第18話 とりあえず召喚の記憶が叔父にはある

 白。


 自分がどうも店に戻れなくなったらしいことに気づいたとき、鈴木聡志の周囲は、ただただ白かったのである。


(なんだ?)


 濃霧が発生する時刻でもなし、だいたいここは店のそばの駐車場のはず。

 それで四方八方、見通しがつかず前へ進めなくなるとは。


 そのときはまだ、この白い世界と、自分が暇を見ては綴っている小説世界とは結び付いていなかった。あれは余暇に属することで、今は勤務中である。





 最初、店長が呼びに来たのかと思った。それほどその声は彼女に似ていた。





「………殿」





「どこまでも白うござるな」


 と、思えば声は男のそれに変わった。


「しかし、御身次第でござる。

 目をこらしご覧あれ、足元は石畳がござる」


 店の近くに、そんなものはないだろう、と思われたが、言われるまま足元を見ると、


 アスファルトではない。


「もうちっと、目をこらしご覧あれ。

 その石畳は四方八方広がっておる」


 この、語りかけてくる声は誰のものか。


 しかし、言われるまま視点を移せば、どうもここは店のそばの駐車場ではない。でこぼこした石畳がどこまでも伸びて、その先はいまだ白く見通せない。


「上もご覧あれ。ここは見張り塔のそばにござる。もっとも先日、小鬼どもが荒らして誰もおらぬ始末ですがな」


 見張り塔。

 そして、小鬼。

 聞いたことがあるような気がした。


「どこの牧場の翼竜たちも騒ぎだし、押し寄せた別の世界の竜どもと諍いを起こして、大儀でしたなあ」


 これも聞いたことがある。


 男の声が話すこと。

 ひとつひとつ覚えがあった。


 紫の霧。

 白の巫女。

 赤の竜。


「ご覧あれ」


 男の声が話すたびに、聡志の目の前の〈白〉は薄れ、周囲は少しずつ色とかたちを取り戻してゆく。


(そうだ)

(これは、俺の、)


 すべての〈白〉が去った時、目の前には人懐っこい顔の旅の騎士、グレン・グランハルトが立っていたのだ。


「貴殿でござったか」


〈創造者〉殿。


 そうだ。この時から〈創造者〉と呼ばれていた。


(ここが〈白の地〉であるなら、そりゃ〈創造者〉は、俺、ってことに、まあ、なるわけだが……)


 そして、これは夢であった。


「スズカワ殿」


 しきりに自分を起こそうとする声がある。


 * *


「……」

「せっかく安眠いたしていたところ、申し訳ござらん」


 何事か起こったのか。


「そちらをご覧あれ」


 そちら。

 眠る前は、泉に向かう小道が伸びていたところ。


「……?」

「〈日曜日〉が、参ったようでござる」


 そこには木造二階建て築五十年が出現していた。


「日曜日」


 こちらではまだ三日目が終わるところだというのに。


「奇妙でござるな」


 グレン氏も首をかしげる。先ほど七日、と確かめたばかりだからだ。


「ものを、取りに……」


 一昨日は、〈炭が必要〉と考えたところで自宅がきた。


 今回は。


「……ギター?」


 いやいやいやいや、ほんの少し気まぐれに浮かんだだけのことで。

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