第13話 「叔父と甥」

 居間を整えながら。


(あーやっぱり……やっぱりこれ来るかあ……)


 こんなとき昔々経験した、〈人がいなくなった〉ときの、あの感じを思い出す。

 両親を亡くしたときのあれだ。

 誰かがいなくなると、途端に見知らぬ多くの人が現れて、周りが慌ただしく動き出す。親戚も。役所の人も。

 両親の場合は事故だったから、警察や病院の人、事故を起こした相手の人もいた。


 これで明らかになることがあると、あの時知った。

 結局人は、ありがたいこともキツイこともひっくるめ、ひとりきりでは成り立っていない。ありがたいことも、キツイことも、だ。

 ただ、身近な誰かを失ったばかりの人間には、その登場人物の多さ、その動きと展開の速さが、いささか自分の容量を超える時があって、俺は当時、一時的に会話ができなくなったと覚えている。


 今は、あの時とは違う。あの感じを思い出すけれど、あの感じにとらわれはしない。あの時の俺とは違うから。


(心配するな)


 あの時、叔父が引き取ってくれて、何とか大丈夫になるところまで見続けてくれたから。だから今回、葦原と栞さんに、素直に助けを求められているんだろう。昔の俺なら、それすらもわずらわしく遠ざけ孤立したはずだ。


 叔父が見続けてくれたから。


 そういえば叔父は、どうして俺を引き取ることにしたのだろう。

 大学を卒業した年が就職氷河期で、そのままその世代の多くの人たちと同じく、不定期な仕事をつなげながら、母親(俺には祖母)と暮らしていたのだと聞いている(ちなみに祖父は早くに亡くなっていて、俺は思い出が少ししかないが、優しい人だった)。

 そうだ。祖母は、両親の事故の前の年に亡くなったんだ。

 伯母は結婚して、他県へ移っていたから、叔父はこの土地と木造二階建てを相続して、今に至るんだっけ。

 ……でも、あんまり詳しくは知らない。結婚に積極的になるには収入が乏しく、努力が足りないと親類にぶつけられても苦笑いしかしなかったんだよな、叔父さん。

 非正規の仕事で、時間があるから、と都合よく使われたようにも見えるんだ。誰がお祖母ちゃんの介護してたと思ってるんだよ。

 父さんと母さんが、悪いけど助かってる、でもこのまま甘えてはいけないな、と言ってるうちに、叔父さんは、バイトしてた今の店から来年からどうだ、と言われて社員になって、その年の暮れにお祖母ちゃんは亡くなったんだっけ。


 そのすぐあとに、俺が転がり込むことになったんだなあ。

 叔父さん、自分の時間、あったのかな。

 ……だから、サイトに小説とか書き始めたのかな。隙間の時間に書いているとしか思えないもんな。


(心配するな)


 また、叔父さんの声が浮かんでくる。

 考え込んでいる場合じゃない。もうすぐ神薙さんが来る。俺は叔父のために、引き受けることは引き受けると決めているのだ。あの時の俺とは違うから。


 * *


 葦原と栞は、居間の片付けを手伝おうとしたのだが、そのままここにいてくれ、と、浩平が言うものだからその通りにしていた。


「なんともないね。今のところ、だけど」


 窓の外は、いつもの町内。

 一応、また異世界とつながってしまった時には、黙っているわけにもいかないだろう、と、注意している。なにしろついさっき、この部屋には翼竜が首を突っ込んでいたのだから。何が起こるやら。


「叔父さん、大丈夫なのかな」


 栞は麦茶を一口飲んで。


「〈赤の竜〉倒したら、戻れるのかな」

「そこなんだよなあ」


 葦原、急に真顔で話し出す。


「召還したやつに問い詰めないといけないとこだよな」

「巫女、ね」


〈白の地〉の〈白の巫女〉。

 長身で、よく入り口で頭をぶつけるドジっ娘属性。時々辛辣だが、その内容は的を得ていて、以外に情に厚く、味方にいれば頼りになるが、敵になればやっかい、という……

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