも彼が元いた場所は、一度も〈白の地〉とつながったことがないにもかかわらず、〈白の地〉とは特別な関係にある世界だということだ。
「〈白の巫女〉さまが神託を受けて召喚したのですから、それは特別な世界なのでしょうにゃあ」
「まったく」
神殿には、常人には理解を超える知識やわざが秘められている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます