第16話 叔父は何を考え行動していたか
(そして今日は、まだ三日目のつもりなんだがなあ)
浩平の叔父はその時、ひょんなことから盟友となった旅の騎士、グレン・グランハルト氏と焚き火を囲んでいた。ネクタイは外しているが、夜は冷え込むのでジャケットは着たままだ。
その、手元にある荷物といえば。
スマホ。ジャケットのポケットにハンカチと財布。黒の書類ケースの中は、請求書、納品書、店のパンフレット類、筆記用具、ティッシュ。出先でもらった個包装の飴やチョコレート。
さらに、グレン氏より渡された背嚢がひとつ。中には旅の装備品が揃っている。
ということで、万事抜かりなし、の、はずだったのだが。
「あれ?」
あったはずのスマホが?
「やあやあ、これは」
グレン氏はくつろぎの時、戦場にあっての鋭さ、猛々しさは影をひそめる。穏やかな声で、こう言った。
「スズカワ殿。この板、とても興味深いですな」
板。
スマホのことだろうか。
「てか、何で持ってるのよ?」
ここは、鈴木聡志がスズカワサトシ名義で更新中のネット小説、『四十路だけど、この世界では無双できると聞いたんですが?』の作品世界、〈白の地〉。
数日前、営業車を停め、店へ戻る途中にこちらへ召還された。
「よいではござらぬか」
聡志はその〈板〉が、元の世界では持ち主ひとりひとりの連絡、財産、職業、機密などと結びつけられていて、他人が触れることはめったになく、場合によっては持ち主を破滅させる力を持ったものであることを手短に説明したが、
「まあ、ここは戦地でござる。かような大事すら、いかようにでも転ぶでござるよ」
うまく伝わらない。
焚き火には鉄兜が鍋代わりにかかっている。蓋は書き物に用いる石板だ。
中で湯気を立てているのは、先ほどグレン氏が弓でやすやすと仕留めさばいた鳥。慣れた手付きで香草と穀物のようなものを敷き詰めた上に乗せ、酒と水を注ぎ、蓋をし火にかけた。
蒸しあがれば岩塩で食すこととなっている。
「しかし、どうしてこの板、拙者の心の声が綴られているでござるか。なるほど、身の破滅を招くとは、かような次第で。はっはっはっ、まったく〈創造者〉殿の持ち物は不思議でござりますなあ」
「?」
慌ててスマホを取り返してみると、そこは見慣れたレイアウトの画面。
「……どうしてこの画面が?」
「戯れておったら、いつの間にか。はっはっはっ」
その戯れには何かが憑いて導いていたのではないか。でなければ、どうしてこんな。
なぜ、小説サイトのコメントページが開いているのだ。
エピソードのあちこちに〈グレン〉という名で、コメントが入っている。
しかも、心の声というだけに率直すぎて、パッと見disりにも受け取れる。聡志は彼と気心が知れたのでそうではないとわかるのだが……
「まさか書き込みを?」
「文字を打つのでござるか、その板は?
どなたが拙者とスズカワ殿との冒険を端から見ていたのでござろうな。そして心など読みおって。妖術でごさろう。はっはっはっ」
その噛み合わなさに、事態はまた妙な方向へ転がっているだろうと察せられた。
奇妙なことに氏は、出会ったその時から聡志をこう呼ぶ。〈創造者〉殿、と。
さらに、氏は『四十路だけど、この世界では無双できると聞いたんですが?』の、〈俺〉の行状をすべて知っている。
そして何より、〈俺〉とは〈スズカワサトシ〉である、という、そのような了解をしているようなのだ。
(なんでだ?)
「お。よい加減でござるよ、スズカワ殿」
鉄兜の蓋がはずされた。
鍋底に敷き詰められた穀物のようなものは、こちらの穀物の加工品で、聡志の知る範囲ではクスクスに似ていたが、こんな雑な作り方でもふっくらとするので、携行食として重宝されているそうだ。
「グレン氏は、料理の腕もあるんだね」
初めてクスクスを湯で戻して使った時、あまり好き嫌いを言わないはずの浩平が微妙な顔をしたことを思い出す。あの時はあとで、好みだが蒸したほうがよいとひとに教えられた。
「はっはっはっ、なんのなんの」
香草で臭みの取れた鳥の身はやわらかく、そこに十分肉汁を吸った穀物を添え、ほのかにまろやかな甘味も感じる岩塩を振りかける。
「しみる」
「はっはっはっ、本日も山あり谷あり、目まぐるしくありましたからなあ」
ここは自分が描いた世界らしいのに、いまだ全貌がつかめない。
〈紫の霧〉が、刻一刻、世界の有り様を変えていて、そのためである。
そう、自分で作った設定に、自分で翻弄されている状態だ。
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