第20話 〈クギバネ〉と〈白いギター〉、そして〈白の巫女〉

 なんだかどうでもよくなったのか、叔父は葦原に、


「ありがとう」


 礼を言うとギターを受け取り、チューニングをはじめたかと思うと、




『受験生ブルース』を弾きだすではないか。なんだよ。


「かような腕前が」


 感心しているのはグレン氏だけだ。


「〈じゅけんせい〉とは、なんでござるか?」


 葦原はそれに、


「身分獲得のための、学力をはかる仕組みですよ」

「ほう。悲しいのでごさるか?」

「苦労が多いなげきを歌っていますよ」

「ほう。拙者、歌のこころがちとわからぬ朴念仁ゆえ」


 グレン氏は感心して、


「それより貴殿、恰幅がよろしいでござるな。拙者は痩せ侍で、うらやましいでござるよ」

「なんのなんの、」


 葦原が調子に乗りはじめる。

 今初めて気がついたが、よく見たらグレン氏、痩せマッチョでモテそうだ。モテキャラに誉められたのだから、葦原も調子に乗るだろう仕方ない。


「見てくれだけの、ハリボテゆえお恥ずかしい。

 貴殿のような、名高い豪傑とはとてもとても」


 ご謙遜を、いやはや、とかなんとか、妙な雰囲気が……いつまで続くんだよ!

 てか、君たち、僕の叔父さんのギターと歌に耳を傾けてはくれないのか?


 叔父はその間に『なごり雪』を弾き、『春夏秋冬』を弾いた。


 玄関口では、ドアの隙間から栞さんと神薙さんが、いつ出ていったものか、と、間合いをはかってはまた顔を引っ込めている。


 申し訳ない。困っているだろうと思う。


 なんだよこの状況。


 * *


「……なんでギター弾いてるの?」


 家の玄関口の陰で神薙さんが、もっともな疑問を口にした。


「なんだか、出て行きにくいですね」

「鈴木さん、無事でよかったけど……

 まあ、彼らしいか」


 そこで何か察した栞さん、『婚姻届』の件を思い出したけれど、今はその時ではない、たぶん、と、黙っている。


「なんだろう」


 何より、妙な音が聞こえてきたので、婚姻届どころではない。


「なにか、聞こえませんか?」

「……なにか擦れる音?」


 * *


 叔父が誰にも気づかれないまま、泉谷しげるの声まねという余計なことをしていたその時だった。


「……」


 夜空がざわめいて聞こえた。


「これは」


 グレン氏の反応が速かった。


「失敬!」


 投げられた短刀が何か仕留めた。


「〈クギバネ〉!」


 これが〈クギバネ〉か。

 一見、折れた古釘に見える姿なのだが、それが飛んでくるので、なかなか怖い。噛むんだよな。俺は別に〈赤の竜〉の討伐を目指したりしていないから、噛まれて竜のやつに動向が知れたところで、毎日登下校してるだけだから問題ないが。


「何か、いつもと様子が……」


 森の方から、おびただしい羽音がする。

 それも、普通の虫の羽音ではなく、金属がぶつかり擦れるような、どちらかといえば不快なものだ。


「屋内へ!」


 俺も葦原も、何が起こっているのかわからなかったが、グレン氏が、一刻も速く木造二階建てに待避するよう促すので従う。


「スズカワ殿!」


 叔父も首根っこをつかまれ、ひとまず家に入った。


「失敬! ご婦人がいらっしゃったとは知らず」

「どうしたの?」


 栞さんに聞かれるが、俺たちもよくわからない。


「上にお邪魔しますぞ。

 お、ここは履き物は厳禁ですかな?」


 グレン氏、まっすぐに二階へ。俺たちも続く。


 そして○び太部屋の窓から。


「この羽音は、まさしく〈クギバネ〉なのでござるが……」


 薄い紫の霧と、月明かりにかすんで見えるのは、おびただしい羽音が逃げるように遠くへ遠くへ向かってゆく、そんな様子だった。


 何より耳でもわかる。羽音がどんどん遠ざかっていく。


「〈クギバネ〉が……こちらへは来ない?

 むしろ、この森から逃げている? そんなことが?」


 叔父が、何か気づいて白いギターを振った。


「えっ」


 ギターの中から、ころり、と転がり出したのは。

 動かなくなった〈クギバネ〉だ。


「この楽器が、……まさか奴らの弱点?」


 いやいやいやいや、都合いい展開来たか。

 さらに、妙なことが起こった。


「……巫女殿?」


 グレン氏、いつの間にか神薙さんの顔をのぞきこんでいる。

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