第17話 焚き火を見つめ、グレン氏は何を思うか

「時に、〈日曜日〉、と申されましたかな?」


 食事があらかた終わりかけたそのとき、グレン氏は言った。


「それは、なんですかな?」

「ああ、」


 氏は、七曜制のない世界の住人らしい。


「俺の生まれ育ったところでは、七日で一区切りつけるんだ。日曜日はそのひとつで、」


 七曜って、惑星とかの説明しなきゃいけないんじゃなかったか。ここの天体はどうなっているっけ。そこまで設定を詰めた記憶はない。聡志が一瞬考え込むと、


「ああ、呼び名が違うでござるね。拙者の故郷も、七日で区切るでござる」


 あっさり了解された。


「もう、いくつもの異世界の人間、異種族と対峙したか、わからぬでござるからな。何となく察する呼吸、身についているでござる」

「なるほど」


 さすが自分の描いた世界。融通がきく。

 そもそも、ものを取りに日曜日だけ短時間元の世界の自宅へ戻れるのも、融通通り越してご都合主義ではないのか。

 いや、一昨日、その通り自宅が出現したものの、一ヶ月行方不明であったと甥に詰め寄られたではないか。あれは申し訳なかったと聡志は思っていた。

 ご都合主義ならどこまでも都合よく展開してもらいたいものだが、そうでもないことばかりである。半日こちらにいたつもりが、元の世界では一ヶ月過ぎていたことがわかった。あれから二日経過したが、元の世界ではどうなっているのか。

 しかしそれにしても謎は尽きない。

 まずこのグレン・グランハルト、。ここが小説の世界であるならば、聡志は彼を構想した覚えがない。何者なのか。


「こちらは、スズカワ殿の世界の暦なのでござるな?」

「あっ」


 気がつくとまた、スマホを奪われていた。


「暦」


 壁紙の上に、カレンダーを設定している。

 そういえばこちらに来てからあまり気に留めていなかった。

 一昨日、自宅に戻ったときにも動転していたのか、忘れていた。日付を確かめ、元の世界と〈白の地〉との正確な時差を見ておくべきだったのに、と、あとで悔やんだのだが……


〈5月23日〉


 とはいえ一昨日からこのスマホは5月23日のままなのだ。


「暗い場所でも光るので、便利ですのう」


 なぜか充電は減らない。

 そのくせ、検索サイトはつながらない。メールも届かない。


「茶が入りましたぞ」


 銅製に見える器が渡される。


「ありがとう」

「なんの。〈創造者〉殿」

「それ、」


 聡志は出会ったその時からたびたび訊ねているのだ。


「どうして俺が〈創造者〉なんだよ」


 自分が〈作者〉であることは、話していないのだ。


「拙者も存じ上げぬ」


 グレン氏は、質問のたびにそうして笑って、そのまま話があやふやになる。


「さて。休みましょうぞ。

〈紫の霧〉も、明け方にかけ濃くなりましょうゆえ。さすればまた、忙しくなりますぞ。あの、〈クギバネ〉の奴らときたら。

 今宵は霧の薄まる風向きゆえ、あ奴らに安眠を妨げられるおそれが少ない。我々は焚き火で十分いぶされましたし、眠れるときに眠るに限りますからな。愛馬たちももう眠っているようですぞ」


〈クギバネ〉。

〈赤の竜〉と共生関係にある、生物なのか化物なのかよくわからない小さなモノ。特に〈紫の霧〉が濃い土地で夜に活動する。釘に似た細い体に、折れ釘のような羽がついている。生き物を見つけるととにかく噛みつく。

 噛み傷は浅く死に至る例はないが、噛まれた者の動向は〈赤の竜〉に筒抜けとなり、討伐を狙う者は行動しにくくなる。

 そのためか、〈クギバネ〉はひそかに単体で動いていることが多く油断できない。〈赤の竜〉の意思で、脅威と判断される特定の人間のもとに放たれたと思われる事例も少なくないからだ。

 幸い焚き火の匂いをきらうので、野営する冒険者や騎士は火を焚いた際に、できるだけ煙を浴びる。宿に泊まる時には、窓辺や出入口に、炭を転がしておく。炭は一昨日鈴木邸に戻った際に調達できた。この先もしばらく安心だ。何かの心づけに渡すこともできる。


 浩平はグレン氏から譲られた背嚢から寝袋的なものを取り出して広げる。表面に蝋が引いてあり、ある程度の雨ははじきそうである。内部は獣の毛の厚めの織物、肌に触れる部分には綿布に似た感触の布がかぶせられている。

 ここでまた、聡志はいぶかる。

 出会った時から、グレン氏は二人分の装備を持って旅をしていたのだ。馬も二頭いた。ご都合主義なのか。

 これについても訊ねたのだが、


「そも旅には、出会いと別れがつきものですゆえ」


 グレン氏は言いながら焚き火の火に砂をかぶせて消し、


「星が見えますな」


 ギターでもつま弾きたいような晩だ、と、聡志は思った。


〈紫の霧〉の力が弱い天候であることに安堵して、二人ともいつしか眠っていた。


 ところがその眠りは、じきに破られることとなる。

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